第6回 伊藤伸二・東京ワークショップ 2018年2月12日 ~考えること、語ること、選ぶこと~ 2
昨日のつづきです。第6回 伊藤伸二・東京ワークショップの報告を紹介しています。休憩をはさんで、中学生との対話が続きました。一緒に参加していたみんなの支えのおかげで、心に残る対話ができました。
「スタタリング・ナウ」2018.6.21 NO.286 より、紹介します。
第6回 伊藤伸二・東京ワークショップ 2 2018年2月12日
~考えること、語ること、選ぶこと~
〈休憩後〉
伊藤 今のところは、6:4で、受験する方向だと彼女は言いました。僕は、話を聞いていて、できれば、今の6:4が逆転すればいいなあと思いました。本人の望む方向ではなく、担任教師たちの無理解がこの数値になっていると思うからです。逆転にどういう条件が必要か、何を変えていけるかに焦点を合わぜて、発言して下さい。人生は、常に選択の連続です。僕はこれまで、常に困難な方を選択してきた気がします。一般的にはマイナスと思われる方を選択し、そのことで活力やエネルギーが出て、マイナスの方向を選択したはずなのに結局はいい方向にいったことをたくさん経験してきました。彼女には、今のままでいくことは困難な選択になるのかもしれない。でも、その中で、どう考えれば、勇気をもって踏み出せるのかを考えたい。どうぞ、レスポンスして下さい。
安田 あのとき担任が、私が言おうとしたことを止めていなかったら、私は学校を変わらなかったのにとか、理不尽な先生のために高校受験をしなければならなくなったとか、担任のせいで、こうなったと思うと、担任に負けてしまうことになって、ますます悔しくなる。そのあたりのことをしっかり考えてもらえるとうれしい。
長尾 こういうことがなくても、進路の問題は出てきたかもしれない。ちょうど、口実にするいいものがあったと、逆手にとってもいい。
伊藤 静岡のキャンプで、からかってくる人間にどう対処するか話し合いをした。小学4年生の子でしたが、からかう子は、クラスで何人いるのかと聞いたら、3人だと言った。たった3人のために、自分が嫌な思いをしたり、やる気をなくすのは損で、からかう子がどんな子なのか、研究しようよと言ったら、「研究」のことばが、彼にはピッときたみたいで、「あっ、これで解決しました」と言いました。見事でした。時間を費やすのはもったいないけれど、暇なときに、担任はどんな人間なのか観察して、書き出してみる。研究して実態を知ると、なんだ、こんな人間のために、自分の人生を台無しにされてたまるか、そんな気持ちになってくると思う。しっかりと対象物を見て、どもりも研究してみよう。得体の知れないものだと思っていると、対処するのは難しい。どもりの研究や担任の研究はできそうな気がするよ。他人は変えることはできない。担任を追い出しても、また同じタイプの別の先生が来るかもしれない。
母 生きていく中で、理解してくれない人や相容れない人はいる。自分の意見が全部通るわけもない。吃音の不安に加え、理解してくれない先生や気の強い女子など、先々の不安はあると思うけど、それはそれと、どこかで切り離して考えられるようになってほしい。出会いにも恵まれている。もやもやすることもあるけれど、それをずっと持っていると、心がつぶれてしまう。「ママは大人だから、そういうふうに消化できる」と言われたんですけど、消化していかないと生きていけないと思う。進路についても、まさに今、悩みの真っ最中で、一貫校を変えたい理由も、正直あやふやだと思っている。吃音の問題と他のいろんな問題を、別個の問題として考えてもらうと、うれしい。人は、いろんな悩みを持って生きているので、環境を変えても同じことは起こるということを、彼女もうすうすは学んでいると思います。
伊藤 理解し合えない、わかり合えないということが大前提です。彼女にすれば、どもらないお母さんはどもる私のことが分からないと言うだろうけど、じゃ、どもる人同士なら分かるかというと、そうでもない。ひとりひとり全然違います。むしろ、どもる人同士の方が分かり合えないことはいっぱいある。だから、お母さんは、自分にどもるという経験がないから、娘のことが分からないということではなく、親として分かる範囲のことでいい。大前提は、理解し合えないということ。その上で、僕たちは、ことばの力を信じている。自分のことを自分のことばで語り、話し、伝え、その労力を厭わない。伝えるときの語彙を豊富にもって、自分の思いを表現できることばの力で、突き放されても理解されなくても、めげずに何回も何回も伝えてみる。決して人間に絶望しないで、伝え続けると、そうなんだと分かってくれる人と巡り会えると思う。決して担任教師のような大人ばかりではないので、大人を信じて、話し、伝えていってほしい。そのために、自分のことをきちんと伝える言語を僕たちは持たないといけない。自分自身が目の前の人に自分のどもりをどう伝えるか、その小さな一歩を積み重ねていくしかない。社会が障害や病気を理解すべきだ、吃音を理解すべきだと、声高に叫ぶより、自分のクラスで理解してもらえたらいい。自分の会社の自分の部署だけでも理解してくれたらいい。そんな目の前の努力をすればいい。過去が変わらないのと同じように、基本的に他人は変わらないからね。他人を変えようと思わないで、自分自身ががんばれることをがんばることだ。
あなたはとてもかしこいと思う。今、あなたががんばることは、必死に勉強して、落ちている学力をあげていくことだと思います。そのための努力をしないと損だと僕は思います。どうですか、やれるでしょ。
由佳 はい。勉強します。
伊藤 時間がなくなってきました。今日、10時から、皆さんとご一緒しました。このワークショップの感想と、もしよければ彼女へのメッセージも、聞かせて下さい。どうぞ。
田中 今日一日、おもしろかったです。担任の教師を研究しようというのは、おもしろい発想だと思いました。僕も、あなたと同じように自助グループを運営していて、吃音について研究しようとしています。ひとりで、担任について研究するのもいいけど、担任を嫌な奴だと思っている人をみつけて、一緒に研究したらおもしろい。
広川 私の中学校時代は、どもりを隠すことばかり考えていた。隠そうとしない人に会ったことがなかった。一人で考えていると、出口がないけれど、違う考えの人と出会うと、違うんだなと分かった。今日、私は、あなたはすごいと思って、話を聞いていました。私は親に一番、どもりで悩んでいることを知られたくなかったけど、そこも全然違う。大きな拍手を送りたいです。話を聞いて、私もがんばろうという気持ちになれた。
前からこのワークショップのことは、友だちから聞いていて、勧められていたけれど、今まで参加できなかった。参加するための条件が整っていなかったということもあるけれど、人見知りだったからかもしれない。今回、行ってみようという気持ちが上回って、49対51くらいになったので、参加できた。少しずつ少しずつ前の方に行こうと思います。
伊藤 今の、49と51という数字は大事な数字です。人が悩むときは、ほぼ49対51ですよ。メリット、デメリットがはっきりしていることだったら、人は迷わない。拮抗しているから、人は悩む。拮抗しているときの、一番の選び方は何だと思いますか。どっちに転んでも、どっちを選択しても、正解かもしれないし不正解かもしれない。そんな場合の人生の選び方のコツ、何だと思いますか。
広川 私は頭でっかちだから、分かりません。
伊藤 どっちでもいいんですよ、どっちでも。
みんな(爆笑)
伊藤 百円玉でもぽーんと投げて、裏が出たらこっちへ行こう、表が出たらあっちへ行こう、でいい。そして、決めたことに責任を持てばいい。悩んだとき、ひとつの選択が正解なんてあり得ない。何か選択しなければならないとき、どっちでもいいと考えることができたら、選択は楽ですよ。
小沢 ここに来るきっかけは、今日いっぱい話してくれた由佳ちゃんのおかげ。ここに来るのは怖かったし、恥ずかしかったけど、ほんとに来てみてよかった。楽しくてみんな優しくて、人それぞれ違ういろんな道を歩んでいて、自分だけが辛くないんだなと思った。ひとつの家族みたい。ここにいるみんなを家族として見ることができ、僕は安心できました。ここのみんなは仲間だから、助けてもらってもいいし、僕たち友だちだから、相談してくれたっていいし、
由佳 ラインでまた、送るね。
伊藤 すべてと闘うことは損で、和解が一番いいけれど、和解できない人間に対しては無視するしかない。闘うことで疲れてしまう。これは、吃音も同じです。吃音を治そう、改善しようとして闘えば闘うほど、吃音は巨大なモンスターになってくる。手なづけて、かわいいと思ったら、吃音というモンスターも、かわいい動物に変身する。基本的に、闘うということはあまりよくない。担任教師のいいところはないか、くだらないけれど、ひとつでも何かいいところはないか、いいところ探しを研究のテーマにするのもいいかもしれない。
由佳 いいところですか。はい。あるかも。
安田 まず、中学2年生が、ここまで、自分のことばで自分のことをしゃべれるというのがすごいと思いました。私も精神障害者の家族会に入っていていろんな話をします。同じ課題を抱えている者同士で話すと、まあ愚痴もあるけれども、愚痴だけじゃなくて、こういう見方もあるよとか、こういう考え方もあるよとか、いろいろ示唆を得ることができる。すると、自分の気もちが安定して、明日もがんばろうという気になる。だから、担任教師の研究も複数でやった方がいいと思います。どんどん知恵がわいてくるし、いろんな見方をすることによって、自分の至らなさに気づくこともあるし。由佳さんは、ネットでグループを作るだけのすごい技量があるから、ぜひ、がんばって下さい。
もうひとつ、今回のように、誰かひとりのことについて、みんなで知恵を出し合うということは、大学のときにもしたことがあるけれど、あのときはまだピンとこなかった。40年経って、このような場に参加でき、自分の成長にも気づくことができて、うれしいです。
長尾 同じく、中学2年生でここまで自分を語れるってすごいなと思いました。私自身はその頃、親に心配なことは話せなかった。嫌なことがあってもひとりで泣いていた。学校では泣けず、途中で泣いて、家ではまた泣き止んでいた。親が怖かったわけじゃないけれど、言えなかった。
私には娘がいるんですけど、自分の経験から、子どもが何かしんどいときに言ってくれるような母親になろうとしたけれど、やっぱり、ほんとにしんどいときには何も言ってくれなかった。だから、今回、このような場に一緒に参加する親子関係が、それだけですごいなと思いました。
これまで生きてきた中で、自分の障害のことで嫌な思いをしたり、理不尽なことや理不尽な人に出会ったりもした。でも、そんな人はたくさんいたのではなく、たった3人だった。でも、私は、周りの人みんな、みたいな感じがしていました。「私は、こんなにしんどいんです」と言ってみたり、めそめそしたり、怒ったり、私は自己防衛的に生きてきた。大学で、友だちから「あなたは防衛的で、何も分からない」と言われた。そりゃそうだ、私には隠したいことがあるから、そう思われても仕方がないと思った。意を決して、友だちに告白しようと思ったけれど、言えないから、「実は私、自分の障害のことで悩んでいる。聞いてほしいことがある」と手紙を書いて渡して、そして喫茶店で会った。私は一大決心をして話したけれど、その友だちは、あっけにとられた顔をして、「悩みってそれだったの? 障害のある人と思って、あなたとつきあったことないよ。そんなことを話すために呼び出したの? あなたの恋愛のことかと思って来たのに」と言われました。私は自分ひとりで悲劇の主人公になり、問題を大きくしてたんですね。それが分かって、うれしかったと同時に、神聖なるショックでした。
クラスでたった3人というのを大きくしたり、日常生活の中ではほんの少しなのに、勝手に大きく膨らませたりしていたんだなと思って、今日は、とても勇気づけられました。
伊藤 傷つく人間にとっては、3人でなくて、たった一人であっても、傷つく。そういう大変な思いをしているということは知りつつも、たった3人という考え方は、サバイバルしていくにはいいことだと思います。
三島 今日はいっぱい自分の話をしてくれて、ありがとうございました。こんなに大人が見ている中で、語るなんてほんとにすごいことだと思います。一番話しにくい、語りにくい年頃かもしれないと思ったけれど、しっかりと語ってくれました。それと、お母さんにちゃんと自分のことを相談していることを聞いて、私の娘は中学生の頃にこんなに相談してくれなかったなあと思い、お母さんがうらやましいなあと思いました。私たちを信じてくれたのかなあと思って、とてもうれしかったです。話に出てきた担任の先生に、私たちはすごく嫌な人みたいなイメージを持ってしまったけれど、あのときに「いいよ、クラスで言ってみな」と言ったら、きっとこの場にいなかったんじゃないかなあ。そう思うと、あのときの担任の一言は、いいことだったのかもしれない。あの一言で、伊藤さんともつながり、ここに来てくれて私たちともつながれたし。
伊藤 なるほどね。僕たちを引き合わせてくれたかもしれない。キューピットだ。
母 今日は貴重な時間をありがとうございました。担任教師も、ちょっと苦手だなという人も、何か言われそうだなという人も、自分から歩み寄るということが大事だと思いました。他人は変わらないのだから自分から一歩歩み寄る、すると世界は変わる。悪い人だと思い込んでいたけれど、実はいい人だったということもあったりするなあと思いました。娘には、ちょっと心を広げて、広い心で何事も見てもらいたいなということも今日思いました。親子二人でしゃべっていると、ときどき煮詰まったり、けんか腰になったりするんです。思春期と更年期、みたいになって、最悪の状態でぶつかり合って、娘の悩みを受け止められないときがありました。今回、このワークショップに参加して、こういう場を設けてもらって、いろんなご意見をいただきました。私にとっても娘にとっても、貴重な時間をいただいたと思います。ありがとうございました。
由佳 いろんな人の、吃音に対する意見を聞けてよかった。皆さんと出会えてよかったです。今日、自分のことを話して、ほぼほぼ担任教師の愚痴っぽくなったんですけど、でも、言えて、すっきりしました。それて、助けてくれる人もたくさんいるということが分かってよかったです。来年は、担任教師研究の結果を発表できるようにしたいです。
レスポンスの時間も、女子中学生、母親、参加者らの発言は行き交い、円い輪の中で応答は繰り返されました。全てを紹介できないのが残念です。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/09/28

