第20回ことば文学賞(2017年度)~笑顔が、僕の持ち味~

 今日も、昨日につづき、第20回ことば文学賞の作品を紹介します。読み終えて、よかったねえと、心からそんなことばが出てくる、温かいお話です。世の中、捨てたもんじゃないと思います。「スタタリング・ナウ」2018.4.23 NO.284 より紹介します。

  第20回ことば文学賞(2017年度)
     笑顔が、僕の持ち味
                           奥野祐司(会社員、39歳)

 国語の本読みの時間が一番嫌いだった。本読みの順番が近づいてくると、ドキドキが止まらない。昨日練習したのに、いざ本番となるとなかなか言葉が出てこない。教室中からクスクス笑いや「早よ読めや」とからかわれた。小学校、中学校、高等学校と、クラスメートにどもる真似をされ、先生からも、からかわれたり、いじめを受けたこともあって、将来がすごく不安だった。自分の名前や、返事や、何かを尋ねられて即答できない僕が、社会人として、仕事について生きていけるだろうか、不安だった。
 21歳の時に、転機がやってきた。関西に拠点をおくスーパー万代の面接の日だった。僕はそれまで、面接で自己紹介をする時にひどくどもって、なかなか就職ができなかった。面接で合格することに自信はまったくなかったが、仕事をしたいとの思いは強くなっていた。今度もダメで元々と思い、心をふるい立たせて面接に臨んだ。「名前さえ言えたらなんとかなる、大丈夫だ」と自分に言い聞かせ、扉をノックした。面接官が3人いて、「では、自己紹介をどうぞ」と言われて、僕はつばをのみ込んだ。
 「お、お、お、おくのゆうじと申します。よろしくお願いします」
 やはりかなりどもったが、何とか名前が言えた。そして、一所懸命考えてきた、仕事がしたいとの僕の思いを、どもりながら伝えた。だが、また今度もダメだと思っていた。
 「どもっているけれど、熱意と誠実さが伝わってきました。何日か働けますか?」
 面接官からにこやかに言われ、僕はとっさに、今度はあまりどもらずに大きな声で言った。
 「いつでも大丈夫です。吃音がありますが、よろしくお願いします」
 面接会場から出ると、自然とガッッポーズが出た。
 思いがけずに合格したものの、いざ働くとなると、不安がいっぱいだった。どもることをからかわれたり、いじめられた経験から、まず仕事場での人間関係が不安だった。さらに、接客がうまくできるだろうか。不安と期待いっぱいで、当日を迎えた。職場に着くと、店長が面接官の一人だった。この人となら、なんとかなるかも知れない。運命を感じた。
 店長は、「うまいこと無理に接客しなくていいから、奥野君には太陽のような人を幸せにする笑顔があるから、スマイルを心掛けてくれたらいいよ。調子のいい時に接客をやってくれたらいいから」と言ってくれた。僕には神様のように思えた。僕はこの店で一生がんばるぞ、と思った。
 開店前、駐輪場を同僚の徳永さんと掃除しながら、僕の吃音の話をした。徳永さんは、「奥野君はどもりがあるんやなあ。喋りにくいときや困ったときは、紙に書いて見せてくれたらいいよ。僕が代わりに言ってあげるから、安心していいよ」と言ってくれた。
 このようなことばをかけてもらえたのは初めてだ。僕は嬉しくて心の中で泣いた。その時、徳永さんにありがとう助かるわと伝えたかったが、とっさには言えなかった。徳永さんは僕の気持ちが分かったかのように、「お礼はいいから」と言ってくれた。一番心配していた仕事場での人間関係。徳永さんがいてくれるから僕は頑張れると思った。
 慌ただしい初日をなんとか切り抜けての帰りぎわ、店長が「お疲れさん。君やとってよかったよ」と言ってくれた。仕事の疲れもふっとんで、幸せな気分になった。
 だんだんと仕事にも慣れ、接客用語もどもりながら笑顔でカバーして、とても楽しい日々を送っていた。たまにお客様から、「ありがとうも言えんのか」と叱られ、つらい思いをした日もあった。そんな日も、店長や徳永さんが「気にしなくていいよ。スマイル、スマイル」と、落ち込んだ僕を激励してくれた。
 入社して4ヶ月くらいたった時、店長から話があり、「いつも本当によくやってくれて助かっているよ。今日は本社の人が来て、君と話がしたいと言っているよ」と言われた。叱られるのではないと分かっていたが、いつも叱られてきた僕には不安だった。本社の人は、笑顔で「うん、君の笑顔は最高だねえ。いつもありがとう。これからは君のファンがいっぱいできると思うよ」と言われた。幸せな気分がからだに広がった。
 ある日、いつものように自転車整理をしていると、お客様が「いつも本当にご苦労さん。私は兄ちゃんのファンやねん。いつもどもっているのに、笑顔で汗水たらして頑張っているから、私も元気をもらうわ」と声を掛けてくれた。その人が帰りに、「兄ちゃん暑いからジュースあげるわ。また兄ちゃんに会いに来るね」とまで言ってくれた。その後、いろいろなお客様から、「ご苦労様、兄ちゃん好きや」とねぎらいの言葉をもらったり、缶コーヒーやお菓子などをもらったこともあった。
 「孫がはぐれて、どこにいるか困ってる」と言ってきたおばあちゃんの孫を店の近くの公園で見つけたり、くさりが外れた犬に追い掛けられていたのを、犬が苦手だった僕が追い払ったり、スーパーの日常は様々なことが起こった。ひとつひとつを自分なりにこなしている内に、店に通ってくる人たちとかなり顔見知りが増えてきた。
 その中で、一番うれしかったことがある。
 「兄ちゃんは評判いいよ。兄ちゃんどもるんやね。実は私の娘もどもるねん。兄ちゃんのこと娘に話したら、ぜひ兄ちゃんに会ってみたいと言っているの。兄ちゃんがどもっても頑張っている姿をみて、娘が勇気をもらえたらと思って」
 それから数日後、本当にその人がかわいい女の子をつれて来てくれた。その子が、「これあげる」とハイチュウをくれた。子どもであっても、若い女性から何かをもらった初めての経験だ。あくる日、僕がトイレに入っていると、「あの兄ちゃんいないなあ。あの兄ちゃん大好き。話も聞いてくれるし、勇気出るし」と、話し声が聞こえた。
 吃音でつらい事の方が多いけれど、どもりながらも頑張っていたら、人を勇気づけられることもあるんだと思い、吃音もいい事があるんだと思って、吃音でよかったと思った。スーパー万代の店は、2年で閉鎖した。一生働きたいと思っていた職場を僕は失った。もうこんないい会社ないなあと思うと、店の閉鎖が残念で、閉鎖の話を聞いたときは涙が出てきた。あれから16年たつが、いまでも忘れられない2年間だった。
 またいつかそれに近い、素晴らしい出会いのある会社があるはずだと強く信じて、自分らしく、どもっても笑顔でいたいと思う。また、いい会社とめぐり会える事を、僕は信じている。

【選者コメント】
 素直な文章である。作品の文章の中に、作者の名前があったので、作者の顔を思い浮かべながら、読むことができた。これだけの長い文章をよく思い出して書いたこと、書くことが苦手だと言う、普段の作者を知っているだけに、改めてこの体験が作者にとって、どれほど大事で、忘れられないものなのかが分かった。
 確かに、普段私たちと出会っているときの、作者の笑顔は、周りの者を和ませる。職場での人間関係については、彼はずいぶん悩んできた。つらいこともたくさんあっただろうに、にこにこ笑っている作者は、すてきだ。店長、同僚の徳永さん、お客さん、登場する人たちが皆、温かくやさしい。どもっているという表面的なことにとらわれず、作者の内面の誠実さや優しさを、しっかり見てくれている。読んでいて、仕事に対して真摯に向き合っていると、ちゃんとそれを見てくれる人がいる、この世の中、捨てたものじゃないという気がしてくる。

【作者感想】
 受賞するとは夢にも思っていなかったので、知らせが届いたとき、信じられない思いとうれしさで男泣きしました。家族や親戚も、よかったよかったと祝福してくれました。この作品は、一分間スピーチの例会で、「吃音でよかったこと」のテーマで話したことを元に書きました。例会に参加した皆さんの反応がよく、東野さんからも「良い話だった」とことば文学賞への応募をすすめられました。吃音でよかったと思える数少ない出来事を振り返ることができてよかったです。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/09/19

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