ゆっくり話す権利

 昔と比べると、人々の話すスピードが格段に早くなったように思えます。話すスピードだけでなく、歌も早口で、僕には何を言っているのか、聞き取れないこともあります。生活全体がスピードアップしているようですね。
 そんなときに、「ゆっくり話す権利」というタイトルの巻頭言を書いていました。「権利」としたところがおもしろいと、我ながら思います。どもらないためではなく、目の前の相手に自分の大切なことばを伝えるために、私たちは自分なりのゆっくりした話し方を身につけたいと願います。
 「スタタリング・ナウ」2017.10.22 NO.278 より、まず巻頭言です。

  ゆっくり話す権利
                     日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
1903年からの伊沢修二が始めた吃音治療も、1930年代からのアイオワ州立大学を中心とした吃音研究・臨床の中で提案された様々な治療法も、結局は、「ゆっくり話す」言語訓練しかない。
 世界最新と言われている、バリー・ギターの統合的アプローチは、①弾力的発話速度 ②構音器官の軽い接触 ③軟起声 ④固有受容感覚で、流暢性の形成を目指す。
 「常に発語器官や呼吸を意識し、ゆっくり、そっと、軟らかく」発音し、どもらない話し方を身につける。しかし、これは子音が強調される英語でどもる人のために考えられたもので、母音が大切な日本語でどもる人には意味がない。竹内敏晴さんは、日本語の発声の基本をこう説明する。

 ①日本語は母音のひとつの流れ
 ②一音一音が同じ長さ
 ③子音と母音を同時に言う
 ④初めの一音を母音まで言う
     『親・教師・言語聴覚士が使える、吃音ワークブック』(解放出版社・第7章)

 この基本を踏まえて話していけば、結果として構音器官の軽い接触になり、不自然ではない、ゆっくりとした話し方が身につく。
 吃音親子サマーキャンプの今年の劇は、竹内敏晴作『モモと灰色の男たち』(原作:ミヒャエル・エンデ)だった。普段の生活でいかに時間をムダにしているかを、灰色の男たちが指摘し、人々の時間を盗み始める。みんな時間に追われ、人間関係もギスギスする。モモの活躍で、盗まれた時間が元にもどり、人々は時間に追われることなく、以前のように楽しく過ごせるようになる話だ。
 居酒屋のおやじのニノが「スピード、スピード」といきり立っているところにモモが現れて、「ほんと言うとな、モモ、おれはくたびれたんだよ」とこれまでの早口から、本来の自分のペースの口調でゆっくりとした、語り出すシーンがある。ここに、私は吃音の置かれた現状をみる。
 私が吃音を治そうと躍起になっていたとき「ゆっくり話せ」と指導されてもできなかった。ところが大阪教育大学の教員になり、自分の考えを学生に、今生まれてくる生きたことばを語るとき、私は一音一音丁寧に話すようになり、自分なりの「ゆっくり」の話し方が身についた。

 「ゆっくりと話すこと、ゆっくりと進行すること。時間を急がすことは対話を疎外する。こどもにはゆっくり人の話を聞いて、ゆっくり考える時間が必要だ。よいアイデアは、忙しすぎる時間からは生まれない。哲学対話では十分に時間をとる。応答すること、各人が考えをまとめる時間をとること、議論の進展を誰かに思い出してもらって要約してもらうこと、ファシリテイターである教師はさらにゆっくり話すことだ」河野哲也『「こども哲学」で対話力と思考力を育てる』(河出ブックス)

 「会話は、軽いもの、荘重なもの、厳粛な調子であれ普段の口調であれ、慌ただしい語り方よりゆっくりと引きのばして語るほうがよい。慌てた早い喋り方だと記憶が混乱して取りとめのないものとなり、その結果、次の言葉を吃ったり言い澱んだりするようになる。逆に、ゆったりした話し方は、表情や口調が美しいばかりか、記憶も確かだから、聞く人にこちらの知性の高さを感銘させることになる」(サミュエル・ジョンソン)

 ジョンソンの考えは、時代と慣習を越えて通じる原則で、ゆっくり話す心構えによってはじめて、「自分がいまなにを喋っているのか」を意識できる。早口のお喋りはその人を機械化する。自分が今何を喋っているのかを自覚するには、ゆっくりした口調が助けになる。会話とはその場の状況と話題に応じて互いの考えや観察を交わすことなのだから、その場での自分の考えを常に確かめるには、話し方もゆっくりとしたものになってゆく」加島祥造『会話を楽しむ』(岩波新書)

 すべての人々へのこの「ゆっくり話す」すすめを、どもる私たちも受け止めたい。どもらないためではなく、目の前の相手に自分の大切なことばを伝えるために、私たちは自分なりのゆっくした話し方を身につけたい。
 私たちには、どもる権利と同じく、ゆっくり話す権利があるのだ。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/07/04

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