第3回 臨床家のための吃音講習会

 今夏、11回目を迎える「親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会」の前身である、臨床家のための吃音講習会。1回目は岐阜で、2回目は大阪で、そして3回目は再び岐阜での開催となりました。シリーズ1の吃音講習会は、故・愛媛大学の水町俊郎さんと、岐阜大学の廣島忍さんと僕の3人が常任講師になり、そのときどきの特別ゲストを迎えて開催していました。
 第1回の岐阜は、その日、日本最高気温を記録し、会場のエアコンが切れるというハプニングの中、大勢の参加者と共に真摯に学び合いました。3回目は、1回目に続き、岐阜での開催でした。予想を上回る参加申し込みにうれしい悲鳴をあげながら準備をした実行委員の中心人物、板倉寿明さんによる、舞台の裏側も含めた吃音講習会報告です。(「スタタリング・ナウ」2003.9.21 NO.109)

吃音夏の陣「第3回臨床家のための吃音講習会」
                  岐阜県立ろう学校・岐阜吃音臨研究会 板倉寿明

今回の目玉だったが
 「臨床家のための吃音講習会」を再び岐阜で行うに当たり、具体的なテーマについて参加者が深く話し合える場を作りたいと、分科会形式で参加者が興味をもった実践発表について深めることを計画した。ところが、時間が足りなくなりできなかった。アンケートからも残念の声が多く聞かれ、準備してきた者としても本当に残念だった。

準備「なんとかなるでしょう」
 2回目の開催で仕事の分担、案内状の発送等、ある程度のイメージがあることは心強かった。しかし、締切りを過ぎてから送られてくる参加申し込みや資料用の印刷物には多少動揺した。会場の収容人数は100人なので、定員を過ぎたらお断りと決めていたが、断るのも申し訳ない。結局スタッフは椅子だけでいいということになり、参加許可証の最終番号は100と記すことになった。

メールが届いた
 私たちが最終の準備をしているころ、一通のメールが届いた。どもる少年を描いた『きよしこ』の作者、重松清さんからだった。うれしくてみんなで回し読みしたのは言うまでもない。この吃音講習会のことを重松清さんは気に留めておいて下さったのだ。重松さんのメッセージを紹介しよう。

 「吃音の少年を主人公にした『きよしこ』という小説を書いているとき、ぼくはずっと、あの頃のぼく自身と対話をつづけていました。うまくしゃべれなかった。自分の気持ちをまっすぐに伝えられなかった。ひとと話したり、本を読んだりするのが、怖くてしかたなかった……。あの頃のぼくは、ぽつりぽつりと(何度もつっかえながら)、つらかった思い出を語ってくれました。でも、思い出話の最後に、あの頃のぼくは、ちょっとはにかみながら、付け加えたのです。「うまくしゃべれなかったから……優しさが好きになれたかもしれない」小説家のぼくは、その言葉に導かれるようにして、一冊の本を仕上げたのでした。「優しいひと」になるのはすごく難しいし、すごく嘘っぽい。でも、「優しさが好きなひと」になるのは、できるかもしれない。言葉を口にするときにふと立ち止まること―それは、時としてナイフにもなってしまう言葉の怖さを噛みしめることでもある。そして逆に、言葉の持つ、悲しみを包み込む毛布のようなやわらかさを味わうことでもある。ぼくはそう信じて、そう願って、ときどき派手につっかえながらも、誰かとつながるためにしゃべりつづけています。きっと、この会場には、あの頃のぼくのような子どもたちもいるでしょう。もしかしたら、ふだん、自分の思うことをうまく伝えられずに、寂しい思いや悔しい思いをしている子もいるかもしれない。でも、きみたちはひとりぼっちじゃない。誰かとつながることができる。つながり合うための言葉を、ひとよりもちょっと長めの助走をとって、ひとよりも少し不器用に、口にするきみたち―。ぼくは、きみたちのことが好きです。きみたちがしゃべる、すべての言葉が好きです。あの頃のぼくも会場にいるかもしれない。引っ込み思案なわりには乱暴者だった少年シゲマツ―目には見えないかもしれないけど、仲良くしてやってほしいな」。

重松清 1963年、岡山生まれ。出版社勤務を経てフリーライターに。91年、「ビフォア・ラン」で小説デビュー。99年「ナイフ」で坪田譲治文学賞、「エイジ」で山本周五郎賞。「ビタミンF」で第124回(2000年下半期)直木賞受賞。

講座Ⅰ「子どもの吃音問題の構造」
                           岐阜大学 廣罵忍
 「どもってもいい」という言葉が口先だけの励ましになりはしないか、どもる子どもたちはどもることの何を問題と考えているのか、そのことの解明から吃音をもつ自分に自信がもてるような支援が見つかるのではという視点から4人のシンポジストに検討していただいた。
 その中で青山さんの、「暮らし」という視点からその子の吃音を見る提言は、今回の講習会全体を貫くキーワードに成り得たような感がある。吃症状ではなく、どもることがその子の「暮らし」の有り様にどう影響しているのかの視点から吃音をみることに多くの人が納得しただろう。

講座Ⅱ 「吃音が改善される」ということの意味
                            愛媛大学 水町俊郎
 吃音者は吃音を意識したり、悩んだりせず、どもりながらも人前で話せることが「吃音が改善される」上で重要な意味をもつことや、「積極的な生き方」「吃音へのとらわれからの解放」が、「吃音症状そのものの改善」を上回っていることなど、「吃音が改善されること」を吃音者と言語障害児教育の経験者であるクリニシャンとの違いや、吃音者のアサーティブネス(自己表現)の程度と吃音改善の意味のとらえ方との関係の研究から発表。

実践発表1 どもりの私がどもる我が子と向き合って見えてきたこと
                       島根県立浜田ろう学校 佐々木和子
 自分のどもりについてはあきらめ、認めているが、息子のどもりを認められなかった自分の心の洞察から息子のどもりを劣ったもの、治すべきものと価値づけていたのは、流暢な話し方を良しとする偏見であった。息子のどもりを否定することは存在そのものを否定してしまうことになるという気づきの経緯について発表。

実践発表2 自分の思いを素直に表現し、自分らしく生きることを願って
                        岐阜県立明徳小学校 手島香子
 人前ではなるべくどもらないように話し方をコントロールしている子が、ことばの教室でどもりながら自分の言いたいことを話せるようになった事例から相手に受け入れられている安心感や耳コミュニケーションの心地よさを共有しながら向き合うことの大切さを発表。

実践発表3 カルフォルニア州でFluency Shaping Therapyを受けていた児童の指導実践
                 合衆国コロラド州アダムス郡教育局50 川合紀宗
 アメリカでの指導方法として「流暢に話すこと」と「どもり方を楽に変化させること」を目標とする2つがあることを紹介。評価に当たっては、吃重症度のみならず、本人の吃音に対する態度、学級担任、クラスメイトによる教室の様子、家庭における様子や心理的部分の把握が必要であり、指導と評価はセットで考えなければならないと発表。

実践発表4 吃音とインタビューゲーム
                    セルフラーニング研究所所長 平井雷太
 人前で話すことが多く、どもりであることを気づかれなくなった現在も、吃音者であるという自覚は薄れることなく、言葉が出ないかもしれない恐怖を持ち続けていると自己紹介。うまく話せないという気持ちが「書く」力へのバネになり、「相手の話を受けて問いを出していく」「聞いた話をメモしてまとめる」インタービューゲームを紹介。

実践発表5 島根県スタタリングフォーラムでの低学年の話し合い活動について
                         益田市立安田小学校 伊藤修二
 「島根県スタタリングフォーラム」についての概要や低学年の話し合い活動の様子を紹介していただいた。早朝登山で低学年の子どもが「どもりは一生治らないんだぞー」と叫んだという報告には一同びっくりだった。

講座Ⅲ 子どもの支援につながる評価とは
                        日本吃音臨床研究会 伊藤伸二
 音声言語医学会・吃音検査法〈試案1>の問題点を指摘するとともに、以前に作成した「吃音のとらわれ度」「人間関係の非開放度」「日常生活での回避度」の評価を元に本当に子どもの支援に役立つ評価を作りたいと提言。詳細は、本紙4ページ以降に。

講演 子どもの言葉は「宝物」
                    講師 長谷川博一(東海女子大学大学院教授)
 子どものことばを治そうとするのではなく、宝物として受け止めていきたい、講演はここから始まった。社会の中で弱者といわれる人たちを標準や平均に合わさせるのでなく、社会の方から歩み寄りをと、そんな願いがあふれるお話は、一貫しておだやかで優しいものだった。「深くあきらめたときに、変化する」「自己受容・他者受容のキーワードは《それでいいよ》」など、どもりの問題を考える私たちと共通のものがたくさんあった。

おわりに
 この講習会ではっきり見えてきたこととして「吃音の評価」として大切なことは、吃音の症状の評価ではなく、その子の暮らし、生活の中で評価を考えることではなかっただろうか。この視点は私たちの財産にしていきたいと思う。
 なお来年の「臨床家のための吃音講習会」は島根県浜田市で行われることになった。島根スタタリングフォーラムでもわかるように島根のことばの教室の先生はとてもパワフル。また、吃音をもつ子どもたちと関わることが楽しくなるような会になることと期待している。
(「スタタリング・ナウ」2003.9.21 NO.109)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/03/09

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