吃音相談・講演会in岡山 2017年6月18日
「スタタリング・ナウ」2017.9.19 NO.277 を紹介しています。この号では、岡山で開いた「吃音相談・講演会」の報告をしています。年に一度、参加者の希望や相談したい内容によって話を組み立てる、岡山言友会主催の「吃音相談・講演会」に、毎年、僕は講師として参加しています。
相談会の2日前、教職を希望しているという女子学生から吃音ホットラインに電話がかかってきました。岡山市内に住んでいると言うので、「日曜日に相談会があるから、ぜひ、参加を」と言って電話を切りました。彼女が参加したおかげで、みんなで仕事について考える会になりました。言友会で長く活動している人、初めて参加した人、ことばの教室担当の小学校や幼稚園の教師、小さいどもる子どもの保護者、高校生の保護者、どもらないがことばに劣等感をもっている人など、バラエティーに富む参加者の声が、ハーモニーとして響き合いました。紙面の都合で一部分になりますが、紹介します。
吃音相談・講演会in岡山 2017年6月18日
【インタビュー】
伊藤 金曜日に電話をかけてきた直後の今日、よく参加されましたね。よかったら、今、どんなことで困り、どういうことが知りたいか、僕がインタビューしますので、公開でやってみませんか。
30分ほどみんなに聞いてもらって、その後、意見をもらって話し合うというのは、どうですか。
水上 はい、じゃあ、お願いします。
伊藤 みんなの前での対話は、ハードルが高いです。それに初めて参加して挑戦されるのですから、皆さんはしっかりと聞いて、感想やコメントなど、レスポンスを返して下さい。まずは、お名前から。
水上 水上といいます。
伊藤 電話での話をもう一度してもらえますか。
《今、彼女が困っているのは、飲食店のアルバイトの接客だった。大学の先輩に、いい教師になるには、塾の講師などより、飲食店など、教師の仕事に就いてからはできないことをした方がいいと言われた。マニュアル通りに言わなければならないことが多く、苦戦をしつつも前向きに取り組む話は興味深かったが、悩みの元は、教師になることへの不安と恐怖だと浮かびあがってきたため、教師になることの不安にしぼって報告する》
水上 私は、小学校5年生くらいから、ずっと小学校の先生になりたいと思っていました。4歳ころ、少しどもっていたという記憶が残っているのですが、小学校1年生のときは全然どもってなかった。ところが、5年生くらいからは、自分でもかなり意識するくらい、どもり始めたんです。それでも、しゃべるのが好きなので、生徒会とか児童会に入って、人前でしゃべる機会は多かった。中学校、高校も授業中、困ることはあったけど、なんとかうまいこと、切り抜けてきました。
伊藤 あなたが、どもっていることは、みんなに分かるようなどもり方なんですか。
水上 はい。ありがとうございますの「あ」が出ないとか、名前が水上なんですけど、「み」が出なくて、自己紹介で、「私の名前は、みみみみみ水上です」となる。大学の教育学部は、プレゼンをする入試方法で受験しました。もし、どもることで落ちたら、長年の夢の先生になるのはやめようと思っていたんですが、どもったけど、受かった。これから、教育実習もあり、ほんとに教師になれるのかなあと、だんだん不安になってきたんです。
伊藤 あなたが、そんなに教師になりたいと思ったのはどういうことがきっかけだったの。
水上 小学校のときの担任の先生が、水泳や陸上が好きで、生徒が興味のあることをいろいろ伸ばしてくれて、私も県大会に出させてくれた。みんなから、好かれている先生だった。
伊藤 それで、大学の教育学部に入って今1年生。まだ始まったばかりだよね。将来、先生になれるかなあという不安が、どうして今、出てきたの?
水上 最近、アルバイト先でどもることも多くなってきたので、急に、入学式で、子どもの名前を呼ぶことなど、できる気がしなくなってきたんです。先生からしたら、毎年のことだけど、生徒には、一生に1回しかない入学式で、自分の名前を呼んでもらえなかったら、申し訳ないなと思い始めたら不安になってきました。全ての音にどもるわけじゃないけれども、言いにくい音がある。急にいろいろ、言いにくくなってきたんです。
伊藤 僕も、おとといまで入院していて、入院中は必ず、名前を確認される。「伊藤さん」と呼ばれたのに行くと、確認のために、「お名前は?」とフルネームで言わされて、「いいいい伊藤」となる。言えない名前がいくつもあるから、あなたが子どもの名前が言えないかもと思う気持ちは分かる。
あなたが「教師になる」ことで、一番聞きたかったこと、相談したかったことは何ですか。
水上 吃音を治すというのじゃないけど、またどもるんじゃないかとか、うまくいかないんじゃないかとかの不安感、恐怖感を、どうやったら克服できるかということです。
伊藤 吃音の大きなテーマは、予期不安と恐怖です。恐怖には2つあって、特定の音が言えない発語恐怖と、普段は言えるのに、大勢の前での発表、会社での苦手な上司に報告するなど場面が怖い、場面恐怖です。その恐怖と、またどもるのではないか、うまくいかないのではないかという予期不安が、吃音の一番大きな、難しいテーマなんです。吃音とつきあうには、吃音と対話を続けることが大事ですが、「なぜ不安になるのだろうか」と考える必要がある。なぜ不安が起こると思いますか。
水上 これまで、笑われたり、からかわれたり、失敗したりという経験が頭をよぎって、また失敗するんじゃないかということを考えてしまう。
伊藤 そうですね。それが不安の源にあるとしたら、どういう対処があると思いますか。
水上 今まで考えたことがあるのは、怖いことより、とりあえず、楽しいことを、これをしたらあれができるとかを考えるようにはしていました。
伊藤 不安を打ち消すために楽しいことを考えるということですか。うれしいことや楽しいことの経験を蓄積して、自分の中にいっぱい置いておくのはとても有利だね。大きい不安があったとしても、多少和らぐよね。でも、それは間接的なことで、他には、対策はないかな。
水上 最初は練習してたんですが、役に立たなかったので、ある時から、一発本番でいこうと決めました。練習すると、逆に言えないところが分かってしまって、かえって不安が大きくなる。
伊藤 そうね、よけいに、失敗するというイメージがふくらむ。たとえば、女優の木の実ナナさんは、あれだけ舞台や映画で活躍しているのに、フーテンの寅さんの映画に出演したとき、渥美清に「おにいちゃん」と投げかけるせりふが言えない。「こうなんだよね、おにいちゃん」なら言えるのに、一番最初に「おにいちゃん」がくると言えない。練習中はいくらでも言えるのに、「はい、スタート」となると、出てこない。それで、まる2日、撮影がストップする。僕らが音読や発表で言えないというレベルではない。渥美清や全スタッフに迷惑をかける。精神安定剤を飲んで、宿舎に帰って、一生懸命練習しても、練習のときは言える。あなたの言うとおり、練習は何の役にも立たないね。木の実ナナさんは、どうしたと思う?
水上 「お」を言わなくて、「に」から始めるとか、なんとかだよ、おにいちゃんみたいな。
伊藤 そうか、あなたはそういう風にして、生き抜いてきたんだね。でも、そうはいかんでしょう。山田監督のシナリオを勝手に変えるわけにはいかない。彼女も、子どもの頃からどもりで自分の名前が言えなくて、ずっと困って、いろんな工夫はしてきたんだけど、それでも言えないんだから。
水上 どもることを、山田監督に言う。
伊藤 それもひとつだね。女優なんかやめてしまおうかというくらい落ち込んで、ひとりで宿舎に帰ったときの、なんともいえない悲しさ、虚しさ、僕たちには想像できるよね。舞台や映画で、数多く主役もした成功者で、念願の映画のマドンナ役でのこの挫折感はすごいと思う。その気持ちで宿舎に帰って、線香花火をひとりでしていたときに、山田洋次監督から電話があった。「今、何してるの」「線香花火をしています」「じゃ、僕も行ってもいいかな」と、山田監督が宿舎に来てくれて一緒に花火をしていたときに、ふと気持ちが緩んで、「監督、実は、私は子どものころから、どもりで、『おにいちゃん』のせりふは、何度も練習しても言えない」と初めて、監督に自分のどもりのことを言う。すると、監督は、「よかったね、ナナちゃん。
ナナちゃんはどもりという、欠点があるから、今まで一生懸命がんばってきたんでしょ。他の女優にはない、踊りとか歌で一生懸命がんばってきたから、今のナナちゃんがあるんじゃないの。欠点のない人間なんてつまらないよ」と監督は言ったんだって。そのとき、彼女は、今まで苦しくて辛くてどもりは嫌だと思ってきたけれど、どもりだったから一生懸命がんばってきた部分もあると思い直した。ここからは、彼女の文章でなく、僕の想像だけど、こう思ったんじゃないかな。
もし、「おおおにいちゃん」と、どもっても、渥美清が、「どうしたんだよ」と、アドリブで返してくれるだろう。どもったらどもった時のことだと考えたんじゃないかな。監督に話したこともあって、気持ちが楽になり、3日目はなんとか言えた。
ポイントは、「どもったら、どもったときのことと、どもる覚悟をする」ことだね。これが、どもる僕たちの予期不安に対する最大でかつ唯一の道です。今の話を聞いて、何か、感想はありますか。
水上 よく分かります。私も、一日前は、どもってもいいやと思うんですけど、いざ直前になったら、持続できない。やはり不安が出てくる。
伊藤 そりゃあ、そうだね。僕も、21歳まではあなたと全く同じだった。だけど、今、たくさん話す機会があるけれど、不安も怖れも全くありませんよ。なぜだと思いますか。もし、不安に思うなら、僕は、講義や講演などを引き受けられない。話の内容には不安はあるけれど、どもるかどうかについての不安はない。どもりは治らなくても、そういう人間に、なってみたいと思いますか。
水上 はい。そうなりたいです。
伊藤 だったら、なれますよ。コツは、1つだけです。なんだと思いますか。
水上 分かりません。
伊藤 分からない? 今までの僕の話を聞いていたら分かると思うけどなあ。
参加者 どもる自分、そのままの自分を出す。
伊藤 そう。そのまま出すしかないよね。ことばが出るように、順番を言い換えたり、言いやすいことばを先につけて、その勢いで言うとか、自分なりのテクニックは使うけれども、それが役立たない場合もある。その時はどもればいい。ただそれだけのことです。どもる僕がどもるのは当たり前で、どもらない方がおかしいぐらいの気持ちになる。というふうに、僕は、45年前に覚悟した。
21歳までは、隠して、逃げて、自己紹介が嫌さに、高校生の時、大好きな卓球部をやめたり、友達の輪の中に入っていけなかったり、どもる自分を見られたくないために、逃げまくって、損ばかりしてきた。もうこれ以上、損をしたり、後悔するするのは嫌だと思うようになった。
21歳のとき、「どもりは必ず治る、治せる」と宣伝する吃音治療所に一ヶ月間寮に入って、ものすごい訓練をしたけれど、治らなかった。その時、結局、21歳まであれだけ悩んだのは何だったのかを考えた。「どこかで、いつか治る、改善するという思いを持ち続けるから、だめなんだ」と考え、治ることをあきらめることができた。だけど、あきらめられない人は、何度もその治療所に来たり、他の「治る」と宣伝する所に行っていた。あきらめた人間は、工夫しながら、自分の人生を生きていくことができるけれど、治るはずだ、訓練方法があるはずだと思い続けると、なかなか自分の人生を生きることができないと僕は思うね。
どもったらどもったときのこと、笑う人は、笑えばいい。私は私だと覚悟を早くする。「治る」ことはあきらめたけれど、不安があっても、どもりながら話していくと、それが結果として言語訓練になったのだろうね。だんだん話せるようになりました。「治そう、改善しよう」と言語訓練をしていたときは変わらなかった僕のどもりは、自然に変わっていきましたよ。
僕は21歳で覚悟できたけれど、チャールズ・ヴァン・ライパーは、30歳までかかった。大学院を出たが就職ができなくて、ろう者と経歴に書いて、就職して、農場で聞こえないふりをして生きようとした。結局だめで、もう一度大学へ行き直して吃音のことを勉強して、世界一の吃音研究・臨床家になった。そして、「どもりを受け入れよう」と言い続けました。
もう一人、僕ととても仲がよかったミュージシャンの、スキャットマン・ジョンは、「スキャットマン」が日本でも120万枚というベストセラーになった。彼は、50歳まで、どもりを否定して、隠して、苦しんで、麻薬中毒になり、アルコール中毒になり、妻からも逃げられ、貧乏になって、アメリカからヨーロッパに渡る。それくらいどもりを否定する人生を送る人も中にはいる。
ジョンは、52歳で、CDを出すときに、追い詰められて、自分はどもりだとオープンにした。訓練も何もしていないが、自分の吃音を認めただけで人生が変わり、世界的に有名なミュージシャンになった。
僕は、50年、吃音について考えて生きてきたけれど、最終結論は、「どもりを認めて生きること」、それしかない。どもって当たり前という、そういう人生を生きてみませんか、とても楽ですよ。
それでも苦労はある。2年か3年に一度くらい、2月頃に、教員から相談の電話がある。なんとか教員生活をやってきたが、教員が一番悩む、高いハードルがある。何か、分かるでしょう。
水上 はい、卒業式で生徒の名前を言うこと。
伊藤 そうね、卒業式という厳粛な場面で、言えない名前の生徒がいる。教師になって、あなたのように切り抜けてきたので、同僚、校長、子どもも、彼がどもりで悩んでいることを知らない。妻も彼がどもることも、悩んでいることも知らない。卒業式まであと少しというときに、教員を辞めたいとまで悩んで、電話がかかってきた。仲間の教員が卒業式の体験の文章を書いているので送るから、住所を教えてくれと言ったら、嫌だと言う。なぜ、嫌だか、想像ができますか。
水上 奥さんがその人が吃音だと知らないから。
伊藤 そう。日本吃音臨床研究会の封筒で送ってきたら、自分が吃音に悩んでいることがばれてしまうと言う。これからも教師として生きていくつもりなのかと聞くと、教師は好きだから続けていきたいと言う。じゃ、今が、踏ん張り所だと言ったら、住所を教えてくれて資料を送った。初めて妻に吃音の苦しみを話したときは、1時間くらい、号泣したらしい。妻も、理解してくれた。そこで、どうするか対策を一緒に考えました。
さて、卒業式までの2週間、どうするか。みんなで、選択肢を考えてみましょう。
参加者 ひとりひとり生徒に自分で言ってもらう。
伊藤 それは、実際に僕らの仲間の教師がやったことがある。生徒に相談したら、生徒から、これまでと違う、自分で名前を言う卒業式にしようとなった。奇想天外な選択肢でもいいよ。
参加者 手話をしながら名前を言う。からだを動かしながら。
水上 副担任の先生に代わりに言ってもらう。
参加者 あらかじめ、テープに録っておく。
参加者 将来、女子アナウンサーになりたいような女の子もいるので、その子が全員の名前を言う。
参加者 保護者に言ってもらう。
伊藤 保護者ですか。それは奇抜ですね。みんなの発想には、練習して、がんばって、どもらないようにするというのは、ないんですね。
彼と話したのは、「妻や同僚、子どもたち、保護者にも、吃音について話をして、なんとかがんばって言うが、どうしても声が出なかったら、教頭に横に立ってもらって合図して、教頭に言ってもらう」だった。実際に彼がどうしたのかは忘れたけれど、卒業式は無事に切り抜けたそうです。声が出ない間は、本人には長い時間だけと、聞いている側は何秒かで、その何秒かの間に耐えられないのが、僕たちですね。卒業式の夜、電話で彼は泣いていました。かっこよく見せようとするのではなくて、自分の弱さも欠点も全てさらけ出しながら、誠実に生きていくことが、教師としての在り方なんだと分かったと彼は言っていました。
そういう経験を聞いて、どう感じましたか。
水上 ありのままの自分でなかったら、教師として、内面的にも充実できないし、やっていけない。ありのままの自分を出して教師になったら、充実した教師生活を送れるのかなあと思いました。
伊藤 そうね。どもりが治る、改善を考えず、アルバイトも、教育実習もどもりながらやればいい。(つづく)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/07/02

