自己の存在価値を自身のなかに見出す 2                   新潟県五泉市・櫛谷宗則(くしや しゅうそく)

2 私が生きるからすべてがあり、すべてがあるから私が生きる

ありのままに生きる

 その点、自己の存在価値を自身のなかに見出していたら、外をキョロキョロ見て追いかける必要がありません。だけど、普通はことばや概念・約束事の思いで通じ合う世界が本当と思い、その世間的価値を自分の価値観としているので、会社に価値を見出したり、異性に価値を見出したり、お金を集めるのに価値を見出したり、自分の子どもに価値を見出したりして、それを何とか手に入れようと、追ったり逃げたりするなかに一生を送っているように見えます。
 この、外ばかりを気にして、外の価値を何とか得ることで、自分の生き甲斐にするというのは、外のものに、自分が振り回されてるわけだから、いつも動揺することになります。お釈迦さまも「他に依止(えじ)するものは動揺す」とおっしゃっています。そんな自分より外側のものに価値を見つけて、それに何とか頼って生きようとしたら、どうせ思うようにはならずストレスが溜まるばかりです。
 何年か前に「アナと雪の女王」という映画が大ヒットして、「ありのままに生きる」がいろいろなところで言われました。それは、人の目を気にして、あっちもこっちも気にして、ストレスを抱えて縮こまっている。自分の本当に大切なものを、大切にして生きていないと、多くの人が感じていたからではないでしょうか。
 映画の中で、雪の女王が「私は私のありのままに生きる。私を縛らないで」と、一人になる場面があります。その時、あらゆるものが凍ってしまう。でも、本当のありのままというのは、人を無視して自分の思い通りにすることではない。それでは、すべてが凍ってしまう。それが、妹のアナが死にそうになった時、雪の女王は自分を放りだして、ただアナを抱きしめる。その時、春がきたじゃないですか。それがほんとの「ありのまま」です。われわれは、花を咲かせ、風を吹かせ、雨を降らせる、そういう力とブッ続きの力を生きている。その私を超えた絶対的な力が「ありのまま」であり、その力がいきいき私に立ち現れて輝くということが「自己の存在価値を自身の中に見出して生きる」ことです。

73億分の73憶の私

 われわれは生きるということを、錯覚していると思うんです。みなさんはこんな顔で、こんな体で私が生きているその「自己」を、加藤さんとか山田さんとか鈴木さんとか、他の人と同じ意味で私も生きていると思っています。そういう自己は、人類「73億人分の1」の私ということです。
 でも本当は、私が生きていることと、他の72億9999万9999人の人が生きていることは、その意味が全く違います。山田さんが怪我しても私は痛くないし、友人の加藤さんが亡くなったとしても、友人だから悲しい思いはするけれども、私には次の日が同じように巡ってきて、日常は進行していきます。だとすれば、私が73億分の1を生きているというのは、私が生きる実際の話ではなく、頭で描いた傍観者の話です。
 いや、確かに、外から見たら73億分の1です。でも、私は当の本人として、私を生きています。傍観者になることはできない。もちろん頭で、傍観者として私を見ることはできるけれど、私が私の人生を、傍観者として生きることはできないんです。私はいつだって、どこだって、私という人生の主人公、主体以外の何者でもない。そしたら私という自己は「1」なのですから、「1イコール73億分の73億」です。
 それがどういうことかといったら、私が今生きていればこそ、その生きるなかのものとして世界をまざまざと私が生命体験しているということです。その時、すべてのことが私の生命体験の上にあり、私のいのちの中味・内容になっています。

今ここ私が生きている

 これは世間の普通の常識とは違う、実際に生きている現場の話です。世間の常識というのは、みんな外から見た傍観者の話です。私が言っているのは、今みなさんが話を聞いている、今私が話しているという、まさしく「今」のことです。時間も、傍観者として見ればこそ、過去・現在・未来という推移がある。でも、当の本人として生きているのは、「今」しかない。子どもの頃という過去があるじゃないかといっても、その過去は今生きるなかに思い出として、「今」あります。また、その過去の時も、それを実際に生きる時は「今」だった。当の本人として生きているのは、いつだって「今」です。
 だから、山田さんは、山田さんが生まれた時からずっと今という、山田さんが生きている世界しか知らない。加藤さんは、加藤さんの今という生きている世界しか知りません。自分が生きていない、それこそ戦国時代のことも、恐竜の時代のことも知っているという人がいるかもしれないけれど、それを知っているのは、戦国時代の小説や歴史書を読んだり、テレビやDVDを見たりという、自分が読んで、見て、体験したから知っている。山田さんが知っている世界というのは、山田さんが生きている世界だけです。
 例えば「雨」にとっての世界は、必ず道路が濡れて、人が傘をさし雨合羽を着ている世界です。雨という自分がぬっと顔を出すと、みんな傘をさすから、それが世界のすべてだと思っている。同じように山田さんは、山田さんがぬっと顔を出し、そこで反応した世界しか知らない。それはつまり、実際生きている当の本人としては、私の生きているところに、私の中のものによってすべての世界を展開しているということです。
 だから、吃音を問題にしていれば吃音が何より問題になっている世界が、同じ吃音者でも別に気にしていなければ、吃音がありながら邪魔にならない世界が、お金が一番大事と思っている人は、お金が一番大事な世界が展開する。この世がつまらないと思っている人には、同じようなつまらない出来事の日々が待っているわけです。

心の中にあるものによって、世界を作り出す

 われわれは自分がここにいて、それとは関係なく向こうに世界があると信じて疑わないでいます。けれどそうでしょうか。人は自分の心の中にあるものを外に見出し、心の奥にあるものによって、外の世界を作り出しているのではないでしょうか。蝶々だってそうです。花のめしべには紫外線が出ていて、蝶々はそれを感知できるから、蜜のあるところが目立つ生きやすい世界を展開しながら生きています。
 13歳の中学生の女の子がいました。その地方に大きな地震があって、だいぶ揺れて、彼女はすごく怖い思いをした。それで、その地震の後、お母さんのそばから離れられなくなって、友だちの所に行く時も、寝る時も、お風呂に入る時も、「お母さんと一緒に」という感じになった。それがしばらく続いて、でもだんだん落ち着いてきて、「お母さん、もうひとりでお風呂に入れる」と言って、その日はひとりで入った。ところが、なかなか出てこない。お母さんが気になって見に行ったら、お風呂の中でその子は溺死していた。
 お母さんはすごく悲しみ、「どうしてあの時、一緒に入らなかったんだ」と自分を責めた。娘の具合が悪くなった時にすぐに気づけば、救急車を呼んで助けることができたのに、「自分のせいだ、自分が悪かった」とすごく責め続けた。それが半年ぐらい続いて、もう立ち行かなくなって、とうとう自分も後を追って死のうと思うようになった。
 そんなある晩、その子が夢の中に出てきて、「お母さん、私は死ぬ運命だったのよ。あの時、家にいてお風呂場で死ねたから良かったけれど、そうでなかったら交通事故ではね飛ばされたり、事件に巻き込まれたりして、もっと悲惨な目にあって死ななきゃならなかった。私は海が好きだし、だからお水の中で死ねたのは、うれしかったよ。良かったよ。お母さん、だから悲しまないで。お母さん、ありがとう」と言ったんだそうです。その夢を見て、お母さんは元気づけられて、そこから立ち直ることができた。そのお母さんは「命日になると、娘が来てそばにいて、自分を見守っている気がする」と、おっしゃっています。
 この話はちょっと聞くと、その娘さんの霊が、お母さんのところに出てきたのかなと思うかもしれない。でもそうではなくて、お母さんは娘さんにそう言って欲しかった。そういうふうに言ってもらえなかったら、生きていくことはできなかったということです。お母さんの心の中のそういう切羽詰まった思いが、娘さんになって、夢に出てきたのではないでしょうか。それによって初めて、お母さんは生きることができました。
 仏教では「業(ごう)」と言いますが、自分が今までやった行為や思い、生きる態度によって、今の世界を作り出して見ているわけです。われわれは吃音を気にすればこそ、吃音が隅々にまで響いている世界を展開しています。
 しかし、本当は、この世界はそんなもので尽きるわけではありません。無量無辺です。例え吃音が大問題で悩んでいようと、その心身を支えているのは、さっき大根を食べたり、お米を食べたお陰であり、そのお米や大根が育つのは、耕す人や水や空気があったり、大地・地球があったり、さらには太陽の光があったからです。それらがあればこそ、私も日々悩みつつ生きられるわけで、私がポツンと生きているとか、吃音がポツンと悩んでいるというのは、あり得ません。
 私が今ここに生きているのは、地球に続き、太陽に続き、銀河系に続き、宇宙の隅々に続いています。地球がこんなほどよい重量で、太陽がほどよい距離で、ほどよく爆発しているというのは、太陽と地球だけの力ではなく、銀河系全体のあり方です。その銀河系のあり方も、宇宙全体のあり方によって、そうなっている。だから、宇宙のあらゆるものによって、私は今こうあらしめられていると言わざるを得ない。そういう限りないあり方の中で、しかし自分のモ
ノサシに引っかかったものだけをすべてと思いながら、私は生きています。

3 吃音の大地で立ち上がって生きる

見捨てられたところで生きる

 つまり、お互い自分の思いだけが大切で生きている。みんな、自分が一番かわいい。そこに、あらゆる問題が起きてきます。でも、生きているというのは、今までお話しましたように、思いより深いことなんです。すると、人は思いを超えたとうから、思いを投げだす坐禅に呼ばれ続けているのではないでしょうか。
 私の師匠は「黙って10年坐ること」と、いつもおっしゃっていました。もっとも、その10年が過ぎれば「更に10年」と、終わりなく言われるのですが。まあ、成りたての2・3年は、そんな生活や坐禅も目新しくていい、最初は新鮮に映ります。でも坐っても坐っても、本当に何にもならない。悟りも得られない、資格もつかない、お金ももらえない、ただ年をとっていくだけです。自分の同級生や友だちは、それなりに一家をなし、会社でもだんだんいいところに昇っていく。そうすると、「自分だけ、年をくって、こんなところにジッといる。一体、これでいいんだろうか」と悩まざるを得なくなります。
 でも、見捨てられたところで、しかもただ坐るというその力が、大事なわけです。
 お金も何もないところで、自分は年をくうだけで、こんなのでいいのだろうかというすごい危機感がある。そうすると本気で坐らざるを得ない。そんな、坐禅をご本尊さんとした貧しい生活の中でこそ「自己の存在価値を、自己自身のうちに見出す」という根が養われるのだと思います。
 野原の花を見れば分かります。自分はみすぼらしい小さい花だとか、もっと注目されて咲きたいとか、そんなこと思ってもいない。コンクリートの割れ目に落ちた花でも、ぐずぐず言わないで、無心の輝きの中にいきいき咲いています。
 すみれはすみれ、薔薇は薔薇。比べてどっちがいい、悪いという傍観者の話ではありません。ただその花が、私は私として生きている。それは一切評価以前のことです。あらゆるものの根底に働いているのは、光のように届けられたはるかないのちなのです。
 それは、野の花や吃音だけではない。仮に片手がなかったとしても、それが私にとってはいのちのすべてなのだから、比べようがありません。左手のピアニスト舘野泉(たてのいずみ)さんも、左手で十全の音楽がひけると、ただ自らのいのちから立ち上がった時、初めてのピアノの世界が限りなく拓けていきました。

私の命を精一杯生きる

 今、この中で吃音に非常に悩んでいる方がいらっしゃるかもしれない。でも、どれだけ悩もうと、その思いぐるみ、何ともないという世界に抱かれています。それを見失って、ただ悩みのように自分で固く思うことによって、身動きできないのではないでしょうか。
 例えて言うと、みんなでお花見に行った。お昼ご飯になって、もってきたお弁当をみんなで楽しく食べようとしたところで、突然雨が降ってきた。そうすると大変です。せっかく一張羅の服を着ていったのに濡れてしまうとか、ご飯はどこで食べたらいいとか大騒ぎして、果ては「お前が今日が花見にいいと言ったから、今日にしたんだ」とか―人間の世界はそんな思いの中で大騒ぎになる。でも、雨はただ降っているだけです。服はただ濡れているだけ、桜はただ咲いているだけです。それで、ちっとも問題がない。静かでなんでもないという世界があります。
 そういう世界で、今だって日は照り、風は吹き、呼吸は刻々なされ、心臓は刻々動いている。みんなその世界の真っ只中にあるんです。人と比較して心臓が動いているわけではない。宇宙と続きのいのちとして、心臓は宇宙のリズムを自ら脈打っている。だから、春になれば春のいのちをすみれが可憐に咲くように、私は生きる限り私のいのちを精一杯生きる。そこに自他を超えた天地いのちの輝く生き方を、お釈迦さまは教えておられると思います。

深く考え、深く生きる

 みなさんは吃音という、本当にいいものを授かったと思います。吃音を授かったからこそ、こういう教室で、いい仲間に出会えたのではないでしょうか。生きるということを、考えるようになったのではないでしょうか。吃音がなくて、もしいいことばっかりだったら、もう「浮いたか瓢箪」というか、浅い人生です。そんなのは、やっぱりつまらない。吃音があったからこそ、深く考えることになって、人生を深く生きることができるようになった。今日はこうやって、坐禅にまで縁ができた。吃音という、本当にいいものを授かったのではないでしょうか。
 私も死に損なって、死ぬのが怖いという気持ちがあったからこそ、ここまで歩むことができました。私はほんとは悪いこともしたかったけれど、死ぬのが怖いからできなかった。死ぬのが怖いというのが、私の本当に守り本尊、宝物だと思っています。人生を豊かに生きるという、その「豊かに」の意味は、人生を勝った・負けたとか、得だ・損だとか、そういうモノサシで測るのではなくて、いのちの深さというところで自分のあらゆるものを受け取めて生きることだと思います。
 みなさんは吃音という宝というか宿題をもって、この世に生まれてこられたわけです。それを他人・異物のように嫌って無くそうというのは、吃音さんがかわいそうです。吃音で悩み、躓き、悲しみ、嘆いている。まさに、その吃音の大地で立ち上がらなきゃ、もったいない。他のところに行って立ち上がろうと思っても、自分から逃げることはできません。ウロウロするだけ人生の無駄遣いです。せっかく吃音という宿題をもらったんだから、せっかく吃音によって倒れたんだから、その吃音の大地で立ち上がって生きる。それ以外にない。それが皆さんのいのちだと思います。吃音を味わい、吃音を頂き、伊藤伸二さんがおっしゃっていたように、吃音とともに豊かに生きるという、それが大事だと思います。

決定して生きる

 最後に言うと、吃音であってもなくても、いろんな人がいろんな問題を抱えています。でも、自分の人生は、自分が生きるんだと決定(けつじょう)して生きる、それが喜びであり、それが救いではないでしょうか。
 自分の人生なんだから、転んで泥だらけになったって、泥だらけになっているのは自分です。自分が泥だらけになっているのは、自分にとってかけがえのないことです。人が泥だらけになるのを見ても、つまらない。自分が失敗しても何しても、俺がやっているというのが、本当は楽しいこと、味わい深いことではないでしょうか。どんなことでも、自分で考えて、自分の手でやっているというのは、楽しいこと、かけがえのないことです。それが生命力です。結局、自分から生きなかったら駄目なのだと思います。他との兼ね合いや比べて生きるのではなく、ただこの自分の内なるいのちから生きること。人は生きていることそれ自身が、それ自身の深さへ向かわないでいられないものです。「私は本当の私を生きたい」といういのちの声、願いによって生きる時、自己の存在価値を自身のなかから生きているのだと思います。今日は有難うございました。

【法話記録を紙面のために編集していただきました】
櫛谷宗則 昭和25年、新潟五泉市の生まれ。「宿なし興道」といわれた豪快な禅僧、澤木興道老師の高弟、内山興正老師について19歳で出家得度。安泰寺に10年間安居。老師の隠居地に近い宇治田原町の耕雲庵に入り、縁ある人と坐りながら老師のもとに通う。老師遷化の後、故郷へ帰り地元などで座禅会を主宰。大阪では谷町のプレマ・サット・サンガで、毎年9月末に坐禅法話会を続けている。(了)

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