第6回ことば文学賞~書き続けてほしい~

 「スタタリング・ナウ」2004.2.21 NO.114 に掲載している受賞作品をもうひとつ紹介します。目でさっと読むだけではなく、声に出して読んでみると、この作品の面白さが見えてきます。
 作品の紹介の後に、選者の高橋さんのコメントも紹介します。長年、僕たちの「ことば文学賞」に関わり、文章を書くことの楽しさ、喜びを伝え続けてくださいました。
 阪神淡路大震災の時、お見舞いに行くと、家が壊れ、たくさんの書籍が散乱し、「本棚の書籍に殺されそうだった」と避難所になっている体育館でお話くださったことを、今、懐かしく思い出しました。ありがたいおつきあいでした。
 「長く書き続けてほしい」のことばを僕はしっかりと受け止め、毎日、書き続けています。

《優秀賞作品》
   吃音に捧げるあいうえお
                  掛田力哉(大学生・27才)

  あいさつ
ありがとうさえ
言えないわが身の
うらめしさ
笑顔をせめて
思いに代えて

  吃音に捧げるかきくけこ
カケタコケタ(仮名)は
吃音です。
苦しんだけれど
けっこう最近
これに夢中!

  詩歌もよう
さみしさのつれづれに
詩をしたためています あなたに
すぎゆく思い出 かなしいでしょ
   だから書きたいのよ わかるでしょう
責め続けた思いを 詩につめて
   私の中の あなたにおくる
そんなあなたとの日々が
   季節の中でうもれてしまわないように

  ため息
他愛もない言葉が何よりも欲しい
ちょっとした冗談がうらやましい
積もる話を何時間でもしてみたい
定型詩には
とても収まらぬあれこれが言いたい

  寝床の夢
悩んだのはやっぱり恋、恋、恋!
逃げて帰ったふとんの中で、
   ペラペラ話す妄想にふける
塗り替えたい記憶の数々
寝言でなら言えるかしら?
残された現実と相変わらずの片思い

  変だなあ?
「話し方がすき」
「一言ひとことが面白い」
「雰囲気がある」
「弁論大会代表になってください」
本当に私が言われたことなのですよ、
   変でしよう??

  むかしむかし・・
真面目な少年がおりました。
ミジメなのが本当の所でした。
無口で一言も話さないものですから
目立たないはずでしたが、
   叱られてばかりなので目立っていました。
物語は大した変わりも無いままに、
   そのままずうっと続いてゆくようでした。

  止めたくない
やめないで、
勇気を出して書いてこれたのは
読んでくれる仲間ができたから。

  ロック21世紀
ランドセルしょって
   もう一度やり直したくはないけれど
リレーゾーン 吃音のバトンを受け取って!
ルート21 コトバの新しい道を走り続けて!
レボリューション
   きっと何かが変えられるはずさ!
Rock’n’roll ドッドッドモリの熱い魂で!

  吃音に捧げる和音(わをん)
われいまこそ どもりそなたに
ゐやまうしたし
ゑんずることなく
をしみたまへん
  (現代語訳)
わたしは今こそ 吃音あなたに
お礼申し上げたいのです
恨むことはもうありません
ずっと大切にさせて頂きたいと
   そう思っているのでございます。

〈高橋さんのコメント〉
 うかつにも、最初は「目読」してしまい、すべてが五十音の仕掛けに気がつかなかった。
 口ずさんで、そして…。作者の言葉に対する感性に脱帽。

作品を読んで
                  高橋徹

 15点の作品を読ませて頂いた。
 その感想を記す前に選者自身のことを書かせて頂くことをお許し頂きたい。
 実は、昨年の夏に体調を崩し入院加療を続けている。夏風邪、急性の脱水症状などで救急車騒動であった。秋口に入りようやく落ち着いてきたのだが、自分が自分でなくなっていることに気付いた。「読み書き」が変わっているのだ。
 思い感じた詩の一節を口ずさむのだが、周囲には捻っているとしか聞こえていないようだ。あとで手を入れようと思っていた殴り書きが自分でさえも読めない。頭の中では、確かに読んでいる、創っている、書いているのだが思うように表現できない。これが「老い」というものかと愕然とした。

 ええいと息子の手を借りることにした。(お預かりした原稿を)自身で読んだあと、音読してもらう。広辞苑もひかせる。書き出すのはもう少し大変だ。自分しかわからないメモを拾い拾い読み上げ、彼しかわからぬ乱筆で文章に。ワープロ打ちしてもらい、それを目で読み、また音読させ、さらに注文をつけて清書へ。

 こんな過程を経て皆さんの作品を読んで一番驚いたのは言葉への敏感さである。教室などでよく話すことに「とにかく声に出して読んでごらん」がある。リズム、係り言葉、過剰や言い足り無さ…その殆どが、声に出して読むとわかってくるものなのだ。
 この点において、どの作品もとても心配りが出来ている。あるいはしようとしている。細部においては「こうしたら…」と思う箇所もあったが、常日頃、発する言葉に気を遣っているのだなあと改めて思わせてくれた。

 さて、音読によって表現の調子をわかってきたら、次は、もっとギュッと刈り込むことを考えたい。ひとつの作品のテーマは基本的にひとつの筈。なのに、どんどん枝葉が繁ってしまっている。直感的な言い方だが、どの作品もあと2割から3割は短くなると感じた。そうすればもっとテーマが鮮明に浮かび上がってくる。
 文章を書くと自分が見えてくる。書き続けて欲しい。(「スタタリング・ナウ」2004.2.21 NO.114)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/03/28

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