どもってもいい、は免疫力
小学校2年生の秋から21歳の夏まで、僕は吃音に悩み、どもっていては僕の人生はないと思いつめていました。1950年、1960年代は、「どもりは治る・治せる」の情報しかありませんでした。新聞や雑誌で紹介、宣伝されている民間矯正所の情報で、治ることへの憧れを大きくさせていったのです。そんなときに、誰かひとりでも、「どもってもいい」と言ってくれたら、目の前の視界が広がったのではないかと思います。「そうか、どもっていても僕は僕なんだ」と思えたら、21歳まで悩みを持ち越すことはなかったでしょう。
吃音親子サマーキャンプで、スタッフが、どもりながら楽しくキャンプを運営し活動する、誠実に生きる姿が、参加している子どもたちにも保護者にも、「どもってもいい」が伝わり、それは、免疫力として持続していきます。「どもってもいい」とことばにしたことは、一度もないのですが。
今年の第33回吃音親子サマーキャンプは、2024年8月16・17・18日、滋賀県彦根市の荒神山自然の家で行います。詳細は、6月以降にお知らせします。
「スタタリング・ナウ」2004.11.27 NO.123 に掲載の巻頭言を紹介します。
どもってもいい、は免疫力
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
「なんでどもりになったのかなと思う暗い心が、どもりになってよかったという明るい心に大きく変わりました」小学校4年
「どもるといやだという気持ちから、どもってもいいやという気持ちになった」小学校5年 「どもりにむかつき、自分にやつあたりしていて、どもりを治したいという気持ちから、どもっていてもいいや、どもっているのがわたしらしいのかもしれないと変わってきた」小学校6年
「このキャンプは私を豊かにしてくれる。もしどもりでなかったら、このような場に出られなかったと思うと、どもりでちょっと良かったと思う」高校1年
吃音親子サマーキャンプは、本当に不思議な空間だとつくづく思う。私たちはただ、どもる子どもたちが好きで、子どもたちと出会いたくて、吃音について話し合いたくて、一緒に劇を作り上げたくて、15年間続けてきた。スタッフといわれる私たちが一番楽しみ、多くのものを得てきたと思っている。だから、目的や目標を持って、その目標が達成できたときが成功で、目的が達成できなかったときは、うまくいかなかったのだという考えは、一切してこなかった。 ひとりでも、このキャンプに来てよかった、また参加したいと思ってくれればそれで成功だと思ってきた。毎年、いろんなアクシデントはありながらも、みんなが書く作文教室や、終わってから送られてくる感想文を読むと、みんなが、参加して良かった、楽しかった、また来年も来たいと書いてくれるのをそのまま受け取って、私たちもうれしくなる。
吃音親子サマーキャンプが終わってから、集まれる関西の人だけになってしまうが、スタッフの打ち上げ会をしている。その時、子どもの感想文を読んだり、作文を読んだりしながら、キャンプでの出来事をふり返る。キャンプで出会った子どもたちの話ばかりで、4時間以上も盛り上がる。参加したみんながとても幸せに感じる、私の大好きな時間だ。キャンプは2度楽しめるのだ。
このように、スタッフがまず楽しみ、喜ぶキャンプは他にはあまり例がないのではないか。だから毎年、全国から手弁当で40人近い人たちがスタッフとして参加して下さるのだろう。ありがたいキャンプだとつくづく思う。
さて、肝心の子どもたちはどうか。私たちが想像する以上に子どもたちは多くのことを感じ、考え、大きく変わっていく。「どもりになってよかった」このような発言自体、学童期、思春期と吃音を否定して、深く悩んできた私たちにとっては、信じられないことばだ。
言語聴覚士を養成する専門学校などの講義で、キャンプについて話し、ビデオを見てもらう。そして、子どもたちの変化を紹介する。するとよく出される質問の中に、子どもの時、そのように何かの勢いで思ったり、考えたかもしれないが、そのまま、吃音を受容していけるものなのか、というのがある。自己肯定、自己受容の道のりはそんなに容易いことではない。「どもってもいい」「どもりでよかった」とさえ言う子どもも、思春期になり、成人していくプロセスの中で大きく揺れ動いていく。
小学校4年生の時に吃音親子サマーキャンプに参加して「どもりでよかった」といった長尾政毅君が、中学生の時吃音に深く悩み、なんとか治したいと思った。その後も何度も揺れ動きながら、今年大学1年生になり、その変わっていく吃音への気持ちを正直に、国際吃音者連盟の「国際吃音アウェアネスの日」のウェブサイトに掲載した。世界各国から、共感のコメントが寄せられている。
吃音親子サマーキャンプという場に出会い、「どもってもいい」と思ったのは事実なのだ。一度しっかりと吃音に向き合って、そう思えたことは、予防接種のようになり、揺れ動く時期があったとしても、免疫となってその子どもの体内に残り続ける。その免疫効果が、15年の活動の中で、明らかになってきたのはうれしいことだ。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/05/03