どもりとオナラ

 僕に直接会ったことのある人なら、よくご存じのオナラの話です。最近は、ずいぶん減ってきたような気がしますが、昔からの僕の癖のひとつです。どもりとオナラの共通点がいくつかあります。誰だったか、僕のどもりとオナラのことを川柳に詠んでくれました。「どもりもオナラも、自然体」と。
 オナラに関しては、「スタタリング・ナウ」の一面の巻頭言に書く内容ではないかもしれません。しかし、一面に続くのが漫画家で、京都精華大学教授のヨシトミヤスオさんの「ユーモアセンス」です。なので、この機会を逃すと吃音とオナラについて書く機会はないだろうと考えて書きました。「スタタリング・ナウ」2005.4.24 NO.128

どもりとオナラ
                日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 「プー」
 私の大きなオナラが静かな中学校の体育館に響き渡った。どっと笑い声が起こったとき、ちょうど担任が入ってきた。「静かに座っていろと言ったのにこの騒ぎはなんだ。もう40分座っていろ」。
 中学時代、クラスの連帯責任で正座をさせられていたとき、私は我慢しきれなくなって大きなオナラをしてしまった。「お前のために40分余分に座らされた」と、みんなからこっぴどく怒られた経験から私はオナラ恐怖症になった。どもりと同じように連発するオナラが私を悩ませた。その後病院で診察を受けたが、「体質のようなものだから、我慢してはいけない。出るときは出しなさい」と言われた。医者からお墨付きをもらっても私は人前でオナラはできなかった。どもりと同じで、出したくないと思えば思うほど出てしまう。人前が苦手だったのはどもりのためだけではなかったのだ。人前で平気でどもるようになるにつれ、私はいつしか人前でのオナラを楽しむようになった。
 しかし、できたら出さない方がいい場面がある。
 30年ほど前、あるカウンセリングワークショップのグループで深刻な悩みが話されているとき、我慢できなくなって「プー」としてしまった。くすくすと笑い声が起こったが、グループは何事もなかったかのように進行していく。出ては困ると思えば思うほど、おなかが張ってきて、また「プー」。数回目にとうとう、温厚で当時カウンセリングの神様と尊敬されていた高名な大学教授が「伊藤君、君はオナラに甘えている。いい加減にしなさい」と怒った。恐縮し、我慢すればするほどおなかが張る。下から出るのを我慢していたら、今度は口からゲップのようなものが出始めた。教授も苦笑いをし、私のオナラは許された。
 それから25年ほど後のあるベーシックエンカウンターグループでのこと。その時の私は自分自身がファシリテーターだった。相変わらずグループの中でオナラが出る。
 ひんしゅくをかいつつも、いつしかメンバーに受け入れられ、笑いの絶えないグループになった。そのメンバーの中に、深刻な悩みを抱える二人の若い人がいた。
 コンビを組むファシリテーターにもよるのだが、つい私は大阪人特有のいちびりで、ツッコミを入れては笑ってしまう。「ワハハ、ワハハ」大きな声で笑う私たちのグループに他のグループからは怪訝そうに見られたり、時にうらやましがられたりする。
 「私は親の指示通りに生きてきたので、ひとりで電車に乗って大学に通学する電車の中がとても苦痛で、何をして時間を過ごせばいいか分からない」
 親の指示に従っていいなりに生きてきて、いい子でいるのに疲れて「からだ」が反乱し、ある身体症状に悩まされる女子学生が悩みを出した。
 そこで私はグループのメンバーに、電車の中で何をしているかひとりひりが言おうと提案した。「本を読む」と、ごく一般的なことを言う人もいたが、多くの答えはユニークだった。一際背の高い女性は「私は飛び抜けて背が高いので、男の人のハゲがすぐ目につく。この車両に何人いるか数えている」、ある主婦は「電車が発車したら、えいっと息を止めて、次の駅まで息を止めていられるか測っている」。私は「うるさい音楽をもれさせる人に、くさいオナラをしようと頑張っている」。それぞれが本当かどうか疑いたくなるようなことを真剣に言う。そのたびに女子学生を含めて大爆笑だった。
 女子学生にとって深刻な話が、笑いの渦の中で、「なんだ、こんなことで悩んでいたのか」となったようだ。時には大きな声を出して笑い、また真剣な話には集中していく。真剣な中にある笑いのバランスが私はとても好きだ。
 今年の1月、この女子学生と背の高い女性とあるグループで再会した。「よく笑ったね」とそのグループを振り返った。
 私たちのどもる人のグループも常に笑いにあふれている。この秋の吃音ショートコースは「笑いの人間学」をテーマに、笑い芸人の松元ヒロさんのワークショップと日本笑い学会会長・井上宏さんの講演で、笑い・ユーモアについて学ぶ。
 深刻に悩んだ頃のオナラも今は懐かしい。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/05/19

Follow me!