大阪吃音教室 吃音Q&A 3

 続きです。今日、紹介するテーマは、事前練習と自己紹介です。
 どもらないようにするための事前練習は意味がないこと、本当の事前練習とは普段の人間力、教養を高めておくこと、自分でも納得しながら、読み返していました。
 自己紹介も、自分を知ってもらうことが大事なのだから、どもる人はどもって自己紹介するのがいいということです。「スタタリング・ナウ」2018.2.20 NO.282 より紹介します。

大阪吃音教室 吃音Q&A 3

◆事前練習

藤岡 事前練習の効果について聞きたいです。私は、次の日、国語の時間に本読みで当てられることがわかっている時、家でこっそり一人で本を開いて音読していました。一人だからみんなの前よりはスラスラと読めるんですが、その頃はそれをしていても不安は小さくはならなかった。むしろ、練習をすることで逆に不安を高めてしまっていたような。といって、何も練習しないで丸腰で挑むのは怖いからしていたのですが。しない方がいいのでしょうか、した方がいいのでしょうか。

伊藤 短い文を何度も読んで練習をすると、だんだんどもらなくなる「適応効果」というものがあります。その効果は、3回目くらいまでで、それ以上は練習してもあまり変わりません。それは、続けて3回読んだ直後の効果で、家で練習をして翌日の学校での本番には、全然効果がない。効果があったように思うのは、これだけ練習したんだからという自分の安心感からくるものかもしれない。基本的に、僕は、練習を全くしないで素手で立ち向かうというのは難しいので、たとえば結婚式のスピーチでも文章を作って一回くらいは、声を出して読んでみる。それくらいしておいたらいいかな。何回も何回も、自分が納得のいくまでしてしまうと、却って逆効果になる。もちろん、人によっては事前練習の効果があるという人もいるかもしれないけれど、全ての人にあるとは言い切れない。
 僕は、11月5日に、沖縄で幼児吃音の講演をした。パワーポイントを使って順番に話そうと思って練習はしていないけど、計画はしていた。でも、結局、僕にはそれは難しくてやめて、白紙の状態から始めた。準備していたこととは全然違うものになってしまったけれど、内容についての準備は役立ったと思います。本当の意味の事前練習というのは、普段の自分の人間力、教養を高めておくこと、総合的な人間力を育てておくこと、それこそが事前練習であって、どもらないようにするための事前練習は、ほとんど効果がない。

藤岡 そうか、発表の場でどもらないでしゃべったり読んだりするための練習だったから、うまくいかないし、不安も高まったということですね。

伊藤 今、どもっても平気な時、笑われてからかわれても平気な時はどんな時か、吃音キャンプに参加している子どもたちに聞いているけれど、自分が充実して楽しく幸せに生きることがある意味事前練習で、そしたら、何かで多少失敗しても、そんなに落ち込まない。でも、普段の生活が鬱々していて自信がなく面白くない楽しくない生活をしていたら、何かに失敗した時、落ちこみは激しくなるし、自己嫌悪感も高くなる。だから、まずは自分が幸せに楽しく生きることが総合的な事前練習だと考えていいと思います。

◆自己紹介

藤岡 自己紹介は、どもる人の悩みのトップ3に入るんじゃないかと思うくらい、悩んだりつまずいたりする人が多いと思います。学校、職場、コミュニティ、趣味の場など、自己紹介する場面は多いですね。うまくできないとか、逃げてしまうとか、自分のことをちゃんと紹介できないとか、損だと思うんですが、どうすればどもりに悩んでいる人が自己紹介を切り抜けられるでしょうか。

伊藤 どういう意味で切り抜けようとするかですが、どもる人の切り抜け方は、「どもらないで名前を言う」、その一点にあるような気がします。
 僕自身、高校1年生の時、中学校三年間、好きでずっとやっていた卓球を、新人合宿で自己紹介があるというだけの理由で、退部してしまった苦い経験があるので、自己紹介が嫌だ、どう、どもらずに切り抜けたらいいかという気持ちは、痛いほど分かります。でも、「どもらないで自己紹介をする」という発想をやめないと、いつまでたっても自己紹介は難しい。自己紹介は、内容に関して、事前学習や練習が可能だと思います。
 「私はこういう人間です」という自己紹介文を幾通りも書いておく。この自己紹介は、この会合の時に使おう。この会合の時は、これが適当だからこれを使おうというバージョンを三種類くらい持っていたら、十分僕らの生活範囲では対応ができると思う。三種類の自己紹介の文章を練って、できるだけインパクトがあるような、自分をわかってもらえるようなキーワードや、一分間スピーチでやっているようなキャッチコピー、何をポイントにするか、など自己紹介の文章を楽しみながら、面白がりながら作っておく。これは事前にやっておくことができる。それをちゃんと持っているだけでも、これまでの自己紹介の不安からは多少解消ができるかもしれない。それと、周りには絶対に振り回されないこと。たとえば、自分の名前だけ言っていくという自己紹介があるよね。「伊藤伸二です」、「藤岡千恵です」というように。そうなると、「自分の名前だけ言わなければならない、名前だけしか言ってはならない」と刷り込まれてしまう。だから、自分の名前を言うことが大変になる。そんな時の切り抜け方として、「何々が大好きな伊藤伸二です」とか、「何々に興味を持ち始めた伊藤伸二です」とか、他の人とは違う自己紹介をしてもいいと思いたい。僕は「伊藤」と名乗るとき、だいたいどもります。「いいいいいいとう」となることが多い。そのとき、できるだけ自分の言いやすいことばをまず言って、その勢いで言いにくい「い」を言う。極端に言うと、「日本に住んでいる伊藤伸二です」くらいのことをして、その場をしのぐということもできる。
 僕たちは「普通」ということに縛られすぎて、誰か一人がした自己紹介がスタンダードになって、それがずっとまわっていくことが多い。もし僕が伊藤の「い」が言えない時に「人前でおならをしてしまう伊藤伸二です」と言ったら、次に続く人が「なんか自分の癖を言わないといけないのかな」になるかもしれない。すると、それから以後の自己紹介が、面白いものになるかもしれない。普通ということをできるだけ外すということを僕たちはやっていかなければいけないと思う。
 自己紹介は、たとえば就職活動の時の面接の自己紹介は、自分のことをきちんと分かってもらうということが自己紹介の目的です。だとしたら、どもらずに自己紹介をしてしまうと、むしろこれは失敗で、どもりながら自己紹介をすることが、どもる人にとっての自己紹介になり、成功だと考えたい。「小学校の二年生からどもり続けて73歳になった伊藤伸二です」と言ったら、さらりとどもりを出してしまうことになり、それもひとつのコツだと思う。
 今でも切なく思うのは、高校一年生の時の、自己紹介が嫌なために卓球部をやめてしまったことです。とても悔しい。もしあのとき、どもってもいいと思って自己紹介がある男女合同合宿に出ていたら、ひょっとしたら好きになった彼女と仲良くなったかもしれないし、そのまま卓球部をずっと続けて今でも卓球が僕にとっては生きがいになっているかもしれないのに、自己紹介が怖い、どもるのが嫌だということだけで人生の大切なこと、本当にしたいことを失ってしまうのは、自分自身がそういう経験をしてきたから余計にもったいないなと思います。
 どもってするのがどもる人の自己紹介だと考える。どもらないで自己紹介をしてしまったら失敗だと思う。そこまで考えて、自己紹介に臨んだ方がいい。それと、ユニークな楽しい自己紹介を考えましょう。「趣味は○○です」というような、通り一遍の自己紹介をやめて、ハッとするような、いい自己紹介だなと思えるような、たとえば何か俳句でも短歌でも誰かの金言でもいい、こういうことばが大好きな伊藤ですとか。それだけでも人は覚えてくれる。自己紹介を恐れないで、むしろ楽しむ。今度どんな自己紹介をしようかなと思うくらい、待ち望むくらいになったらいいなと思う。
 それは、僕は不可能じゃないと思う。どもらないで自己紹介をしようと思ったらそれは不可能かもしれない。どもってもいいという覚悟をしておけば、いろんなバリエーションの自己紹介を楽しむことができる。そんな発想をしていったらいいと思います。

藤岡 今、伊藤さんのお話を聞いて思ったんですけど、自己紹介って切り抜けるものじゃなくて、自分のことを分かってもらうものですよね。

伊藤 そうですね。切り抜けるという問題の立て方がよくないかもしれない。自己紹介を楽しむ方法となると、自己紹介が面白くなります。普通の自己紹介なんて面白くもなんともないのだから、そんな誰にも名前も覚えてもらえないような普通の自己紹介で、自分の名前が言えないくらいで、思い悩むことはない。僕のように卓球部をやめるなんて、そんな馬鹿げたことは損ですよね。
 もう一つ、あまりおすすめできませんが、どもらずに切り抜ける方法としてひとつ紹介します。
 周りが聞き取れないくらいの小さな声で、ぼそぼそと言うか、何を言っているか分からないくらいの早口で言いやすい他人の名前をさっという。それで自分の番が終わればそれでよし。もし、「すみません、聞き取れません。もう一度言って下さい」と言われたらしめたものです。どもらない言い方として吃音矯正所が使う、「いーとーうーしーんーじーでーす」と言えばいい。聞き返されることを僕たちは恐れますが、聞き返された方がラッキーで、極端にゆっくり言うことを許可されたようなものです。(つづく)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/08/17

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