私はひとりではない

 吃音の研究・臨床において多数派になろうとも思わないし、多数派がいいとも思わないけれども、何年経っても、この状況は変わらないのだろうなあと、しみじみ思います。
 それでも、膝をつきあわせ、しっかりと対話していくと、分かってくれる人は確実に増えてきたと実感します。「スタタリング・ナウ」2003.9.21 NO.109 の巻頭言は、「私はひとりではない」でした。今夏、11回を迎える親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会の前身である、臨床家のための吃音講習会の3回目を岐阜で開催したときの手応えが、巻頭言のこのタイトルに表れています。私はひとりではない、確かに、たくさんの人が僕の考えを支持し、それに沿った行動をとり、実践を続けてくださっています。今回、この巻頭言を紹介するにあたり、もう一度、「私はひとりではない」をかみしめています。

私はひとりではない
                    日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 岐阜の臨床家のための吃音講習会は心底うれしかった。「あなたはひとりではない」と多くの人に言ってもらえたような気がした。長い間、ひとり旅を続けてきたような気がするからだ。
 成人吃音については、共に活動をする、大阪と神戸のセルフヘルプグループの多くの仲間がいる。成人吃音の取り組みでは、あまり孤独感を感じたことはないが、どもる子どもの臨床については常に孤独感を感じていた。今から30年ほど前、大阪教育大学・言語障害児教育課程の教員をしていた頃には、虚しさにも似た孤独感を感じていた。
 私が担当していた、現職の教員が内地留学で一年間言語障害児教育を学び、修了後ことばの教室の担当者になるための特殊教育特別専攻科では、吃音ショートコースと名付けた集中講義をしていた。学生とともに調査研究を積み重ね、吃音研究者や第一線で活躍することばの教室の教師が多く参加する、4泊5日の贅沢な合宿だ。山奥ですることが多かった。合宿を終えて山を下りるとき、いつも寂しさを感じていた。
 あれほど、時間をかけて事前の準備を続け、長い時間合宿で吃音について取り組んでも、様々な考え方や意見が飛び交うが、心底、どもる子ども達の本当の支援に役立つ取り組みをしようという人々と出会えなかったという失望感だったような気がする。私の思いが伝わらなかったという思いが常に残った。事実、私たちと吃音についてあれだけ語り合って、現場でことばの教室の担当者として仕事をしている大阪教育大学の内地留学の先輩を対象にアンケートを取ったとき、失望感を持ったのは現実だったのだと知った。
 吃音は吃音の症状をどう治すかではなく、どう生きるかの問題だ。だから、どもる子どもの充実した豊かな日常生活への支援がことばの教室の役割だと、言い続けてきた。しかし、それは分かるのだけれど、「どもりを治したい」と切実に願う子どもや親を前にすると、「どもってもいい」なんてとても言えないということらしい。「がんばって、治そう」と言ってしまい、実際に呼吸練習や音読練習を主にしているということばの教室が少なくなかった。
 「治す努力の否定」を提起したときは、現場から強い批判を受けた。現在でも、「どもってもいい」が前提の吃音親子サマーキャンプは問題だと、日本特殊教育学会という公の場でも座長をしていた吃音研究者から批判を受けた。そのような経験を長年続けてきたので、いつしか私は、吃音について自分の思いを語るとき、私の主張は少数派の意見ですがと前置きをするようになっていた。いじけていたのだろうか。
 ところが最近、言語聴覚士の専門学校で講義をしても、「少数派となぜ言うのか分からない。多数にならなければならないと思う」というような感想を言われることが多くなった。教員研修で話をしても共感して下さる人が増えたような感じがする。そう思い始めていた頃だったので、岐阜での講習会では、「そうだ、私は一人ではない」と思えたのだ。
 第3回になる、臨床家を対象とした講習会。岐阜、大阪、岐阜と続いたが、100名を超える臨床家が参加して下さることだけでもありがたいことだ。今回特に、現場からの発言が多かったが、そのひとつひとっが、これまでの吃音症状にとらわれた臨床ではない、どもる子どもの日頃の日常生活をみつめた取り組みだ。私が言いたかったことを、実践を通して多くの人が語って下さった。
 そして、アメリカの吃音臨床の現状が話されたとき、「私たちは多くのことをアメリカの言語病理学から学んできたが、そろそろ独り立ちして、日本の吃音の臨床をまとめる時期にきている」と思った。ことばの教室の担当者と一緒に、吃音の評価方法を新たにつくり、ことばの教室の実践集をまとめるスタートが切れると思えたのだった。
 この夏、岡山県と静岡県のことばの教室の担当者が、各教室の枠を超えて県単位で吃音キャンプに取り組んだ。手弁当で実行委員委を作り、どもる子どもを支援することばの教室の担当者の熱い思いが伝わってくる。その輪の中に私も入れてもらえたことがとてもうれしい。
 そう、私はひとりではない。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/03/08

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