第5回ことば文学賞 3

 このときの選者、高橋徹さんは、最優秀賞1点、優秀賞2点のほかに、選外佳作として2点、選んでいました。僕も、ここ最近、ことば文学賞の選考に携わっていますが、3点だけに絞るのが難しく、審査員特別賞と名づけて、選ぶことが多いです。
 今日は、その選外佳作の2点を紹介します。

《選外佳作》
   父
                        峰平佳直(会社員44歳)

 「ええかっこしようと思ったら、うまく喋れんなあ」
 父は、4、5人の前で照れたようにつぶやきました。5年前、75歳になった父は、民謡を習っていましたが、合同の発表会で父は代表でスピーチをすることになってしまいました。75歳とはいえ、自分のどもりについて、嫌悪感を強く持っている父の心の中は、充分想像ができました。父はどもるけれど、大事なところではどもれません。どもるくらいなら無口を選び、馬鹿と思われる方を選びます。父にとって、人前でどもることは、死ぬほど恐ろしいことのようです。スピーチは、父が望んだとおり、老人ボケで独り言をブツブツ言っているように聞こえ、中身のない、元気のないものでしたが、決してどもってはいませんでした。
 「どもってうまくスピーチができなかったのではない。」
 「いいカッコしようと思ったから、緊張して喋れなかったのだ」
 俺は決してどもりではないから、仲間はずれにしないでください、と訴えているように見えた。これからどもっても大丈夫と、考え直すことは、無理のようです。
 父の話し方は、一人称で、独り言のようにブツブツと話します。どもらないようにいつも自分の言葉に注意を向けているためだと思います。誰でもどもって話しづらい時は、その瞬間、自分の方にだけスポットライトを当てます。しかし、言葉が出ると、相手の方に注意を戻して、2人称で話します。それができて楽しい会話になります。私は父の一人称で会話を覚えたので、雑談をすることが苦手になりました。周りから見れば、父のように1人でブツブツ言っているように見えるかもしれません。
 父は人の話を積極的に聞くことはありませんでした。子どもの話に耳を傾けて、真剣に聞いてあげることをしませんでした。ただ迷っているだけの少年に、自分の考えをブツブツと話すだけです。父も子どもの頃に、どもる父の話を真剣に聞いてもらった経験がないんだと思います。私が自分を好きになれない理由の一つに、自分が父に良く似ているところがあるからです。私が父に対してよい思い出が少ないことが影響していると思います。
 最後に、好きでない父の名誉のために、一言書いて終わります。父は、西成の小さな鉄工所で一生懸命に働き、私たち家族を養ってくれました。私はそのお金で買ったお米を食べて大きくなり、高校までの教育を受けることができました。

《選外佳作》
  ことばのキライナな夢見るカタツムリ
                             西村芳和(教員50歳)

 ぼくは カタツムリ
 ことばの キライな
 夢見る カタツムリ
 きのうも きょうも そして
 たぶん あしたも
 じっとしたまま
 夢見るカタツムリ
 
 ぼくは 自分がキライなぶんだけ
 世界が スキだ

 まっすぐに伸びる飛行機雲
 大きな木の風になびくいっぱいの葉っぱ
 黒くやわらかい土の上でのビー玉
 スーパースター長嶋茂雄のとくにスローイング
 強くてやさしいジャイアント馬場
 ララミー牧場の弟
 星飛雄馬のあき子姉さん

 ぼくは カタツムリ
 ことばの キライな
 夢見る カタツムリ
 ぼくは、応答のないのがキライなぶんだけ
 少しの応答でも 大スキだ

 キャッチボール ピンポン
 バレーボール バスケットボール
 メンコ ドロジュン
 ドンドン ポン

 ぼくは カタツムリ
 ことばの キライな
 夢見る カタツムリ
 ぼくは 話すのがキライなぶんだけ
 じつは 話すのがスキだ
 ぼくは ことばをキラッたぶんだけ
 ことばを 宝物にしていこう

 ぼくは カタツムリ
 ことばの キライな
 夢見る カタツムリ
 ゆっくり 歩こう
 ゆっくり 見よう
 ゆっくり 感じよう
 ゆっくり 考えよう
 ゆっくり 話そう
 そして ゆっくり
 夢見ていよう         (「スタタリング・ナウ」 2003.4.19 NO.104)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/02/17

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