自分らしく生きること 2
昨日の続きです。
お話を聞いたときも、そして今読み返したときも、清々しく生きておられることを強く思いました。最後に挙げられた自立の夢を実現させるための9か条は、どれも納得できることばかりです。
谷口さんは、「治せない、治らないものなら、治すことを考えず、そのままありのままの自分と楽しく生きていこう」という基本的な考えを共有することができた、楽しい友人でした。
「スタタリング・ナウ」2017.11.22 NO.279 より紹介します。
<大阪吃音教室1994.11.25> 自分らしく生きること 2
障害者自立生活問題研究所 谷口明広
Ⅳ 私を変えたアメリカでの生活
日本での甘えた生活
私を一番変えてくれたのは、アメリカへ行ったことです。大学院の2年生の時、7ヵ月ちょっとアメリカで生活するチャンスを得ました。
日本にいた時は、母にずっと「お前は障害もってるやないか」と言われても、自分ではやっぱり健常者になりたいと思う。自分が大学院に行ったのも、勉強して、ほかの障害者と違うというところを何とか見せたかったんですね。
そんな厳しい親だったんですが、日本にいた時は甘かったということがアメリカに行って分かりました。小さい時から、おしっこしたいと「お」というだけで、尿瓶がとんでくる。同じ「お」と言っても「おなかへった」と思ったら、好きな料理が机の上に並ぶ。アメリカに行ったら、「お」と言っても何にも出てきません。
2時間の介護で充分
日本で母と暮らしている時は24時間介護だったのでアメリカに行く時、日本でお世話してくれた人に、「アメリカでも24時間介護でないと困る」と言ったんです。その人は「分かりました。そう言っときます」と言ってくれました。それで、空港に着いたら、大学の先生が迎えに来てくれてました。その先生に話しかけようと思って近づくと、
「日本から、重度の障害をもった人が今着くって聞いたんですが、あなた知りませんか」
「それ、私やと思います」
「あなたは重度障害ではありません。好きなことしゃべってるじゃないですか。今、何したいって言えるじゃないですか。あなたは1日2時間の介護でやっていける人です」
それから2時間ですわ。朝1時間と、夜1時間の介護だけ。これには参りましたよ。
一番の感動~ひとりでトイレ~
おしっこするチャンスが朝と夜の、1日2回しかない。うんこも、朝するのを逃すと、夜まで持ってないといけない。アメリカでは、お水があまり飲めない。おしっこできないのと、あんまり飲むと、おなかが痛くなって下痢したら困る。朝1ぱい、昼1ぽい、夜1ぱい、1日600CC。この600CCで生きるのは、大変なことですよ。1週間もたたないうちに、脱水症状。体が浮いてるみたいで、地に足が着いてないみたい。お前もともと着いてないやないかと、よう言われましたが。あの時ほど、死ぬかと思った経験はないです。このままほっといたら死ぬんじゃないかと思いました。
初めてそういう経験をして、何かふっ切れた気がしました。日本では一回も自分でトイレに行ったことがなかったんですが、ある時我慢できずに、行ってみたんです。当時日本には、和式トイレしかありませんでしたが、アメリカでは当然洋式です。服をほとんど脱いで、トイレにはいのぼって、座ってやったら、何と、うまくできたんです。今までで一番感動したできごとでした。いいですよ、自分でうんこも、おしっこもできるというのは。それから、アメリカ生活が変わりました。それまでは、飲めない、食べられない。それからは、飲めや、歌えや、ドンチャン騒ぎ。
アメリカの障害者
日本では、12年前頃、家に閉じこもっている人が多かった。アメリカへ行って一番驚いたのは、電動車いすに乗っているお母さんが、自分の産んだ子どもを車いすのうしろにかごをつけて、赤ちゃんを寝させたまま走ってる。月日が経つと、その子どもがかごの中で座ってる。それから何回もアメリカに行ってるんですが、今はそのお母さんのひざに座って、走ってるんです。こんなん日本では絶対考えられない。
そしてもうひとつ、思いました。私、日本でどんなええかっこして、大学院行ってるとか、将来研究者になるんやとか言っても、アメリカに行ったらただの人ですわ。そしたらすごい楽になったんですね。「自分は障害者なんや」ということで、生きていけるようになった。
それまで、障害を嫌や、嫌やと思っていた。今は、自分が障害をもっていることを、楽しいなと思ったり、よかったなと思ったりしてます。障害もってなかったら、人とこんなにつきあってなかったと思います。私なんか、人を大事にしていかないと、生きてゆけないですから。
周りに「おしっこ」と言っても、「知らん」と言われたら、つらいですよ。だから私自身が人を大事にしなければいけない。障害をもっている人が、よく言います。
「なぜ、人は自分を愛してくれないんだろう。なぜ好きになってくれないのか」
私は、次のように言います。
「あなた自身が、自分を好きですか? 自分を好きでない人を、他人が好きになってくれるわけがない。だから、自分を好きになるところから、始めて下さい。障害をもっているからとかもってないからとかじゃなくて、ありのままの自分を好きにならないと、他人は愛してくれませんよ」
これは、分かってくれる方は少ないです。やっぱり日本では、障害をもってることは悪いことだと、思われがちなんです。
Ⅴ 障害者の自立生活
まず社会性から
小学校5年生の時、歩いたんです。神風が吹きました。一本杖ついて100メートル歩きました。この時、失われていた夢が盛り返しました。もしかしたら、歩けるんじゃないか。障害がなくなって、健常者にまでなるんじゃないか。でも、半年もちませんでした。小学5、6年生は体が一番大きくなる時期で、骨の成長に筋肉がついていかなかった。それでも無理して歩くことが、一番いいと思っていて、歩いていたら、両足肉離れという最悪の状態になってしまいました。結局そこからは、一歩も歩けない。うちの母は、諦めがよかったですね。私、こういう生活をずっとしていて、いろんな養護学校でお父さん、お母さん方にお話させていただくんですが、いつもこう言います。
「障害者が歩けへんのに、歩かせる努力ばっかりしていたら、社会性なくなるで。そんな変なかっこして歩いてるよりも、車いすに乗った方がかっこええで」
車いすに乗ることを悪く思うから、歩く訓練をさせられます。友達と遊びたい、テレビを見たいと言うても、お前には訓練があるからと、訓練ばっかりさせられる。だから、社会性の全然ない子どもが育っていくわけです。
私は今、自立生活問題研究所で、自立生活の相談を受けますが、《障害の重い・軽い》と、《自立生活ができる・できない》は、全く関係ない。大事なのは社会性です。社会性があるかどうか、みんなとうまくやっていけるかどうかです。それと、人を大事にするかどうかです。これが全てです。
就職と差別
私たち障害者が、差別の中で生きているのは、当たり前のようになっています。私も、大学を出て、就職活動でいろんなとこへ行きましたが、みんなお断りされる。それも、中まで通してもらえない。門前払い。車いすに乗ってることは、問題ありませんが、私の場合、手にも障害がある。手に障害があるとだめですね。
皆さんから送っていただいた冊子を読みますと、どもる人も、就職の時の悩みというのは同じようなことがありますね。でも、私たちの場合、障害者のための特別雇用枠というのがあって、障害者手帳がある分、得してるとも言えます。私を雇うと二人分雇ったことになる。
門前払いされていると、大学の担当の教授が、「お前、世の中見返すためには、勉強するしかないぞ」と言う。母も、小さい時から、「どうせお前は体では勝てん。勉強せえ」と言ってきた。勉強してても、勉強せえと言う。子ども心に思いましたよ、弟にも言え、と。
養護学校でずっと勉強してきたんですが、養護学校は勉強が遅れてくるものなんですね。塾にも入れてもらえませんでした。でも逆に、塾行かないことで周りの子どもたちと遊べました。私自身はそこで、だいぶ社会性がついたと思っています。
專門家からの自立
アメリカでは1960年代の後半に、障害をもっている人たちが、専門家たちから自立をし始めます。医者がなんぼ障害者のことを分かってると言っても、自分自身のことは自分がよく分かってる。自分のリラックスの仕方は、自分が一番よく知っている。医者は、自分よりも分かってるような顔をするな、というところから始まりました。医者に「息吐きなさい」とか、「息吸いなさい」とかレントゲンじゃないんだし、そんなこと言われても、しょうもない。週に1回、障害者の施設に行って、いろんな相談をしています。大学で教えてくれる面接は、机に向かい合ってします。けど私は、寝ころんだまま面接するんです。一番楽なかっこうは、医者より、自分がよく分かっているんです。
治せないならそのままで
リハビリテーションの考え方は、障害をもっているのはだめや、というところから始まっている。第2次世界大戦の時に、傷庚軍人がいっぱい出ましたね。リハビリテーションは、その人たちの障害を治すところから始まっているんです。治さないと国の名誉にかかる。戦争に行って傷ついても、また元の体に戻ると思うから、みんな戦う。1回行って、撃たれたら、二度とよくならないぞと言われたら、誰も戦場に行かない。だから、リハビリテーションに国は力を入れたんです。
でも、逆に言うと、元から障害をもっている私たちとか、治らないと言われている障害をもっている人たちは、全部無視されてきた。リハビリテーション対象外です。リハビリテーション以外のほかのものをいろいろやっても、治らない。それならしょうがないとアメリカ人は言い出した。
「治すことよりも、障害をもったありのままの自分と楽しく生きていくことを考えよう」
それが自立生活です。ですから、無理なく生きるということなんです。障害者には、無理してる人が多いです。そんな人に限って、あんまり友だちいません。ありのままにやってる人たちは、本当に楽しく生活を送っています。
私の友だちに吃音の人がいます。私の担当のケースワーカーです。最初に来られた時に、あっ、どもっているなと思いました。思っても、向こうは全然気にしないんです。どこにでも、どんどん出かける。お話をよく聞いてみますと、私たちと同じことですね。小さい時いじめられたのも一緒、仕事の時困るのも一緒、自分が嫌いというのも一緒、そうやってお話していきますと、これはいい友だちになれます。だから、自分を作らないことだと、私はいつも思います。自分を好きになって、ありのままの自分と、楽しく生きるというのが、自立生活だと思っています。
おしゃべり好きに
私、小さい頃は今みたいにおしゃべりじゃなかったんです。小学校に入った頃は言語障害がありました。今でもちょっとありますが、不思議とだんだん軽くなってきました。
小学校1年生の頃は、言語訓練を受けていました。他の、手や足の訓練は大嫌いでしたが、言語訓練だけは大好きでした。なんでかと言うと、行ったらすぐにチューインガムくれるんです。舌の動きの訓練に使いました。けど、言語訓練のおかげで、言語障害が良くなったとは思いません。
小学校6年生の時の担任がすごくいい先生でした。しゃべることを好きにさせてくれたんです。私、生徒会なんかに出る気なかったんですが、その先生に「谷口くん、出たらどうや」と言われましてね。いっしょに立候補演説考えてくれました。それから私、人前でしゃべるのが好きになりました。それから、人間変わりましたね。
Ⅵ 自立の夢を実現させるための9力条
今までお話してきたことをまとめる意味で、最後に障害者が自立するための条件をあげてみます。
1.自分のことは自分自身で考えろ
障害をもつ人たち自身の夢や目標は、両親をはじめとする周囲の人々によって決定されるのではなく、自分自身のことを自分自身の意志で決めていく習慣を養わなければなりません。なぜならば、自分が決定した事柄に関しては自らが責任をとらなければならないし、責任をとることも人として当然の行為なのです。
2.好きなことを勉強しろ
障害をもっ人にとって趣味や生きがいとなるものを見つけだすことは、さまざまな経験を得にくいという理由から困難かもしれません。しかし、自分の好きなことを経験して、勉強していくことは、貴重な財産となることでしょう。どのような分野でもマニアックと言われるぐらいに実力がついていけば、いろいろな可能性が広がるばかりではなく、人としての魅力も増大するのです。
3.どんなことでもよいから得意技をもて
障害をもつ人たちにとって「障害をもたない人とも張り合える得意技」をもつことは、大きな自信につながります。要するに、「障害をもたない人には負けることばかりだが、ここだけは負けない」という部分を一つでも備えていれば、とても大きな自信をもつことができるのです。その内容はコンピューターやワープロというものから、絵画や執筆というものまで多種多様に考えられます。
4.できるだけ上手に他人を使え
現代社会で生活している人々の中で、他人の手を借りずに生きている人は皆無です。障害をもつ身であれば、他人の手がより必要であり、重要になってきます。少しオーバーな話かもしれませんが、「騙してもよいから、気分よく他人を使う」という技を会得しなければなりません。幼いころから必要以上に「他人に迷惑をかけるな」と教育されたきた人たちは、他人の援助を受けないことが自立だと考えがちですが、部分的な手助けは自立の大きな支えとなる。「迷惑をかけるのが嫌いなら、外に出て行かない方がよい」という言い方もできるので、「迷惑かけて、ありがとう」という開き直り気分が必要になることがあるかもしれません。
5.自分を好きになれ
障害をもつ人たちは、身体に不自由さを抱えていることで、自分を好きになれないことが多いようです。自分がもっている障害は、他人に対する恥ずかしさや劣等感の象徴であり、決して誇りに思うものではないのです。このような「自分を愛せない」という気持ちは、「自分を大切にしない」という気持ちにつながり、「自分自身を幸福にしていこう」とか「自分をよりよい環境におこう」という向上心を消滅させていくものでしかありません。障害をもつ自分を愛することは、「自分に喜びをもたらせよう」とする行動に結びついていくものです。すなわち、夢を実現させるには、自分自身を好きになることから始めなければなりません。
6.とてつもない大きな夢をもて
障害をもつ人たちが抱く夢は、少しだけ努力すればすぐにでも叶うような小さな夢が多いようです。大きな夢を口にしても、バカにされてきた人生だったのでしょうが、叶いそうにもない、でっかい夢をもつことが、人間に与えられた特権なのです。犬や猫が「世界一周の旅に出たい」と語り合っているのを見たことはありません。大きな希望や野望をもつからこそ、人間は「頑張ろう」と思うのではないでしょうか。叶いそうにもない大きな夢に梯子を掛けて、一段一段着実に登っていくことが必要なのです。また、大きな夢を複数もつことも許されるのです。「夢」を語ることができない人は「面白くないやつ」になりがちです。
7.ひたすらねがえ
「求めよ、さらば与えられん」という言葉にも表されているように、求めていない者には、何も与えられないのです。「~がしたい」とか「~に行ってみたい」という欲求は、なるべく大きな声で、そして何度も言い続けることが実現に近づく一つの鍵のようです。地域での自立生活を実行しようとしている障害をもつ人は、家に留まらせようとする親を説得するという大きな課題を抱えています。このような時にも「真剣に考えているのだ」という意思を見せなければなりません。そして、具体的な意思表示をするには「ひたすら願う」という方法しかないような気がします。
8.しつこく、しがみつけ
障害をもつ多くの人たちと話してきた経験から、何につけても「諦めが早いな」という感じを受けています。しつこく求めると怒りを受けるという経験を繰り返しているので、何ごとに関しても淡泊になりがちです。自分にとって必要だと思われる人(ボランティアのような)が離れて行こうとする時にも、「しつこく、しがみつく」ということなく、さようならのひと言で片付けることが多いのではないでしょうか。夢を現実にしていこうと思えば、少しでも見えた糸口に「すっぽんのように食いつく」ようなねばりを発揮しなければなりません。障害をもたない人よりも貧欲でなければ、障害をもつ人の夢は叶わないのです。
9.感謝しろ
大きな夢を実現させていくためには、いくつもの小さな夢を叶えていき、積み重ねていく必要があります。一つひとつの夢を叶えていくには、多くの人たちによる援助が必要となってきます。目標への到達が自分の力によるものだという過信は、マイナス要因にこそなれ、プラス要因にはならないのです。援助や支援をしていただいた方々に対して感謝という気持ちをもつことは、次のステップへの協力にもつながるであろうし、自分自身に対する確認にもなるのです。
また、周囲の人たちから期待されることは、重圧という足かせになるかもしれませんが、それ以上に励みという好材料にもなるのです。「感謝する」という気持ちが夢を現実に近づけていくのです。
谷口明広(たにぐち・あきひろ)
自立生活問題研究所所長、愛知淑徳大学教授
2016年死去 享年59歳
生後間もなく脳性まひとなり、車椅子で生活。同志社大大学院在学中に米国バークレーの自立生活センターに留学。1984年に障害者自立生活問題研究所を設立し、京都の障害者運動を主導する一人。京都府や京都市の障害福祉関係の審議会委員など歴任。著書に「自立生活は楽しく具体的に」など。94年度京都新聞社会福祉奨励賞。(了)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/07/09

