吃音に悩み苦しんだ21歳までの人生と、1965年にどもる人のセルフヘルプグループを設立し、活動し始めてからの38年の私の人生は、大きく違っている。吃音の悩みから解放され、自分らしく生きることができるようになった。

 この変化は吃音症状が改善されたことによって起こったのではない。どもるという事実を受け止め、吃音を隠したり、話すことから逃げたりせずに、これまで避けてきた人間関係の中に出ていき、人と人との直(じか)のふれあいの中から起こったものだ。

 これは、私だけでなく、セルフヘルプグループに集まる多くの人々、吃音親子サマーキャンプに参加している多くの子どもたちにも起こっていることだ。

 私はこの出会いや体験の中から、「人が変化するのは、日常生活の中にある」と確信するようになった。

 これは、吃音に限ったことではなく、全ての子どもに共通する。専門家による治療や訓練といわれているものを受けるか受けないかよりも、その子どもに内在する、自然治癒力といっていい「変わる力」と、日常生活の充実によって起こることなのだと思う。

 学会などでは、言語症状が改善された、発達がみられたという報告がある。それは、指導した人の指導技術の力量よりも、子どものもつ「変わる力」のなせることだと言えるだろう。

 この「変わる力」をどう育て、引き出すかについて、アメリカの著名な言語病理学者ウェンデル・ジョンソンは3つの要素があると提案した。

 言語の問題を、言語症状だけではなく、XYZの三つの軸からなる立方体としてとらえた。X軸をことばの症状、Y軸を聞き手の反応、Z軸を本人の態度として表した言語関係図だ。

 3つの軸のそれぞれを短縮するアプローチが言語の問題を小さなものにしていくのだとした。これまで、言語の問題の解決は言語指導にあるとしてX軸に対するアプローチが中心だった。そこに、聞き手の態度も話し手には影響を与えるし、本人が問題をどう受け止めるかも大きな問題だとした。

 Y軸は、聞き手であり、広い意味でのその子どもの環境といえるものだ。周りが、ゆっくり言いなさい、ちゃんと言いなさいなどと、子どものことばに厳しい指示や要求、期待をもつと、子どもは話すことがだんだん嫌になる。不十分な表現であっても、子どもの伝えようとしていることをそのまま受け止め、理解しようとする聞き手としての親の態度が重要だという。

 Z軸では自分自身の吃音についてどう考え、それをどう受け止めているかを問題にした。言語の問題を言語症状にとどまらず、聞き手や話し手本人の態度にまで広げたことは卓見であり、その後の言語臨床に大きな影響を与えた。

 ところが、実際の臨床の場では、言語関係図は知っているが、X軸、Y軸が指導の中心で、Z軸に対しては、あまり取り組まれてこなかったのではないかと思う。私は、これからの言語障害児教育は、Z軸こそ、重視して取り組まなくてはならないことだと考えている。

 それが、子どもの日常生活の充実への支援ということになる。子どもが日常の学校生活の中で、どのようなことで苦戦しているか。子どもの「変わる力」を阻んでいるものは何か。学級担任や親と一緒に考えることがまず必要となる。その取り組みは、ひとりひとりの子どもによって違うはずであり、誰もがするような言語訓練とは自ずと異なってくるだろう。どのような取り組みで、子どもがいきいきと生活するようになったか。多くの人が実践を積み重ねるしかないのだろう。

★豊かな心とことばを育てる京都与謝地方親の会★

【ことばと教育 第108号  2004.3.17】 日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二