自己の存在価値を自身のなかに見出す~櫛谷宗則さんの大阪吃音教室でのお話~
櫛谷宗則さんによる、大阪吃音教室でのお話も、回数を重ねてきました。毎回、新しい気づきがあり、はっとするようなことばに出会い、吃音がどれほど豊かな世界をもたらしてくれているか確認する、楽しみな時間になっています。
今日は、ちょうど10年前の、2016年9月23日に大阪吃音教室でお話いただいたことをまとめた「スタタリング・ナウ」2018.3.20 NO.283 より、紹介します。
いつも僕は、タイトルに込められた櫛谷さんの思いの深さを、ありがたく受け取っています。
自己の存在価値を自身のなかに見出す
新潟県五泉市・櫛谷宗則(くしや しゅうそく)
1 私の悩み、私の体験
吃音そのものを悩んでいない
みなさんは一人ひとり「自分は吃音だ」と思っておられます。けれど今日の話の取っかかりとして、「本当にそういう吃音があるの?」というところから始めたいと思います。すると、「何を馬鹿なこと言っているんだろう」「俺は、話すときに始めの音が出ないし、どもるし、れっきとした吃音者だ」と、ちょっと怒る方がいらっしゃるかもしれない。「だからこそ、私は吃音で悩んでいるんだ。ほんとに深く悩んで、ここに毎週来ているんだ」とおっしゃる方もいると思います。けれど私は、本当にそうだろうか、ほんとに吃音というものがあるのだろうかと思うんです。
自分のしゃべり方をちょっと面白いなと思った瞬間が、みなさんもあるのではないでしょうか。特に吃音親子サマーキャンプといった場で、子どもさんがどもるのを聞いていると「何て愛らしい、チャーミングなしゃべり方だ」と思ったことはありませんか。私の知人にどもる人がいて、その人は自由にどもっています。大事なことを言おうとすると、特にどもります。そうすると聞いてる方は、なんだかとても大切なことを言われている気がする。吃音によって、その人の話すことばには重みや誠実さが加わります。
もし世の中が、吃音というのはすごいチャーミングな話し方だ。吃音は真剣に話す時に、そのしゃべり方が出てくるものだという風潮だったら、みなさんが吃音で悩むことなんかないと思います。なんでもそうで、例えば美人・不美人だって、今の美意識が全く逆だったら、不美人の人が整形を考えて悩むなんてことは絶対ない。つまり、その人も、不美人そのものを悩んでいるのではないんです。
みなさん方だって、吃音そのものを悩んでいるのではなく、人と比べてどうかという、世間的な評価、兼ね合いというところで悩んでいるのではないでしょうか。だけど、私は今の社会の評価が間違っているから、少しでもみんなの吃音の受け取り方を正しくしてもらおうという話をしようと思っているわけではありません。そうではなくて、吃音に対する世間的評価が好意的であろうがあるまいが、障害者認定されようとされまいと、そんなものに少しも揺るがない生き方、自己の存在価値を自身のなかに見出していく生き方をお話できたらと思っています。
死ぬのが怖い
私は、3歳ぐらいの時、あやうく死に損なっています。家の前に小さな川があって、私は頭でっかちで不安定だったらしく、その川に2回も落ちています。そのうちの1回はどんぶらこっこ流されて、助けられた時には心肺停止。すぐに強心剤を打ってもらったけれど、1本打ってもぜんぜん蘇生しない。それでダメ元だと2本目を打ったら、突然泣き始めて蘇った。そんな体験があります。
自分では意識してなかったけれど、そんなことがあったせいか、私は子どもの頃から「死ぬ」ことがすごく気にかかって、「なんで人間には、死ぬということがあるのだろう。死ぬのは怖いなあ。なのに、なんで大人は平気な顔して生きているのだろう。死んで無くなるのに、よくあんな平気な顔していられるなあ」と思っていました。「どれだけ一所懸命生きて、どれだけ立派なことをやっても、50年、100年で死んでしまう。そしたら一所懸命生きることに、どんな意味があるんだろう、虚しいだけじゃないのか」とも考えていました。私は小学校の頃からニヒリストだったのかもしれません。
ただ、ひとつ幸いなことがあって、うちの両親は在家の仏教信者で、坐禅会に行って、坐禅している人でした。父親は一時期坐禅に凝って、僕ら子どもを集めて「お前ら、坐禅しよう」「5分坐ったら5円やるぞ、10分坐ったら10円やるぞ」と、そんなことを言って坐らせました。それで、私はその時、お金欲しさに、初めて坐禅したわけです。ところが、それが何か性に合ったんですね。それから親類の家に行くと、一人でとことこ部屋の隅に行って、一人で坐禅していたそうです。
自分の問題を解決するために
中学くらいになると、なんとか自分の問題「この人生を生きる意味って何だろう」を解決したい、なんとか死ぬのが怖くないようになりたいと思って、家にある仏教関係の本を一所懸命に読みました。そうすると坐禅の本に、「悟り」というのがあって、悟ると何かあらゆるものが解決すると書いてある。それを読んで、「あ、これだ」と思って、何とか悟りたくて、もう自分の部屋で一所懸命に坐ってました。
でもそんなことをしたって、悟れるわけないです。それで、だんだん悩みが深くなって、高校になると、自分は次の瞬間に心臓が止まって死ぬんじゃないかと考えてしまう時期もありました。今考えると不安神経症ですね。勉強は好きでしたが、それも芯から手につかないし、何も手につかない。とにかくこの問題を解決しなきゃ駄目だと思うようになって、高校を卒業すると、家を出て断食寮、そして一燈園に行きました。
なんでお寺ではなく一燈園に行ったかというと、私はお寺が嫌いだったんです。両親が仏教信者だったので、家にはよくお坊さんがお参りに来て、仏壇に向かって手を合わせてお経を上げておられました。それを、はなはだ生意気な私は「死人にお経を上げて何になるんだ」という感覚で見ていました。
それと「頭を剃って特別な道に進んで、初めて人間が真実に生きられるのだったら、そんな真実は俺はいらない」とも思っていました。普通に人として、人のために役に立つ仕事をして、当たり前の生活をして、そこで本当の生き方ができないのなら、そんなのは嘘だという思いがありました。だから、自分が坊さんになる気なんか全然ないし、お寺に行く気にはならなかったのです。その点、一燈園はちょっと宗教的だけど、社会から離れないでその中で働いてやっています。それが私の生き方に合ったので、最初はそこに行きました。
深い地盤で生かされている
一燈園は、京都山科の四ノ宮にありましたが、安泰寺はその頃、京都洛北の玄琢にありました。この安泰寺の澤木興道老師と内山興正老師を両親がよく知っていて、交流があったので、「近いし、一回行ってみようか」と思って、私は日曜参禅会の日に出かけていきました。そうすると、そこの雲水さんが「坐禅を教えてあげるからこい」と、私を本堂につれていった。私としては、まあ坐禅について知っているつもりだったけれど、のこのこついていったんです。そしたらその雲水さんが、「坐禅というのは、何を求めるのでもないし、何から逃げるのでもない。この身をもって、ただ坐禅の姿勢に任せて坐ればそれでいいのだ」と仰った。
ことばとしては、私はそれをすでに知っていたけれど、その時「あ、そうか」と思ったんです。当時19歳だから、なんといっても純粋です。人生の真実を得たいと、その解答を求めてものすごくもがいていたその時に、そんなにもがかなくてもいいんだ、今は骨組みと筋肉に任せて、ただ坐ればいいんだと言われ、すごく新鮮な気がしたんです。それでほんとにこの骨組みと筋肉に任せて、ただ坐った。そしたら、何ていうんでしょうね、しみじみほっとしたんです。
後で考えてみると、その時人生の問題が何一つ解決したわけじゃない。死ぬのが怖いという思いが、なくなったわけでもない。でもそういう自分の抱えている死ぬこととか、人生とかという問題そのものが問題として成り立つよりも、もっと深いところで、すでに私は生きていたという真実です。坐禅というのは、自分の抱えているあらゆる問題が問題として成り立つよりも、もっと深いところに直通しているものなんだという実感がありました。「これで一生いけばいいんだ、一生坐禅していこう」と、おのずと決まるものがありました。
坐禅をずっと続けるには、安泰寺に居たらいい。その安泰寺に長く居るためには坊さんになった方がいい。それで、内山興正老師が堂頭をされていたので、お願いして、頭を剃って得度を受けました。
同じようにみなさんも吃音という問題を、いろいろああでもないこうでもないとやっておられるけれども、それがそういう問題として成り立つよりも、もっと深い地盤で、もうすでに私たちは生かされているのではないでしょうか。その地盤を見失わないで、生きようということです。伊藤伸二さんだって、小学校2年の、学芸会でセリフのある役を外されるまでは、吃音なのに、全然それが問題にならないところで、いきいき腕白をやっていたわけです。何不足なく生きておられた。そういう地盤を、われわれは誰でもすでに授かって生きているのではないでしょうか。
不思議というしかない
吃音というのは、それを問題にするからまさしく「吃音という問題の世界」が展開してきます。吃音がああだ、こうだという世界を自分で展開しているわけです。けれども、われわれを生きたり死んだりさせているものは、われわれが思っている生きたり死んだりという思いを超えている。あなた方をどもらせているものは、あなた方の思っている吃音を遙かに超えてます。だからそれは「不思議」というしかないと思います。
私にとって「死ぬ」のが問題になる、みなさんにとって「吃音」が問題になるのは、私たちがこうして生まれてきたからです。じゃあ自分はなんでこの世に、こんなふうにして生まれてきたんだろう。「何故ですか?」と聞かれたら、考えても答えられない。私たちは自分が閻魔様か仏様かにお金を積んで、権利を買って、生まれてきたわけじゃない。自分が知らないうちに、こんな顔で、こんな体で、こんな時代、こんな国にポッと生まれてきたわけです。選べるんだったら、もっといい親を選んでと思う人もいるかもしれない。けれど、そんな自分の思いを超えている。それは「不思議」というしかありません。
そもそも自分が生まれてきたというその根本が、答えられない「不思議」です。そしたらその生まれてきた後で展開されるいろいろなこと、吃音にしても、何か病気になったりすることでも、さまざまな出来事に出逢うことでも、「それは何故なんだ?」と言われたって、答えられるはずがない。答えられない根本の上に展開されたあらゆることは、もう「不思議」というしかありません。
生きているという「不思議」が価値の根本
だからこの人生というのは、ほんとに授かって生まれてきた恵みです。仮に生まれる前に堕ろされたって、文句一つ言えない自分なわけです。私自身、危うく堕ろされたかもしれない立場です。みなさんもそうです。それが、こうやって大きな顔して、大きなことを言ってるわけです。
お釈迦さまはそういう人生、「この授かった人生って何だろう?」と考え、悩まれた。生老病死といいますが、人は生まれて、必ず老いて、病になって、死んでいく。それって何だろう?誰だって老いて病気になるのは嫌じゃないですか。それをこの弱い自分が、どう受け取めて、どういうふうに生きるべきなのか。お釈迦さまはその真実を追求して悟られ、人の真の生き方を、ご自分の全生涯をもって示して下さったわけです。だから、そこで言われていることは決して仏教という何か特別なことではなく、誰でも真実に生きようと思った時、必ず当てはまる、誰にとっても大切なことです。それを今からもう少しお話したいと思います。(つづく)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/09/12

