吃音受容と吃音肯定
昔使っていたことばが使えなくなったり、なぜかしっくりこなかったことばに換えて新しいことばをみつけたり、僕は、今の自分の気持ちに一番ふさわしいことばを模索してきました。
「吃音否定」から「吃音肯定」へ、治らないから受け入れるのではなく、最初から、どもっているそのままでいいと、吃音を肯定したかったのです。
最新と言われる北米言語病理学の現状を、そこで働いてきた言語聴覚士から紹介します。吃音とともに豊かに生きてきた僕との違いが鮮明になることでしょう。
「スタタリング・ナウ」2012.5.22 NO.213 より紹介します。まず、巻頭言です。
吃音受容と吃音肯定
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
1965年夏から始まった、私の吃音の旅はそろそろ最終目的地の目前に着いたようだ。
日本小児科医師会の「子どもの心」研修会の講演を依頼され、何を話すか半年ほど考え、講演集に、「『吃音否定』から『吃音肯定』への吃音臨床」を投稿して、初めて「吃音否定」「吃音肯定」のことばを使った。
昨年秋の吃音ショートコースで、「べてるの家」の向谷地生良さんから「当事者研究」を学び、映画「英国王のスピーチ」について論考を進め、ナラティヴ・アプローチに関する本を何冊も読み進む内に、これまで使ってこなかった「吃音肯定」が思い浮かんだのだった。
私が40年以上主張し続けてきたのは、どもる人を、吃音を否定しないでほしいということだった。それは一般的には「吃音受容」のことなのだろうが、ことばとしてはしっくりはしていなかった。「吃音が治らないから受容する」「治療のプロセスとして受容が必要だ」ではなく、最初から、吃音肯定の取り組みを提唱したかった。
長い旅路の始まりは、「吃音は必ず治る」と信じて、1か月の必死の努力だった。治らずに、治る夢は打ち砕かれた時、絶望ではなく、「もう、治すことに必死にならなくてもいい」、「どもっている自分を仮の姿だと考えなくてもいい」と、むしろさわやかだった。しかし、吃音と共に生きるには、ひとりでは心細く、その秋、どもる人のセルフヘルプグループ、言友会を創立したのだった。
会の方針は「吃音矯正」から始まったが、すぐに限界を感じて、「吃音克服」になった。しかし、克服は、闘ってねじ伏せるイメージがあり、好きになれず、「吃音と共に生きる」に変えた。
ところが、治ることは諦めつつも、改善はできるのではと、言語訓練を捨て切れない人もいた。心の底の治したいとの思いを吹っ切るためにも、吃音を治す努力を一切やめようと、「吃音を治す努力の否定」を提起した。そのとき、「吃音を治す努力」と「吃音受容」は両立できると反論もあったが、何かに集中するためには、何かを捨てなければ難しいと、私たちは「治す努力」を捨てた。
こうして、「吃音受容」が私たちの大きな柱になっていくにつれ、今度は、「吃音を受け入れられない。私はだめな人間だ」と、受容できない自分を責める人が出てきた。また、「吃音受容」には「受け入れるべきだ」との外からの圧力を感じる人もいて、いつしか、私は「自己受容」「吃音受容」ということばを使わなくなった。
吃音を受け入れられないと嘆く人に、どもる事実は認めるかと尋ねると、ほとんどの人は、仕方なくだが、どもる事実は認めると言う。それなら、「どもる事実を認める」ところから始めようと、「ゼロの地点に立つ」を私は言い始めた。
このように、「吃音受容」に関しては、ことばを変えるなどしつつも、考えを深めてきたが、私の主張を厳しく批判する吃音研究者はこう書いた。
「チャールズ・ヴァン・ライパー博士は、吃音に非常に興味を抱き、どもる人をこよなく愛しながらも、吃音を憎み嫌悪していた。彼がなぜ吃音症状の改善を熱心に提唱し実践したかはひどくどもったままでは決して楽しい人生やよりよい人生を送れないことを、若き日に身をもって体験されたからだ」(日本吃音治療教育研究連盟機関誌)
ライパー博士が本当にこう言ったかは疑問だった。多くの人が慢性病を受け入れるように、吃音も受け入れようと言っていたからだ。一方で、どもり方を変えようとも私たちにも言っていた。ここに、ライパー博士の弟子の多いアメリカ言語病理学の限界があるように私には思えるのだ。
カナダで言語病理学を学び、言語聴覚士として働いた経験のある池上久美子さんの、北米言語病理学の現状と、池上さんが今後課題とする考えを伝えて下さった。北米では、「吃音受容の重要性」を知識として知る程度だとの報告に、治療のプロセスの中での「吃音受容」ではなく、「生き方」として、40年以上、徹底して考えてきた私との大きな違いを感じた。
ライパー博士が憎み、嫌悪したという吃音に対して、今私は、全肯定の立場を鮮明にし始めた。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/07/17

