来たるべき対話に向けての二日間の対話 4「~第6回親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会~ 子どものレジリエンスを育てる―ともに育む哲学的対話―」報告
昨日の続き、今日が最後です。石隈利紀さんの講義と、僕との対談を紹介します。石隈さんとの対談は、このときで3回目でした。話が弾み、楽しい時間であることに変わりないのですが、回を重ねてきて、深まりと広がりを感じるようになりました。
では、「スタタリング・ナウ」2018.5.21 NO.285 より紹介します。
来たるべき対話に向けての二日間の対話 4
「~第6回親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会~
子どものレジリエンスを育てる―ともに育む哲学的対話―」報告
2017年7月29、30日 於 大阪市・ホテルアウィーナ大阪
坂本英樹(どもる子どもの親、教員、NPO法人大阪スタタリングプロジェクト)
講義「レジリエンスから、哲学的対話を考える」
石隈利紀さん(東京成徳大学教授)
子どもとの関わり―援助の選定となる哲学
2015年に続いて、2度目の講師である石隈利紀さんはことばの教室の実践発表を振り返って、原田大介さんならことばの教室では、「主体的・対話的で深い学び」であるアクティヴ・ラーニングが実践されていると位置づけるだろうと講義を始めた。
横浜の士井さんが関わった子どもの「つまらなくはない毎日を過ごしている」という言葉、鹿児島の溝上さんの教室に通う子どもの自分にどもりがあることについては「いい思い出もあるかもしれないから、全部やっつけたらかわいそう」なので、やっつけるとしたら50%という発言は、二人がどもりを個人史の中に位置づけ、時にはうまく、時には苦労をしながらも何とかつきあっていること、当事者性をもって生きていることを証している。二人にとっての幸運はその真価を認め、素直に凄いとリスペクトしてくれることばの教室の担当者、小さな一歩をちゃんとフィードバックしてくれる同行者がいることだろう。
ここに子どものレジリエンスを発見し、育むヒントがある。子どもの当事者性なり、レジリエンスを育てるためには、ジェンダーバイアスや年齢に邪魔されない対等性を持ったサポーターとの価値葛藤を含んだアサーティヴな対話が不可欠なのである。援助者の役割はこの位置に立つこと、それが援助者としての専門性なのである。時にはサポーター自身がその課題の当事者である場合も溝上さんの例のようにあることだが、しかしそれには条件がある。サポーターが自分の課題を整理できていることである。その課題があるだけで当事者性が担保されるわけではないのである。
ところが、現代社会は生命倫理学・現代哲学の森岡正博が「無痛文明」と名付ける、利便性を求め、苦痛や汚いと観念されるものを排除する高度な資本主義社会である。私たちは快適に生きることの代償に生きる手触りを失いつつある、当事者性を埋没させながら、消費者や観客として生きているのである。
べてるの家の「苦労を取り戻す」と宣言する当事者研究やことばの教室のあり方はこの思潮に棹さす営みだろう。当事者と同行するものには問題を問題としているシステムを読み解く力が求められる。その専門性を学ぶレッスンとして論理療法は優れた技法である。
哲学的対話としての論理療法
論理療法はアルバート・エリスが創始した心理療法である。例えば、自己紹介でよくどもったという出来事があって、その結果ひどく落ち込んだという経験があったとしよう。論理療法はこの事例をどもったから落ち込んだと理解するのではなく、出来事に対するその人の「人前でどもるのはみっともないことだ。評価が下がるに違いない」というような解釈枠組みが、ひどく落ち込むという結果を招いたと考える。出来事が問題なのではなく、その出来事をどう捉えるかが問題なのである。イソップの「すっぱいぶどう」の合理化するキツネや食べられなくて落ち込むキツネになるのではなく、「また食べられるさ」と違う餌を捜す柔軟なキツネになることが人生には大切だろう。選択肢をたくさんもつことが論理療法の肝である。
論理療法の第一人者でもある石隈さんは①「人間」と「行動」を分ける、②認知(考えること)と感情(感じること)を分ける、③適切な感情と不適切な感情を分ける、④ラショナル・ビり一フとイラショナル・ビリーフを分ける、の4つのポイントに絞って会場とエクササイズを実践した。具体的な内容は割愛するが、それは圧巻のやり取りだった。参加者のどんな意見にも即座に反応を返す様は、石隈さんが日頃からどれだけの選択肢を專門家として用意しているのか、鍛えているかを知ることができるものだった。また、このやり取り自体が哲学的対話でもあった。
石隈さんは1998年にエリスが病身をおして来日した際の通訳を担当したが、そのワークショップに第3回の講習会講師の斎藤清二さん(現・立命館大学教授)が参加していたという。斎藤さんはいまナラティヴ・メディスンという「物語と対話に基づく医療」という領域をひらき、ナラティヴ・アプローチを医療の世界に導入している人である。出来事の捉え方を柔らかくしようというのが論理療法であるのに対して、ナラティヴ・アプローチは一連の出来事、結果に基づく物語におさまりきらない新たなストーリーをユニークな結果として見出そうという方法である。両者は構造として近い位置にあるのではないだろうか。人と人、知と知の交流を喚起させるエピソードが嬉しかった。
子どもの同行者であり続けるために
対話によってレジリエンスは育つ。対話を続けるためには相手の言葉を翻訳、翻案したり、違った文脈に置き換えたりすることが求められる。こうした意識がユーモアの力をつけることを広い意味で援助職にある人は知ってほしい。まず、担当者自身が自分の言葉を持つこと、自己を語ること。それが相手との対話を促すことになる。そして、子どもの小さな一歩を素直に感心、評価して、その力を言語化して返すこと。これをネットワークの力で支えること。石隈さんのレジュメの最後にある「自分が資源みんなも資源」の意味するところである。
対談 石隈利紀さん&伊藤伸二さん
なぜ対話なのか
吃音の原因はわからず、治療法は確立されていない。不確実であいまいな現象に向き合うにはそれを経験している子どもに教えてもらいながら、一緒に手探りでその経験を表現できる言葉を探していく対話というスタイルしかないだろう。担当者は子どもの同行者、対等という立ち位置での経験の意味世界を探求する共同研究者なのである。伊藤さんはその子どもへの「好奇心・関心」をもつことの大切さを語るが、それはどんな研究者にとっても大切な資質であり、ナラティヴアプローチでいうところの「無知の姿勢」に通じる態度である。
無知の姿勢とは相手がサバイバルしてきた人生に価値を見出し、その語り、ストーリーの正当性を認めるという敬意ある態度のことだ。千葉の渡邉さんの「子どものことが尊敬できる」の発言が想起される。この姿勢は子どもを鼓舞し、自分にとって望ましいストーリーを選択していこうという主体性を育てること、そういう未来を準備することにつながっていく。担当者の専門性はこうした対話をより豊かにするための参照枠として、オープンダイアローグや論理療法、ナラティヴ・アプローチの考え方や方法に通じておくことだ。
世代性を生きて
二人の対談は今回で3度自だ。石隈さんはその都度、現在に至る伊藤さんの軌跡の起点となる東京正生学院での体験を聞いているが、石隈さんはそのストーリーが聞く度に変化していると指摘する。吃音治療に役立たなかったことを強調する語りから、合宿は役に立ったとの語りへと変化している。それに伴い語られるエピソード、登場する人物も変化している。伊藤さんが語る人生の事実は変わらないが、その語り方、意味づけは変化する。つまり、人生のストーリーが変化するのだ。
石隈さんは伊藤さんのレジリエンスは物語を語り、聴きとるだけでなく、自己内対話と他者との対話との往還運動を通して、物語をつくりかえていく力にあると語る。
さて、60代後半の石隈さんと70代前半の伊藤さんはエリクソンのライフサイクル論に従えば、高齢社会を考慮して人生の壮年期を終えた頃と理解できよう。壮年期の課題は先行世代からバトンを受け継ぎ、次の世代を育成する世代性にある。その任を十分に果たした二人は次のライフステージである老年期の課題である統合性への歩みに進む段階なのだが、その前にこれまでの中間まとめを提示する必要があるとふたりの話が展開した。
石隈さんはチームとして心理教育的援助サービスを学校教育の中で実践する、学校教育と心理学を統合した領域である学校心理学のパイオニアである。日本社会の教員は教えるだけでなくスクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーの役割も求められるのだが、石隈さんはその多忙な教員を援助するために、心理職として初の国家資格である「公認心理師」の制定に尽力してきた。それが形になったいま、1999年に出した「学校心理学」(誠信書房)の改訂に取り組みたいと抱負を語った。
伊藤さんは壮年期初期の32歳、1976年に「吃音者宣言」という中間発表、総括をした。その後はこの宣言の思想を生きるということを仲間とともに実践してきた半生である。そしていま、装いも新たに出発したこの講習会を重ねる中で「吃音とともに豊かに生きる」思想、実践を当事者研究やオープンダイアローグの思潮と協同するかたちで、ナラティヴ・アプローチやレジリエンス、論理療法を基に吃音臨床を再構築したいと宣言した。(了)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/09/24

