仮面としてのことば

 オーストラリアのパースで開かれた、第7回吃音の世界大会での様子を報告している、「スタタリング・ナウ」2004.4.24 NO.116 の巻頭言を紹介します。
 ここで、僕は、基調講演と論理療法のワークショップをしています。後で、基調講演の概要を紹介します。
 オーストラリアでは、幼児期から吃音の治療が徹底していますが、実際は治ってはいません。言語訓練が成功し、吃音がコントロールできた人であっても吃音に悩んでいるといいます。吃音をコントロールすることは、社会生活の中で、吃音を隠す、仮面としてのことばを身につけたにすぎないと、僕は思います。

仮面としてのことば
                    日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 「吃音の自然治癒率は20パーセントで、放っておいて治るものではない。幼児期に治療が必要で、治せる。だから臨床家が必要なのだ」
 第7回吃音世界大会のウェルカムパーティーの会場で、オーストラリアの大学院で言語病理学を学ぶ学生数人と話し合った時、学生は口を揃えて強調していた。子どもがどもって話し始めたら、それを止めさせ、「ゆっくりと、こう言うのよ」と、セラピストがゆっくり話すモデルを示して子どもに言い直しをさせる。どもらない話し方を幼児期に身につけさせるというのだ。
 日本では、自然治癒が80パーセントで、幼児吃音はちょっとした指導でほとんどが治ると言う人がいると言うと、「それはひどい、自然治癒は、20パーセントだと学んだ」と言うのだった。
 自然治癒がそれほど多くはないとは一致したものの、幼児期に治療すれば治るとの主張には同意できなかった。どもる度にいちいち指摘されたら、子どもが、「どもることは悪いことだ」と吃音をマイナスに意識し、話すのが嫌になり、その方が問題ではないかと反論し、私は「治すではなく、つき合うことを考える」と言うと、私のような主張はこれまで一度も耳にしたことがなかったのか、興味は示したが、「それはあなたの考えで、私たちは言語治療を学んできた」と言う。吃音は治せると言い切る自信に、不思議な感覚をもった。
 では実際に、専門家から指導された親が子どもにどう接しているのか知りたくて、どもる子どもの親をパーティー会場で捜した。幸い自分自身が吃音で、子どもがどもるという人をみつけて話すことができた。
 やはり、子どもがどもったら、話すのを止めさせ、もう一度言い直しをさせるのだと言う。親はそのやり方を信じている。それで今はどもらなくなったのかと問えば、それはそうではないということだった。治療が強調されるオーストラリアでは、幼児期に専門的な治療が受けられるに十分な臨床家がいて、治せるのだから、成人のどもる人はいないことになるはずだが、大勢がセルフヘルプグループに集まり、今回の世界大会を開催している。これはどう理解すればいいのか。
 私たちの論理療法のワークショップに参加した人たちにウェンデル・ジョンソンの言語関係図をひとりひとり書いてもらった。グループで話し合ってもらったが、偶然一つのグループの7人が全員オーストラリア人だった。初めて知った言語関係図を見せ合って驚いていた。全員が同じ形をしていたからだ。吃音症状のX軸と聞き手のY軸が短く、Z軸がとても長い筆箱のようだった。その一人に、「Y軸がこんなに短かったら、Z軸も短くなるのだけれどね」と問いかけると、「どもらないようにしているから、周りは気づいていないと思う」と言った。
 子どもの頃からどもらないようにと指導されたためか、かなりコントロールする吃音を自分では軽いと思い、気づかれていないからY軸も短いらしい。しかし、本人は吃音にとても悩んでいるから、Z軸を長いものに書いたのだ。
 このグループとは違う一人のオーストラリアの女性も同じ形だ。この女性は、夫が医師で、夫のためにもどもりたくないらしい。周りの人に吃音だとは気づかれていない程度だけれど、自分自身は吃音に深く悩んでいる。
 オーストラリアで中心的に活動する友人は、社会生活の中では、できるだけどもらないようにかなり無理をして吃音をコントロールしている。家に帰ったら、ぐったり疲れていて、仮面を脱ぐのだと言う。吃音についての苦悩は深い。
 世界大会で見聞きした限り、オーストラリアでは、幼児期から吃音の治療が徹底している。そして、吃音がコントロールできた人であっても吃音に悩んでいる。吃音をコントロールすることは、社会生活の中で、吃音を隠す、仮面としてのことばを身につけたにすぎないことになる。
 私たち日本の参加者は仮面をつけないために、見た目にはよくどもっていたが、このような吃音の悩みはない。オーストラリアでは、仮面をつけさせることが治療なのか。
 私は仮面としてのことばは身につけたくない。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/03/30

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