水町俊郎・愛媛大学教授との出会い・思い出

 水町俊郎さんの、第2回臨床家のための吃音講習会でのお話を紹介してきました。水町さんは、どもる人のセルフヘルプグループ、大阪スタタリングプロジェクトと深い関係にありました。当事者の体験から謙虚に学ぶ研究者として、僕たちの声を真摯に聞いてくださいました。また、成人吃音の調査研究の対象として丁寧なアンケートをするなど、活用してくださっていました。その、セルフヘルプグループのリーダーである、東野晃之さんの水町さんとの思い出を紹介します。

  存在感を知る
                大阪スタタリングプロジェクト会長 東野晃之

 水町先生は、私たちの活動の良き理解者であり、吃音との上手なつきあいを目指す私たちに支援をいただいた数少ない吃音研究者の一人だった。
 腰が低く、物腰のやさしい印象は、変わることがなかった。大阪に来られた折には、私たちの大阪吃音教室で講義をしていただいた。最近は、常任講師をされていた「臨床家のための吃音講習会」で年に1度お会いするのが楽しみだった。
 講義では、いつもたくさんのレジメを配って几帳面に説明されていたのを思い出す。吃音研究者や専門家と普段あまり接点がない私たちにとって、アメリカなど吃音治療の先進国の研究やその動向についてのお話は、いつも興味深く、貴重な情報源となった。最新の吃音治療の現状を知るたびに、私たちの吃音とつきあう取り組みは、「これでいいのだ」と再確認し、進むべき方向の裏打ちを得られたような安心感を持った。
 最近はインターネットをはじめ、いろいろなメディアで吃音治療の情報が氾濫している。この時流にのって民間療法などの膨大な情報が流される。吃音に悩む者にとって何が正しいのか、選別し見分けることがむずかしい時代である。この氾濫する情報がもたらす影響は、一吃音者だけでなく、セルフヘルプグループをも巻き込み「吃音症状の改善」に揺れ動き、迷走するグループも見られるようだ。このような時代だからこそ、今、吃音の分野は、見識ある吃音研究者や専門家の適切な助言や発信を求めているように強く感じる。
 私たちは、幸いに揺れ動くことも、迷うこともなかった。今思えば、水町先生の存在があったからだろう。水町先生は、折りにふれて私たちの「吃音と上手につきあう吃音教室」の活動実践を支持して下さった。愛媛と大阪という間では、直接お会いし、お話しする機会はそれほど多くはなかったが、毎月お送りした大阪スタタリングプロジェクトの機関紙を丹念に読んでくださり、会の近況もよくご存知だった。グループ名を改称したときには、賛同と励ましのお手紙に背中を押していただいた。
 お会いすると、よく機関紙への感想やコメントをいただいた。どれも温かく、うれしい内容だった。ずいぶん以前に書いた文章の一節も覚えていてくださり、誉めていただいた。遠く離れていても、いつも身近で見守っていただいているように感じられた。私たちが揺れ動くことも迷うこともなく、自信を持って進むことができたのは、この日本でも有数な吃音研究者の支援があったからだろう。
 ふり返れば、私たちはたくさんのプラスのストロークを水町先生からもらったのである。
 私には、密かな願望があった。さらに深めるために教えていただき、語り合いたいと思っていた。それは受容についてだ。大阪吃音教室での講義でもご自身の不眠症の悩みを混じえて、受容について話をされた記憶があり、機会があればもっと「吃音の受容とは」「障害やハンディを受け入れるとは」などについて話してみたかった。きっと示唆に富んだお話が一杯聞けたように思う。
 水町先生が、私たちの「吃音と上手につきあう吃音教室」を支持していただいた理由には、かってな推察だが、この「受容」についてご自身が深い関心を持たれていたからではないか。吃音者が、吃音を持ったまま吃音を受容しどう生きるか、その具体的な試行錯誤を、私たちの体験談や発言から観察し、研究されていたように思う。
 「吃音症状を見るのでなく、どもる人間に焦点をあてる・・」、私の好きなことばだ。水町先生の講義で紹介された文章の一節である。研究者としての関心や興味だけではなく、一個人として吃音者をみつめるまなざしの温かさが感じられた。もっともっとたくさん教えていただくことや話したいことがあった。失くしてしまって改めてその存在感の大きさを実感した。
 私たちが、お世話になった水町先生にお返しできることは、私たちの活動実践を整理し、後に続く吃音者のために記録していくことだろう。
 自らを謙遜してのことだが、丸善学者と称されるほど多くの海外の吃音研究論文を読み、精査、考証し研究にあたられた。吃音研究や活動実践が、論文や文章に記録される意義を誰よりも感じ、願っておられたに違いない。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/05/01

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