中日新聞に、「吃音者宣言」の記事が掲載されました

 今年は、吃音者宣言の採択から50年。言友会創立10年の節目に東京で開かれた、全国言友会連絡協議会全国大会で採択されました。実は、3月に中日新聞の取材を受けるまで、そのことはすっかり忘れていました。記者の幼なじみにどもる人がいたことから始まって、長時間取材を受け、いろんな話をしました。吃音者宣言が採択されるに至った経緯、採択されたときの内外の反応、その後の広がり、今「宣言」のもつ意味など、問われるままに答えました。
 当初、採択された5月初めに掲載したいと思っているとの連絡を受けていましたが、延びて、3回シリーズの第1回目が先日、7月16日に掲載されました。次回は、23日の予定です。
 シリーズのメインタイトルは、「吃音と生きるあなたへ」で、第1回目は、大きく僕の写真入りで、見出しも、「どもっていても大丈夫」でした。また、中日新聞のその日一番の注目記事を取り上げる〈言の葉〉という欄にも、「吃音者宣言」から引用がされていました。
 取材を受けたのが、3月18日。取材の様子は、その後に、ブログなどで報告しています。よかったら、読んでください。

 新聞には、「治らないならどう生きたいか考えようと方向転換できる。子どものとき、そう教えてくれる人がいれば」と、僕が話したとあります。治る、治せる、治るはず、と思い込んでいると、そこにとどまるしかありません。治るか治らないかわからないのに、治る試みを続けることになります。治らないものと受けとめると、どう生きるかを考えることができます。どう生きるか、を考えるとき、目の前には、その人らしい世界が広がっています。

 僕の仲間が、その新聞記事を読んで、感想を送ってくれました。

・「昔と比べて随分しゃべれるようになったが、訓練のおかげではない。仲間と気分よくしゃべっているうちに自然と変わっていく」と記事にありました。オープンダイアローグのような大阪吃音教室での対話と同じような効果ですね。次週来週と続くとのこと、この吃音哲学が拡まっていくのを願います。
・「吃音者宣言」から50年、本当に気がつきませんでした。改めて、吃音者宣言の本を取って見直しました。
 昨日の例会の1分間スピーチで「どもりでよかったこと」は、治らないことを知り、どう生きるかを考えられたこと。それは吃音だけでなく、現在の生活で親の認知症や自分の難病との向き合い方に活かされている、と話しました。吃音者宣言によって、治らないならどう生きたいかを考える哲学につながりました。
新聞の冒頭、「当初は共感を得たが、現在、広く支持されているとは言えない」とありますが、大阪吃音教室は、40年一貫して吃音とともに生きるをテーマに活動してきました。また伊藤さんたちの吃音親子サマーキャンプ、吃音講習会などの活動での発信によって支持する人は多くいると思いますし、そのように信じています。吃音者宣言的な吃音とともに生きるは、どもる人が共感や支持する、しないにかかわらず、現実的にどもりを肯定しなければ、どもる人は自分らしく生きられないでしょう。吃音者宣言は、「吃音を治す」から、後の「吃音とともに生きる」につながる大切な転換点でした。紙面の2回、3回の続きも是非読みたいです。
・新聞の一面の「言の葉」に取り上げられたのは嬉しいです。中日新聞と東京新聞の、その日1番の注目記事ですから、嬉しいです。吃音特集のタイトルが何になるか、勝手に妄想を膨らませていましたが、「吃音と生きるあなたへ」というのは、いいなあと思いました。1番大きな文字が「どもっていても大丈夫」というのも嬉しいです。限られた紙面で、何を載せるか、記者が懸命に考えられたんだろうと思います。

 吃音が治っても治らなくても、どっちでもよく、僕たちは、「吃音と共に豊かに生きる」を選択しました。その分かれ道に、「吃音者宣言」は、確かな道しるべとして、しっかりと立ってくれています。
 「吃音者宣言」から50年。言友会創立10周年記念全国大会での採択のあのときの様子を、感慨深く思い出しています。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/07/19

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