障害を生きる、笑いの力

 今日は、「スタタリング・ナウ」2017.11.22 NO.279 より、まず巻頭言を紹介します。
 「ユーモアとは、『にもかかわらず』笑うことである」。これはドイツで有名な言葉のようですが、僕は、「死の準備教育」で知られるアルフォンス・デーケンさんから聞いたように思います。
 ユーモアや笑いは、吃音を考えるときの大切なキーワードだと、ずいぶん前から注目し、本もたくさん集めていました。「笑いとユーモアの人間学」というテーマで開催した2005年の吃音ショートコースのゲストは、井上宏・日本笑い学会会長と、今、「テレビで会えない芸人」として有名な松元ヒロさんをゲストに迎えました。
 辛いときや悲しいとき、困難な状況であるにもかかわらず、相手への思いやりや生きる知恵として笑顔を示すこと、それが本当のユーモアでしょう。これは、「障害を豊かに生きる」ことにつながっていると思います。それを実践した、谷口明広さんを思い出しながら書いた巻頭言を紹介します。 
 
  障害を生きる、笑いの力
                         日本臨床研究会 会長 伊藤伸二

 1994年秋、大阪市立労働会館の209号室は大きな笑いの渦に包まれていた。落語会か、漫談でも楽しむ会なのか。それが、どもる人のセルフヘルプグループの例会、大阪吃音教室で、その時の特別講師が、24時間の介護の必要な、障害のある人だと知ったら、人はとても驚くだろう。
 「障害を生きること」の話は、予想どおり、過酷な大変な生活だったろうと思える内容だった。しかし、谷口さんにかかると、それがユーモアに包まれ、笑顔で身振り手振りで話すと、大笑いする話になる。自立とは、何事も自分がすべてすることではなく、自分にできないところは、誰かの助けを自ら求めて生きることだとの視点は、多くの共感を得ていた。しかし、その内容以上に、うれしそうに楽しそうに話す谷口さんの姿の方を、20年以上も経っているのに、鮮やかに思い出すことができる。
 笑いに包まれた、話し手と聞き手の私たちとの一体感のある空間を、谷口さんの体験を、文字だけで紹介するのは残念だが、笑い声を想像しながら、読んでいただけるとうれしい。
 車いす生活の谷口さんの障害は、誰の目からみても明らかだし、その日常生活の苦労は、現実とはかなりの開きはあるかもしれないが、それなりに想像ができる。大変な状況だと分かるから、それを楽しく、おもしろく話されると、一瞬、挙をつかれるが、笑いの中で、大変さと谷口さんのしなやかな生き方が浮き彫りになる。めったに経験できない貴重な体験となった。
 ひるがえって、どもる人の悩みはどうか。周りからは、それくらいの苦労、たいしたことはないと思われてしまう。身体的な苦労は想像できても、精神的などもる人の苦労は、なかなか理解できない。だから、谷口さんのように、ユーモアに包んで体験を話すことは、とても難しい。その難しい作業を、鮮やかにどもる姿と共に私たちに示してくれた、大先輩がいた。映画監督の羽仁進さんだ。2000年秋、吃音ショートコースと名づけた私たちのワークショップの講師として来て下さった時、谷口さんのような爆笑にはならなかったが、常に笑いが広がっていた。笑顔で、チャーミングで、子どものような鮮やかなどもり方で、「吃音の奥にある、豊かな世界を大切にしよう」と、繰り返し話されていた。精神的な苦悩は、豊かなものにすることができるとの主張だった。「どもりの内面を、特にプラスの面を探って欲しい」と講演をしめくくってから、さらに羽仁さんはこう結んだ。
 「笑いには、応援の笑いがある。みなさんが、同じようにどもる仲間として、私の話をしっかり聞き、大いに笑って下さった。こんなに楽しそうに笑って聞いて下さるのは、ずいぶんと久しぶりのような気がします。もっと話してほしいとの応援と感じて、気持ちよく話せました」
 末期がんの患者と、ヨーロッパの最高峰、モンブラン登頂をした「生きがい療法」を提唱する伊丹仁朗さんに来ていただいた、1989年の吃音ワークショップ。そのプログラムのひとつに、「ユーモアスピーチ」があった。吃音の悩み、苦労をなんとかユーモアで話したいとみんなで挑戦した。共感でき、笑える話もあったが、最後にして下さった、末期がんの患者さんの「ユーモアスピーチ」は、格が違っていた。爆笑の中で、自分の失敗談を笑顔で話して下さった姿も忘れられない。
 病気や障害を認めて豊かに生きるとき、笑いは力になる。現実の谷口さんの体験はかなり厳しいものだが、それをユーモアを交えて話すとき、豊かな人生が現れる。谷口さんのようなとびきり明るい障害者はもう出てこないような気がする。
 重度障害者と自ら言う谷口明広さん、聴覚障害の内科医師の原誠二さん、松葉杖のおっさんと親しまれた牧口一二さん、そしてどもる私。
 その4人で「障害を豊かに生きる」をテーマにした本を出版する計画をしていた。全員が賛同して下さっていたのに、私が吃音の本を優先し、後回しにしていたために、実現できなかった。谷口さんが亡くなった今、今更ながらに悔しい。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/07/07

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