ひとつの家族のように
一人の人の人生に耳を傾ける、周りの人はその話をしっかり聞き、レスポンスをする、周りの人に支えられて、話をした人が自分の人生をじっくり振り返る、僕のワークショップは、こうして時間が過ぎていきます。吃音のもつ豊かな世界を実感できるいい時間です。
今回、紹介する東京ワークショップも、心に残るひとときでした。
まず、今日は、「スタタリング・ナウ」2018.6.21 NO.286 より巻頭言を紹介します。
ひとつの家族のように
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
正直に、率直に、自分のことを語る。
自分が考えたことをことばにして他者に語る。
他者のことばに耳を傾ける。
困った時、悩んだ時は他者に助けを求める。
常に複数の選択肢を考える。
考え、選択したことを行動に移す。
私は吃音に深く悩んでいた思春期、これらのことが全くできず、ひとりで悩んでいた。このことの必要性を教え、育ててくれる大人がいたら、実際に私ができていたら、吃音の悩みから早く脱出し、自分の人生を生きる道筋に立てたはずだ。
東京ワークショップに参加した、中学2年生の女子学生はそれらのことができていた。見事と周りの大人は拍手を送ったのだった。私がする質問に対して彼女は考え、自分のことばで応答する。文字だけ追っていくと、彼女が考えている時間や息づかいは表現できないが、それが深刻な話題であっても、爆笑する場面もあって、2時間も経過しているとは気づかないくらい充実していた。それは、その場を支えるいい聞き手がいたからだ。
「レッスンに立ち会う人たちが集中していないと、私のレッスンは成立しない。その人にとって意味あるレッスンになるかどうかは、立会人である皆さんにかかっている」
これは、竹内敏晴さんが個人レッスンに入る前に必ず言うことばだった。最近の私のワークショップは、ひとりの個人に焦点を当てた、当事者研究風な、オープンダイアローグ的なものになることが多くなってきた。だから私もその人との対話を始める前に必ずこの話をする。今回の立ち会い人は、ことばの教室の教師、会社員、対人援助職者、大学院生などだ。年齢も仕事もバラエティにとんだ15名程度が、2時間集中して立ち会ってくれた。だからその後のレスポンスは通り一遍のものではなく、これまでの生きてきた人生を自己開示しつつも、中学2年生への敬意と応援にあふれていた。そのすべてを紙面の都合で紹介できないのは残念だが、「ひとつの家族になったような」感じがしたと言った若者がいた。
吃音について悩み、考え、立ち止まってまた考える。そのことが、参加者が自分の人生を振り返る契機になる。吃音を「吃音症状」の問題として「治す・改善する」の言語訓練だと考える世界ではとても味わうことのできない豊かな世界だった。
彼女との対話で胸が痛むのは、教師のあまりにもひどい対応だ。彼女の「吃音についてクラスのみんなに話したい」との願いを、「絶対に言うな」と止める教師。なぜなのかとの問いかけにまともに答えない。中高一貫校のある意味、恵まれた環境の中での、これが複数の教師の対応かと、耳を疑うほどのひどさだ。
1997年、出身地の三重県津市で開催された三重県言語・聴覚障害研究大会での講演で、「私は、この津市で、小学校、中学校、高校を送り、たくさんの教師に出会った。しかし、残念ながら、いじめに近い対応をした教師数人の、そのときの状況やことばはすぐに再現できるくらい覚えているが、私を理解しようとした教師は誰一人いなかった」と私は話した。講演の後、何人もの教師が、「伊藤さんの時代にはそんなひどい教師がいたのですね。今は、そんな教師はいませんよ」と話に来てくれた。そうかもしれないとその時は思ったが、その後、吃音親子サマーキャンプでの子どもたちの話し合いにもひどい対応をする教師は登場する。
今話題の危険タックルを指示したとされる、アメリカンフットボールの監督やコーチの会見と大学の学長はじめ大学組織の対応。それに比べて、正直に、率直に自分の非を認めて謝罪する加害者である選手の会見。これに似た光景を、私たちは一年以上見せられてきた。政界、産業界、教育界などのトップの隠蔽、不誠実な説明、常態化する「ウソの連鎖」。人間として最低限のモラルもない、このような「大人」を毎日見て、いいようのない虚しさ、挫折感、絶望感をどう語ればいいのか、どう自分で処理をしたらいいのか分からない。
でも、あきらめてはいられない。今回の女子中学生が率直に語る姿、それに立ち会った人たちに、私はかすかではあるが、光を見い出したいのだ。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/09/26

