どもる少年を描く~映画『ラストからはじまる』~1

 若いときからの僕の夢は、いくつかありました。どもる人のグループを全国に作りたい、どもる人が集まる事務所を作りたい、世界中のどもる人に会いたい、世界中にいるどもる人たちと世界大会を開きたいなどでした。それらの夢は、どれも叶いましたが、その中のひとつ、どもる人が主人公の映画を作りたいというのがあったのですが、これは実現していません。でも、僕ではない人が、映画を作ってくれています。その中のひとつ、『ラストからはじまる』に関わったことがありました。その監督の田中幸夫さんが、僕との出会い、映画のことなど、書いてくださいました。

吃音の少年を描く~映画『ラストからはじまる』制作をめぐって~
                 映像作家 田中幸夫(兵庫県芦屋市出身)
                      風楽創作事務所主宰

咲いてこそ一期一会の百合の花
 映画づくりは様々な人たちとの良き出会いの上に成り立っている、と言っても過言ではない。昨年夏から準備に入り、今年3月に完成した『ラストからはじまる』では、実にたくさんの出会いがあった。なかでも日本吃音臨床研究会会長の伊藤伸二さんとの出会いは、まさに目から鱗の連続で、もし伊藤さんを知ることがなかったなら、映画の味わいも少し変わったものになっていたと思う。
 『ラストからはじまる』は、2002年度に大阪市が一般公募した演劇ストーリーの入選作『ベストショット』を脚色したもので、吃音に悩む少年が主人公だ。吃音をどう描くか。シナリオ段階から撮影、編集に至るまで、伊藤さんにはことあるごとに貴重なアドバイスをいただいた。おかげで吃音の少年像がリアリティ豊かなものになったと感謝している。
 伊藤さんとの出会いのきっかけは、落語家の桂文福さんによる。文福さんが吃音であることを知る人は多いと聞くが、私はそれを知らずに文福さんにナレーションをお願いした。2年前のことだ。
 自分のテンポとリズムで話すことで吃音を乗り越えてきた文福さんは、私の描いていた語りとは違っていた。録音スタジオで私は不満だった。しかし、その夜、酒を酌み交わしながら文福さんの話を聞くにおよび、私は初めて吃音の深い世界の一端を知ることになった。その中で、文福さんの師匠である桂小文枝さんの一言が特に印象に残った。
 吃音に悩む文福さんに小文枝さんは、こう話したと言う。「お前のその独特なしゃべりは、誰もマネできへん。そのまま生かしたらええやないか!」
 文福さんは大いに勇気づけられ、その後、吃音という個性を文福話芸の中に昇華させていったと、熱っぽく語ってくれた。私は感動し、その場で文福さんのドキュメンタリーをつくろうと決めた。
 文福さんの生い立ちから吃音のこと、さらに人権へと広がるテーマをもったその作品は、『文福のふれあい人権噺』として、今、ビデオで販売されている。咲いてこそ、一期一会の百合の花、まさに人がすべてである。
 映画の話に戻る。私はいつもそうだが、権威やアカデミズムをあまり信用しないことにしている。
 だから、今回の映画制作においても、吃音に関することは、信頼している文福さんが紹介して下さる方にアドバイスをいただこうと考えた。そして、伊藤さんである。伊藤さんは開口一番、「どもりの世界は面白いですよ!」と目を輝かせながら言った。私は出会って3分で伊藤さんを信頼し、好きになった。一般に障害と言われる吃音を面白いと書くと、行政機関等では必ず否定的反応が生じる。
 しかし、人と人が本当に出会うというのは、その人を面白いと感じ、興味を持ち、さらに知りたいと思うからで、同情や憐れみで正常な人間関係は成立しない。面白いと言う中に吃音という個性がある。そんな認識に自然に立てばいいといつも思っている。でなければ対等な関係は結べない。それは、咲くことのない一期一会だ。
 『ラストからはじまる』は、人と違っていることを恐れていた少年たちが違いを認め合うことからすべてがはじまることを知る物語だ。少し長くなるが、シープシス(ストーリーの骨子)を書く。  つづく (『スタタリング・ナウ』NO.103 2003.3.21)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/02/08

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