2003年の第7回吃音の世界大会 一緒に参加した人の感想

 第7回吃音世界大会での僕の基調講演の要約を、一昨日、紹介しました。
 オーストラリア・パースでの世界大会の様子は今日が最後です。最後に、この世界大会に一緒に参加した、ひとりの青年の感想を紹介します。彼は、吃音親子サマーキャンプに小学4年生から高校3年生まで連続で参加し、今、サマーキャンプで恒例となっている卒業式を初めて行ったときの卒業生です。世界大会に参加したとき、彼は高校3年生。その後、彼はサマーキャンプのスタッフとして参加を続けていましたが、結婚し、子どもができ、転勤がありという生活の変化の中で、今は離れていますが、大阪吃音教室の仲間としてニュースレターを購読して、元気に過ごしています。長尾正毅君の感想を紹介します。

  吃音を治すことばかりがすべてじゃない
                     長尾政毅 高校3年生 大阪

 私は、2月16日から4日間、オーストラリアで開かれた第7回国際吃音者大会に初めて参加しました。今回、海外旅行自体が初めてということもあって期待と不安に満ちた心境でオーストラリアへ向かいました。そして、この国際大会に出席し私は、改めて『吃音』というものについて深く考えることとなりました。
 初めに驚いた事は、世界が吃音というものを治療する、あるいはコントロールするという路線であるということでした。今回の大会期間中に開かれた講座も半数近くが、吃音の治療法や、その研究成果の発表といった内容でした。以前に世界がそういう風潮であるということは聞いていましたが、実際に講座を受けてみて実感しました。
 また、講座の中でデンマークのどもる子どもたちのサマーキャンプに関する報告があったのですが、私が小学4年生から参加してきた、日本吃音臨床研究会の吃音親子サマーキャンプとは大きく違っていることに驚きました。デンマークのキャンプは数日間、キャンプを通じて自立心を養い、自信をつけさせるというもので、集まった子どもたちが吃音について話し合うという機会はほとんどないということでした。それを聞いて、サマーキャンプに毎年参加している私は、せっかくどもる子どもたちが集まったのに、お互いに吃音に関して話し合わないなんて集まった意味がないのではないかと感じました。
 吃音で悩む子どもたちが集まり、吃音について話し合うことはとても意味のあることだと私は考えています。自分の吃音の悩みを皆に聞いてもらう。また、皆がどんな吃音の悩みを持っているのかを聞く。このことは、直接悩みの解決にはならないかもしれません。けれど、吃音で悩んでいるのは自分一人だけじゃないということを知り、同じように悩み、考えながら生きている仲間がいるということを知ることは、これから生きてゆく上で必ず大きな勇気となると私は思います。私自身、自分は一人じゃないという思いに何度も支えられてきました。それを思うと、私の参加したキャンプは本当に素晴らしいものだと実感しました。
 他にも、薬物による吃音の療法や、様々なワークショップが行われましたが、どれもやはり吃音の治療などに関するものが多く、日本吃音臨床研究会が行う大会などに比べると大きなギャップを感じました。
 そんな講座が続く中、伊藤さんの講演は、この吃音を治そうとする風潮の世界に波紋を投げかけるような内容であったと思います。ただ吃音を治そう治そうとするのではなく、吃音とうまくつき合っていこうという提案は、現在の世界の風潮から見れば異質なものであったけれど、講演後の周りの反応を見る限り、多くの人々の心に強い印象を与えたに違いないと感じました。この波紋は賛否は別として、吃音を治そうとしている多くの世界の人々に伝わっていくことだろうと思います。
 今回の国際大会を通して、私は世界の吃音を持つ人々が、人前でどもってはいけない、吃音がある限り幸福にはなれない、だから吃音を治そう、コントロールしよう、という意識が強いということを知りました。私の中にも吃音をコントロールしたいという気持ちや、吃音がある限り幸福を掴むことが困難なこともあるかもしれないと思う気持ちがないわけではありません。だから、そういう気持ちを少しでも抱いている人たちが、吃音を治したい、コントロールしたいと思う気持ちは良くわかります。
 けれどその前に、本当に吃音を治すことが幸福につながっているのかということを、まず考えてほしいと思いました。何が自分にとって幸福かは人それぞれ違うものです。吃音があるから決して幸福を掴めないということはないでしょうし、まして、吃音が治ったから必ず幸せになれるわけでもないでしょう。吃音を治そうとするのは、それを考えてからでも遅くはないのではないかと思いました。

 最後になりましたが、私はこの国際大会に参加できて本当に良かったと思っています。ただ『吃音』を持っているという共通点だけで、30力国ほどの国の同じ苦しみを持つ人々が集まり、話し合う、それは本当に素晴らしいことだと思うからです。人種も文化も違う人達が『吃音』を持つということだけで通じ合うことができる、それは吃音を持つ人々の特権だと思います。この大会で私は本当に多くのことを、見て、聞いて、感じて、考えることができました。この体験はこれから先の人生できっと役に立つだろうと思います。(「スタタリング・ナウ」2004.4.24 NO.116)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/04/02

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