第20回ことば文学賞(2017年度)~人生は不公平~
昨日につづき、第20回ことば文学賞の作品を紹介します。このときの作品は、仕事をめぐるものが多かったようです。
どもりは努力ではどうにもならない、だから努力しなくてもいい、こう考えてしまうと、一度きりの人生、もったいないです。治すための努力はいらないけれど、自分の人生を悔いなく生きるためには、努力は必要です。そんなことを考えさせてくれる作品です。
「スタタリング・ナウ」2018.4.23 NO.284 より紹介します。
第20回ことば文学賞(2017年度)
人生は不公平
丹佳子(公務員、46歳)
今の仕事に決まったとき、友達は「そんな仕事でいいの?」と言った。母は「院まで出したのに」と言った。私は「しょうがないじゃん」とだけ言った。30歳を超えたところだったが、結婚して養ってくれるような人がいるわけではない。女ひとりとりあえず仕事しないと生きられない。前の会社にはリストラされたので、とにかく安定しているところがいい。学歴はあるけど、特別な資格はない。おまけに、どもりだ。事務職でうまく電話番ができるわけではない。そんな私がなんとか面接を突破して就いた仕事、それは学校の用務員さんだ。
一応公務員、一応正規職員なので、給料は安いにせよ、リストラされることはない。とりあえず電話には出なくていい。前の会社では電話でどもりがひどくて、スムーズに取り次ぎができず、何度も恥ずかしい思いをした。また、こちらから電話したときは会社名が出ず、いたずら電話と勘違いされたこともあり電話はすごく嫌だった。
それでも、ストレスはあった。責任がない分やりがいがあるわけではない。周りの人が忙しくしているけど、先生の資格がないので手伝えることは限られている。仕事時間が終わって帰ろうとすると、「いいわねえ、時間で帰れる人は」と言われたこともある。前の会社では残業が多く帰るのは夜10時が当たり前の生活をしていて、パートのおばちゃんたちに「よくがんばるわね、大変ね」と言われる側だっただけに、そして、家事をするより仕事をする方がエライと思っていただけに、いきなり時間に余裕のある生活になったことになかなか慣れなかった。もし、仕事をバリバリするというのがなくなったけど、ここで、誰かに出会って結婚・出産なら、まだいい人生だと言い訳できたかもしれない。妊婦もお母さんもエライのだ。「負け犬」という言葉が流行した時期だった。私は、キャリアもない、結婚もしてない、子どももいない、完全に「負け犬」の人生であった。
行き詰ったときに必ず思うのが「どもりじゃなければ」だった。「どもりじゃなければ」本当は行きたかった語学の方に進学して留学もできた、「どもりじゃなければ」大学を卒業したとき地元の公務員の上級採用の面接にも受かった、「どもりじゃなければ」もっといい人生だったはずだ…。この時期に小学校の支援学級に関わられている方から、大阪の吃音教室を紹介してもらった。たまたますぐに夏の大きな会があったのでそれに参加して、そこで聞いたこと知ったことに感動してそのまま日本吃音臨床研究会に入会した。「自分と同じように、普段はそんなにどもらないのに、電話や人前で話すときにひどくどもる人がいる」ということがわかったことはうれしかった。そうして、吃音を受け入れたつもりだったが、何か落ち込むことがあると、「どもりじゃなければ」は亡霊みたいに何度でもよみがえってきた。
人生が不公平というのは小さいころからわかっていた。スタイル、容姿、頭、運動神経、生まれつきいいものを持っている人は持っている。「天は二物を与えない」なんて嘘だ。見た目もよくて、頭もよくて、運動神経もいい人はいる。それでも、努力でなんとかできることはなんとかしてきた。スタイルはダイエットや栄養の勉強をして、そこそこに保った。友達の中には、一回教科書でも資料でも読めばそれらを全部暗記できるという子がいたが、それは私には無理なので、何回も何回も読んだり書いたりして覚えた。(容姿と運動神経は初めからあきらめていたので、特に何とかしようとは思わなかった。)どもりになってからしばらくは、どもらず本を読もうと家で何回も本読みの練習もした。でも、だめだった。家でうまくできても、教室ではどもった。どもって皆に笑われた。そんなことが重なっていって、「どもりは努力ではどうにもならないのだ」=「努力してもどうしようもないことがある」というのを悟った。
今わかる私の間違いは、「努力ではどうにもならない」を「だから努力しなくてもいい」ととらえたことだった。これまでの「ことば文学賞」や最近の「スタタリング・ナウ」を読んでいると、どもりだけれども販売員の仕事にチャレンジした、海外留学をした、先生になろうと思って実際なった、という体験が書かれているものがあるが、よくそんなことができたなあ、と思う。私はどもりを言い訳に、人前でしゃべるようなことからは全て逃げた。また、「どもりだから不幸だ」は「だから人のためになるようなことはわざわざ気をきかせてしなくてもいい。そんなことは幸せな人がすればいい。私はしなくてもいい。だって私は不幸なんだから」というマイナスのスパイラルの中にもいた。悪い方へ悪い方へ人生が回っていた。
逃げてたどり着いた先は、わくわくすることも周りからすごいと言われたりうらやましがられたりすることはない平穏な日々だった。用務員の仕事は、掃除、花の手入れ、印刷の手伝い、お茶くみなど単純作業のルーティーンだ。何かをやりとげたと評価してもらえるような仕事ではない。効率をよくするために少し工夫することはあるが、勉強して新しいアイデアを出して画期的なことをする必要はない。ときどきは前にしていた設計の仕事を生かして修繕をしたのが喜ばれたり、はみだしたような子供に関われて楽しいと思ったりするときもある。しかし、新しいことはしなくてもいいけれども、できていて当然のことを毎日きっちりするのは、結構大変だ。周りの人は、私はすぐこの仕事に飽きて辞めると思っていたようだが、そんなこともなく結局15年務めている。辞めても後がないというのもあるが、あまりドキドキしないで、人のサポートをするという仕事が向いているのかもしれない。前の仕事では自分の設計の図面のミスのため、組み立ての部署の人に図面を投げつけられたことがあって、辞めることになるころはかなり神経質になっていた。今の仕事になって、パソコンに向かうというおしゃれな仕事ではなくなったが、また大きな失敗をしているんじゃないかというビクビク感からは解放された。また、残業がなくなった分給料は減ったが、タ方からは自分の時間がとれるので、昔あきらめた英会話や他の外国語の勉強ができるようになった。英会話ではアメリカ人の友達もできて、一緒に海外旅行に行ったり、英語でのパフォーマンスにチャレンジをしたりもした。まだ英語でどもったときの対処はうまくできないけれど、どもっても会話が続くので、会話というのは何かを正しく話すだけで成立するものではないのだと改めて考えた。相手の表情、相手を理解したいという気持ち、言葉にならないときは相手のいうことを聞いて寄り添うだけでいいときもあること、「言葉はいつも思いを超えない」こと…語学を勉強しながら、そういうことも考えるのは楽しい。
日本吃音臨床研究会に出会って、吃音ショートコースに参加して、「建設的な生き方」やトランスパーソナル心理学、交流分析、アドラー心理学などを学び、人生を建て直していた中で、個人的におもしろいことが起こった。遠い町から新しい管理職の先生がやって来られたときのことだ。それまでは、職員室の先生が出払うときは電話番を任せてもらえていたのに、その管理職の先生は空き時間の先生を呼んで留守番を頼むようになった。電話に対してはまだ苦手意識はある。今の学校名も言いにくい。それでもなんとかできるのに…。仕事が減ってよかったと割り切ろうと思っているうちに、それまで任せてもらえていた仕事も「それは用務員の仕事じゃない」と、だんだん任せてもらえなくなり、なんとなく干されている気分になることが多くなっていった。そんなとき、その先生と同じ町で仕事をしたことのある先生に、「あの町の用務員はあなたほどの仕事はしてないよ」と言われて、「ああ、それで私にはいろいろ仕事を頼んでこなかったのか」と理由がわかって少しすっきりした。それで、電話番を他の先生に頼んでいるときに「私も電話番できますよ」と言ったら、「でも電話は二つあるから二つ鳴った時困るでしょ」と軽く言われた。それがもう一人に頼んでいた理由だったのか。おかしなもので、15年前は電話なんか絶対嫌だったのが、ここにきて「やりたい」になったのだ。人生わからないものである。
わからないといえば、いい年ではあるが、結婚することになった。婚活で知り合った人だ。お互い第一印象がよかったらしく、すぐお付き合いすることになった。最初からこの人には何でも言っていいという不思議な安心感のある人で、3回目のデートのときに、私にはどもりがあると話した。相方は「全然気にならなかった」とか「僕は髪がうすい」とかそういうことを言ったように思う。相方も私には話をしやすいと言ってくれている。日本吃音臨床研究会、竹内レッスンを経て、私もちょっとはアサーティヴに、ちょっとは息の詰まっていない「からだ」に、そしてちょっとは誰かの心によりそえる人間になれている…はず…このタイミングで出会ってよかったのだ。
余談だが、私は、30歳後半から婚活をしていたので、合計200回以上は婚活パーティに参加したが、相方はそのときが婚活パーティ初参加だった。人生は不公平だ。まあいいや。どうであれ、愛しのダーリンに出会えたのだから。
【選者コメント】
人間は皆公平だというのは、真実ではないと知ったのはいつの頃だろう。容姿、体型、能力、経済状況、生まれ育った環境、考えれば、生まれたときから、全て不公平だ。不公平の中で、それなりに折り合いをつけていくことが生きていくということなのだろう。作者は、不公平というキーワードを一貫して用いながら、これまでの人生を振り返っている。不公平な中で行き着いたのは、わくわくしないけれども、安定した平穏な仕事。そんな中で、電話をとることに関しての気持ちの変化がおもしろい。そして、最後にびっくりするようなできごとが待っていた。婚活パーティの参加回数は不公平でも、出会いのチャンスは公平にあった。幸せの王子様は、ようやく今、作者の前に現れた。人生は不公平、でも、生きることは楽しく、幸せなことだとしみじみ思わせてくれる作品だ。
【作者感想】
優秀賞、ありがとうございます。「ことば文学賞」の発表の場で皆に感想を聞いていく中に「『どもりでなければ』の愚痴が多すぎる」というものがあり、私も自分で聞いていてそうだと思いました。今思うのは、どもりだったから今の仕事にしか就けなかった訳ではなく、仕事において日々大きなプレッシャーに耐えることができないから、どもりでなくても今の仕事をしていたということです。家に恵まれていたので、大学もその上も出してもらったのに、いいところには就職できなく、かといってまた何かにチャレンジする勇気もなく、ずっとぐだぐだ思ってきましたが、今回の文章を書いたことで、また結婚をして自分の家庭を守らないといけない環境になったことで、少し人生に折り合いをつけることができました。苦労人のダーリンはやさしい人です。吃音教室で学んだことを生かしながら、幸せになりたいと思います。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/09/18

