「どもることを意識させなければ、そのうち治ります」
最近の新聞の子育て相談に、著名な心理学者が回答していた。保健所や児童相談所などでも同様のアドバイスがなされている。私の開設する吃音ホットラインにも毎日相談電話があるが、吃音を意識させないようにと、どもっても知らん顔をしてきたが治らずに、最近学校へ行きたくないと言い出したというような相談が実に多い。
吃音を意識することがいけないのではなく、「悪いこと、恥ずかしいこと」だと、マイナスに意識することが問題なのだ。
「吃音を意識させない」は、子どもに吃音を強くマイナスに意識させることになる、とても危険なアドバイスとなり得る。それは、精神分析医、エリック・バーンの交流分析の〈禁止令〉が明らかにしている。表面的な言語的メッセージよりも、裏の非言語的メッセージが子どもを縛っていく。それが禁止令だ。
臨床家や相談機関が親に言う、「子どもに吃音を意識させてはいけない」は、「どもる事実を認めてはいけない」のメッセージになり、それを受け取った親が今度は子どもに「どもってはいけない」の非言語メッセージを与える可能性がある。
どもることはプラスでもマイナスでもなく、どもるという事実があるだけで、ゼロの地点にいると考えられる。ところが、一度強くマイナスに意識したものが、ゼロの地点に立ち、「このままでいい」と自己肯定感がもてるようになるのは、一番難しいことなのだ。
私が小学2年生の時、吃音を強くマイナスのものとして意識してから、大きな苦悩と犠牲を払い、やっとゼロの地点に立てたのは21歳の秋だった。それまで、みじめな学童期、思春期を生きた。吃音を否定するマイナス意識によって、人間関係にも自己成長にも大きな影響を受けた。30歳、40歳になっても、ゼロの地点に立てず、常に自分を「だめでかわいそうな人間だ」と考える人は少なくない。個人的に親しく世界的に人気のあったミュージシャン、スキャットマン・ジョンは、デビューのCD「スキャットマン」で吃音を公表するまで、吃音を否定し続けた。52歳でゼロの地点に立てた喜びから、《吃音を受け入れる》大切さを社会に伝える活動を私たちと取り組もうとした矢先の、57歳でがんに倒れた。吃音をマイナスと考えずに生きたのはわずかに5年間だった。
子どもが吃音をマイナスのものと意識しないためには、親が「かわいそうだ」と思わないことだ。親の「かわいそう」は子どもに伝わり、大人になっても「私はかわいそう」と考えることになりかねない。普通でなければならないと、普通に近づくことばかりを考えないことだ。「今のままのあなたでいい」と、どんなことがあってもあなたは大切な子どもだと考え、思い切り子どもを愛することだ。
ゼロの地点に立って、治すことや改善を目指す発想ではなく、「丁寧な子育て」を心がけることだ。その中で子どもは自分の「変わる力」によって変化していく。
親や教師は、子どもが自分で支えきれないほどのマイナスの意識を子どもの時にもたないように支援することだろう。
今回で私の執筆は最後になる。最後にゼロの地点に立つことの大切さをお伝えした。これまでの文と合わせてお読みいただければ、私の真意はご理解いただけると思う。
★豊かな心とことばを育てる京都与謝地方親の会★
【ことばと教育 第109号 2004.7.6】 日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二