13年ぶりの、うれしい再会

 吃音の分科会の会場で、9年前、北海道での大会で実践発表された方が声をかけてくださり、うれしい再会をした、埼玉県大宮市での全国難聴言語障害教育研究協議会全国大会埼玉大会が終わり、次の名古屋市での第10回親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会に参加するため、名古屋へ移動しました。今日は、その名古屋での吃音講習会を報告する前に、13年ぶりに再会した人とのできごとを挟みます。
 その人との最初の出会いは、14年前。横浜での吃音相談会に、ひとりの大学生が、両親とともに参加しました。両親の陰に隠れるようにしていた彼は今、自分の夢を叶え、ドイツの大学院に留学し、そのままドイツに住み、何度もオーディションを受けて、大好きなバイオリン奏者として、ドイツの楽団に所属しています。有名な楽団のニューイヤーコンサートでは、毎年、来日し、演奏しています。とてもたくましく、自分らしく、いきいきと生きている人です。
 その彼、小林さんとの一番の思い出は、横浜での吃音相談会の翌年参加した、「サイコドラマ」をテーマとした吃音ショートコースでした。講師は、サイコドラマの第一人者の増野肇さんでした。精神的にとてもしんどかった時期だったと彼自身が振り返って言うのですが、そんな時に参加した吃音ショートコースで、最終日、彼は、自分の課題に挑戦しました。曼荼羅というサイコドラマのひとつの手法で、参加者が見守る中、個人ワークをしたのです。かなりどもりながらも、真摯に自分の課題と向き合う姿が印象的でした。講師の増野さんが、彼のことばを丁寧に拾い、サイコドラマの舞台を展開してくださいました。
 その2泊3日の吃音ショートコースのときに、宿泊の同室だったのが、大阪スタタリングプロジェクトのメンバーである川東さん。ひとりで参加した小林さんが、何かと心細いのではないかと思い、気にかけてほしいとお願いして同室にした川東さんですが、その後13年もの間、やりとりが続くことになるとはそのときは思いもしませんでした。
 大阪で開かれたニューイヤーコンサートに招待された川東さんにとって、舞台で演奏している彼の姿は、とてもまぶしい、宝石のような輝きをもっていたと言います。その時の様子を、川東さんは几帳面な文字で詳しく丁寧に知らせてくれました。僕たちも東京公演の時、招待を受けたのですが、恒例の「吃音講習会」のための事前合宿と、東京ワークショップの日程が重なり、いまだに実現していません。一足先に、川東さんが、ニューイヤーコンサートに招待されたことになります。
 今、小林さんは、夏休みでドイツから日本に帰省していました。川東さんと会うことになっていたところへ、僕が79歳という高齢だと知って、二人が僕にも是非会いたいと言ってくれたおかげで、再会が実現しました。
 喫茶店でゆっくりと話した後、予約されていた店で食事をしながら、いっぱい話しました。主として、小林さんの海外留学のこと、何度もオーディションに挑戦してつかみとった現在の地位の話、ドイツでの生活など、バイオリン演奏に関係した話でした。時折、吃音についての話題を挟みますが、彼にとって、吃音は、今、本質的な問題ではなくなっていました。

 印象に残った話をいくつか。
 初めて、僕に出会ったときは、吃音を理由にして、現実から逃避し、人との関係をシャットアウトしていたと小林さんは言います。どもっていても、人とコンタクトをとり、かかわりを持っていくことに欠けていたことに気づいて、哲学の勉強に他の大学に通うなど生活の場を広げていったことが、ドイツへの留学につながったのでしょう。
 思わず、これまでのことを書いてもらえないかと頼んでいました。

 また、ドイツが治療大国であることも、彼から聞きました。ドイツでは、多くの人が吃音治療を試み、手軽に無料で治療を受けられるそうです。そのため、吃音治療を強く勧められたこともありました。しかし、自分にとって吃音は、優先すべきことではないと、治療をするつもりはないようです。ドイツ語は、子音だけで発音するものがあって発音が難しいだけでなく、外国語を話すときには、脳内で話したいことを整理する時間が必要で、せっかちな自分の性格が邪魔してなかなかスムーズには話せないと言います。でも、苦労はすることはあるけれども、問題なく生活ができていると、爽やかに報告してくれました。
 一人でドイツに留学し、実力を磨いて、日本の公務員にあたる楽団員となって、世界で演奏活動を続けている自信が、ことばの端々に表れていました。13年前とは別人のようによくしゃべり、日本語ではあまりどもらなくなっていました。「ドイツ語では苦労しているんだけど」と笑っていました。

 13年という長い間、友好を温めていた、小林さんと川東さん、ピュアな二人に感謝です。出会いとは、本当に不思議なものです。あるひとつの出会いが、人生を変えることもあります。その出会いの場に同席させてもらったこと、吃音のおかげだと、感謝しています。そして、楽しく、うれしい時間を過ごせたこと、二人の若者に感謝しているのです。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/08/08

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