どもらない人

 長年、年に一度、テーマを決めて、その道の第一人者をゲストに招き、吃音ショートコースと名づけたワークショップを開催していました。「吃音」という名前がついているのに、吃音とは全く関係がない講師陣で、どもらない人も多く参加する不思議なワークショップでした。吃音とは関係ないものの、生きることやコミュニケーションについて真剣に考えたい人たちが参加していました。
 今、日本吃音臨床研究会の発行する毎月のニュースレター「スタタリング・ナウ」を、どもる人、どもる子どもの親、どもる子どもとかかわる仕事をしている人のほかに、吃音とは何の縁もない人が購読してくださっています。吃音を言語障害ととらえてしまうと、治療の対象にしかなりませんが、どう治すかではなくどう生きるかだととらえると、人にとって、普遍的なテーマになり得ます。吃音のもつ大きな力を思います。
 「スタタリング・ナウ」2004.1.24 NO.113 の巻頭言は、そのままズバリの「どもらない人」です。紹介します。

どもらない人
                 日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 いろんな人の人生や実践に触れ、これまで考えてきたことやしてきたことを振り返ったり、点検したりする時間。自分自身の思索が深まったり、広がったり、確信がもてるきっかけとなる。吃音ショートコースの3時間の実践発表の時間は、私にとってとても大切な時間だ。
 今年の発表は例年に比べて9件と多く、ひとりあたりの時間がかなり短めにならざるを得なかったが、それぞれの発表者が、その制限の中で、自分の人生や吃音指導の取り組みを語って下さった。人と人との出会いの不思議さと、その出会いが意味のあるものになっていくうれしさを実感する。
 私は、どもる人のセルフヘルプグループのミーティングにひとつの理想を抱いていた。それは現在も変わらずに持ち続けていることで、どもる人と、どもらない人が半々参加するようなミーティングだ。だから吃音ショートコースも、吃音とは直接は関係のない人が、私たちの活動に関心や興味を持って下されば、できるだけ幅広く参加して欲しいと願ってきた。
 だから、どもる人が多かった第1回の吃音ショートコースから、回を重ねるにつれてどもる人以外の参加が増えてきたのはうれしいことだった。その時のテーマで割合は変わるが、谷川俊太郎さんと竹内敏晴さんのお二人がゲストの時には、どもらない人の方が圧倒的に多いといううれしいことが起こった。どもる人が中心のグループに、ことばの教室の担当者や親などの吃音関係者だけでなく、吃音にこれまで全く縁がなかった人が参加するには、そのテーマが魅力的なものでなくてはならない。
 どもる人たちが、吃音が治ることや改善を中心的なテーマとしていたのでは、このようなことは起こらない。30年以上も前から提唱している「吃音はどう治すかではなくて、どう生きるかにつきる」という私の主張に多くの人が共感して下さっていることの証でもある。
 吃音とは縁もゆかりもなかった高校の教師掛谷吉孝さんは、吃音ショートコースだけでなく、吃音親子サマーキャンプの常連で、私たちの活動になくてはならない存在になっている。
 その、夏の吃音親子サマーキャンプには、掛谷さんだけでなく、吃音とこれまで全く縁のなかった人たちがスタッフとして参加して下さる。一ヶ月後、参加できる関西地方の人が集まって、打ち上げ会を開いたが、16人の参加者の中の半数が吃音とは何の接点もない人だったことに、参加者はびっくりしたのだった。
 その時もキャンプをふりかえる中で、どもる経験のない人たちが、どもる子どもたちのことを、自分の子どもやきょうだいのことのように、こんなことがあった、こんな顔をしていたなどと、報告し合い、豊かな楽しい時間を共有することができた。吃音の臨床家でも、どもる人本人でもないこれらの人々が、私たちの活動をおもしろがり、楽しんで、仲間として一緒に取り組んで下さる。ここに吃音のもつ魅力があるように思う。
 大阪吃音教室にも吃音ではない人が参加する。先だっても、ある会合で知り合った、対人関係が苦手で、大学を卒業しても就職できないと思っていた大学生が参加した。その日のテーマはインタビューゲームで、多くの参加者の体験が話された。どもる人たちが、悩みや恐れを持ちながら仕事を続け、また就職活動をしようとしている姿に接し、その学生は自分が恥ずかしくなったと言う。翌日から就職活動を始め、無事、就職試験に合格したものの、やはり働けるかどうか、不安で一杯になる。しかし、また参加した吃音教室で、どもる人たちの「どもりが治らなくても~する」という姿勢に接して、せっかく合格した会社を断ろうと思っていたのが、自分のできることからしようと思い直したと言う。この四月からなんとか働けるかもしれないと、入社までの計画を話していた。
 その学生の話では、私たちのミーティングへの参加が大きな後押しになったという。私たちのどもりながら生きる姿が、どもらない人にも何らかの影響を与えたことになり、その話を聞いてうれしかった。まじめに人生を、人間関係を考える仲間、それはどもるどもらないを超えたところにある。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/03/22

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