どもる子どもの支援につながる評価とは

 もう13年、いや、まだ13年なのか、2011年3月11日の東日本大震災から13年の日を迎えました。今年の正月には、能登地方で大きな地震がありました。東日本大震災では吃音親子サマーキャンプに宮城県女川町から3回連続して参加した女子学生とその母親が亡くなりました。一昨年、女川町に行き、お墓に参ってきました。また、能登地方にも友人がいます。まだ電話での連絡はついていませんが、被災地で被災者でありながら多くの人の支援をしていることを、ネットのニュースで知って安堵しています。日常の生活が戻っていない被災地のことを忘れないで、僕は僕にできることを続けていこうと思います。

 板倉寿明さんによる、第3回臨床家のための吃音講習会の概要報告を紹介しました。最後に書いていたように、翌年、第4回臨床家のための吃音講習会は、梶田叡一さんを特別ゲストに迎え、島根県浜田市で開催しました。その後も続く予定だったのですが、常任講師である、水町俊郎さんが病気でお亡くなりになり、吃音講習会も途切れてしまったのです。
 でも、岐阜に始まった吃音講習会の熱気は静かに燃え続け、シリーズ2の「親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会」として、復活しました。
 第3回吃音講習会で、僕が話した「どもる子どもの支援につながる評価とは」の前半部分に加筆し、「スタタリング・ナウ」2003.9.21 NO.109に掲載されたものを紹介します。

どもる子どもの支援につながる評価とは
                       日本吃音臨床研究会 伊藤伸二

 今回吃音評価をテーマとしたのは
 1981年、日本音声言語医学会は、言語障害の検査法を確立しようと、障害別の検討委員会を設置した。吃音検査法検討小委員会が出した試案は、アメリカの言語病理学の検査方法の翻訳を中心としたものを、無批判に受け入れて日本の吃音臨床に導入しようとするもので、私は強い違和感をもっていた。成人のどもる人だけでなく、この検査法がことばの教室の教育現場でどもる子どもたちに使われたら、どもる子どもやことばの教室の担当者は辛いだろうと思っていた。それでも、吃音の指導事例の論文でその効果を示すときにこの検査法は使われる程度で、広がりはなかったので大きな影響はないと思っていた。
 ところが、言語聴覚士の法制化に伴って、言語聴覚士が大学や専門学校で養成されるようになり、吃音に関する専門書が出版され、その中でこの吃音検査法が紹介されるようになった。子どもに使う人が出てくるのではないかと不安になった。この検査方法が今後使われるのは見過ごすことができない。どもる子どもに真に役立つ評価とは何かを考えなければならないときがきたと思い、吃音講習会のテーマを吃音評価とした。

日本音声言語医学会の吃音検査法
 1983年に開かれた筑波大学での第28回日本音声言語医学会総会で、私はその検査法を批判した。聞き手や場面によって大きく吃音症状が変わる。子どもなら学校での朗読時間や遊びの時間に、社会人なら会社の重要な会議や得意先に電話をしているときに、吃音症状を検査してはじめて、妥当な検査になる。また、吃音には波があり、その日の体調や気分によって大きく変化する。血液検査やレントゲン検査とは本質的に違う。
 仮にその検査結果が妥当であったとしても、その検査結果をもとにどのような治療プログラムを立てられるのか。細かく分類された吃音症状に応じた治療方法があるわけではない。いたずらに細かい吃音症状面に注目し、検査をされ、それがその後の指導に反映されないとしたら、どもる人にとって検査は本意ではないだろう。
 私は糖尿病患者だが、血液検査を受ける。その数値が医師によって私に示され、それを基に生活指導がなされる。今後の私の糖尿病とのつきあいに、検査は不可欠だと思うから、半日がかりでも診察の一週間前に血液検査を受ける。検査結果をもとにして指示された食事療法や運動療法を行えば、示された検査結果の数値は、確実に変化する。
 吃音検査法を使っている人は、どもる子どもに、吃音の検査結果を、「あなたの吃頻度は何パーセント、持続時間は何秒、緊張性は何文節に2回以上あります」と知らせ、その結果をもとに指導されているのだろうか。もし、知らされていないとすれば、その後にも生かされず、自分に知らされもしない、検査をされるだけの吃音検査を誰が望むだろうか。

吃音自己チェック―私たちの吃音評価
 私は、日本音声言語医学会の吃音検査法を批判し、学会の検査法に代わる評価方法を提起した。それは、吃音症状ではなく、吃音が生活にどのように影響しているのかをみるためのものだ。吃音は対人関係の中での問題だ。吃音のために、対人関係がどのように影響されているのかをみることは、その後の指導や対処につながる。他人から検査されるのではなく、自分がチェックし、その結果をもとに、今後どのように吃音に対処するかを考え、その計画を立てることができる。
 20年以上も前、日本吃音臨床研究会の顧問である、内須川洸・筑波大学名誉教授とどもる子どもの親、私たち成人のどもる人とが、何度も合宿をし、2年ほどかけて吃音評価のチェックリストを検討し作成した。その内容は、学会の検査法批判とそれに代わる新しい評価法の提案として、1984年の日本音声言語医学会誌(VOL.25,NO.3)に掲載された。スタタリング・ナウ57号(1999.5.15)でも要約は紹介している。
 この検査法は、一部の人からは評価されたが、私たちがどもる子どもの臨床に広めようという努力をしなかったために、残念ながら一般の目に触れることはなかった。ただ、どもる人のセルフヘルプグループの大阪スタタリングプロジェクトの大阪吃音教室では、毎年使ってきた。
 大阪吃音教室は、1年ごとに、年間スケジュールを作って、「吃音と上手につき合う」ことを学ぶ。当初は初参加の人に必ずこの評価法にチェックしてもらっていたが、最近は、年度の初めに参加者が、評価法を使って、自分の吃音に対する意識や日常生活の態度をチェックしている。吃音症状の消失や改善を目指すのではなく、日常生活に吃音がどのように影響しているかを探り、その影響を少なくすることを目指し、自分が取り組む方向を決める。吃音に対するマイナスの意識や感情はそうは簡単に変えられないので、変えることができやすい行動から変えていくためだ。まず吃音による日常生活からの回避行動をできるだけ逃げない行動に、少しだけ変える。この日常生活を変えていくために、吃音のチェックが役に立つ。そして、また年度末に再びチェックすると、多くの人に変化がみられる。
 自己チェックをしてみると、吃音症状が自己判断で重いと思っている人が必ずしも、吃音が生活に影響しているわけではなく、周りからは、吃音だとは思われていないような軽い人が、吃音についてマイナスの意識度が高く、回避度も高い場合がある。症状は軽くても、吃音からくる影響も悩みも大きい人が少なくない。
 日常生活の行動や人間関係が変化すると、吃音症状は変わらなくても、吃音に対するマイナスの意識や感情も変化する。吃音の症状の改善を目指さなくても、その人の日常生活は充実したものになる。吃音のマイナスの影響は大きく変化するのだ。それは、大阪や神戸の吃音教室、吃音親子サマーキャンプなどで大勢の子どもやどもる人が実証していることだと言える。

ことばの教室での活用
 成人の吃音に悩む人のために作成した吃音チェックリストだが、学童期、思春期の子どもに活用できる。ことばの教室で使う場合、チェックリストをそのまま子どもに手渡して記入させるのではなく、子どもと質問項目を読み合わせながら、チェックする。低学年でまだ難しいと思われる場合には、担任教師や親のチェックを参考にする場合もある。日常生活への吃音の影響度を探った結果をもとに、学級の中で何をしたいか、どうしたいかなどを話し合い、今後のプログラムを相談しながら、子どもと共につくることができる。自己チェックそのものが、子どもと吃音についてオープンに話し合うための教材となる。自分の問題を自分の力で解決していく力が育つことにつながっていく。
 私たちの吃音チェックリストは、大人用につくったものだが、学童期や思春期の子どもに活用することで、項目や表現を修正し、子どもの支援に役に立つ吃音の評価を作っていきたい。そうしないと、日本音声言語医学会の吃音検査法が唯一のものとして使われ始めることになるかもしれないからだ。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/03/11

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