夢をあきらめないで

 今日から7月。いつの間にか、今年の半分が終わってしまいました。折り返し地点を過ぎ、僕たちは今、「吃音の夏」に向かって、歩いています。
 今日、紹介するのは、「スタタリング・ナウ」2017.9.19 NO.277 です。
 これまで、吃音親子サマーキャンプや各地のキャンプ、訪問したことばの教室で、たくさんのどもる子どもに出会ってきました。その子どもたちに伝えたいのは、確かにどもることで苦労することはあるだろう、つらいこともあるだろう、でも、自分のしたい仕事に挑戦することは意味がある、決して君の夢をあきらめないでほしい、ということです。

 今、ふと思い出しました。
 吃音親子サマーキャンプの第1回目だったか、2回目だったか、一緒に実行委員会を組んでいた京都市の児童福祉センターの人たちが、「この歌、キャンプのテーマソングにしよう」と流してくれたのが、岡村孝子さんの「夢をあきらめないで」でした。
 自分の可能性を閉ざさず、夢をあきらめないでほしい。吃音は、それを認めさえすれば、人生を左右するほど大きなものではないから。
 今夏、吃音親子サマーキャンプは、35回目を迎えます。今、参加申し込み受け付け中です。詳細は、日本吃音臨床研究会のホームページをご覧ください。子どもたちとの新たな出会いを楽しみにしています。
 では、「スタタリング・ナウ」2017.9.19 NO.277 の、まず巻頭言から紹介します。

  夢をあきらめないで
                   日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

「参加できたので、どもりでよかった」
小学4年生の時、吃音親子サマーキャンプに参加した長尾政毅さんは、興奮して作文にこう書いていた。中学生の時は、いじめに遭って「どもりは嫌だ」に変わった。大学1年の時、オーストラリアのパースで開かれた第7回国際吃音連盟の大会に一緒に参加した。相談したいと、ホテルの私の部屋に訪ねてきた時は、「どもりを治したい」と言う。子どもの頃はよくどもっていたので無理だとあきらめていた「声優」の夢が戻り、声優になるには、どもることは障害になりそうなので、治したいと言うのだ。高校時代、合唱部に入り、人一倍声について考え、努力してきたことを知っているだけに、彼の「声優の夢」は理解できた。
「君の夢をあきらめないで追いかけたらいい。どもりが治るかどうかは分からないが、どもりが治らなくても、声優はできると思う。しかし、他の人なら、声優の専門学校を出たらすぐに仕事に就けるかもしれないが、君の場合は人一倍努力しても少し時間がかかるかもしれない。その場合は仕事をしながら、夢を追い続ければいい。今活躍している「俳優」も、アルバイトをしながら、舞台に立ち続けてチャンスをつかんだんだ。社会でもまれて苦労することは、「声優」に生きると思う」
 そう彼に話したことをよく覚えている。その後、その夢がどう変わったのかは聞いていないが、大学を卒業すると日本有数の大企業に就職した。そして、今は自分のしたい仕事ができるからと、小さい規模の会社に転職し、楽しく働いている。思い出せば、高校生の時は、キャンプで話を聞いてくれてうれしかったから、臨床心理士になりたいと、彼は言っていたのだ。夢は変化するものだ。
 その彼は、毎年吃音親子サマーキャンプにスタッフとして参加している。今年は仕事の都合で参加できないと言いながら、最終日、終了間近に、子どもが生まれたと静岡から報告に来てくれた。キャンプをいつまでも大切に考えていてくれるのが、うれしかった。
 私は、成人式を迎えたとき、社会人として働いている姿が想像できなかった。音読を免除してもらってやっと高校を卒業した私が、話すことの多い仕事になど就きたいとも思わなかった。しかし、吃音を治すことをあきらめて、社会生活に出ていき、貧しさ故に就いた種々雑多のアルバイト生活の中で、どもっているからと言って、就けない仕事など何一つないということを、体験を通して確信するようになった。そして、実際に私は大学の教員になり、講義や講演をしている。不登校になっていた高校時代には、想像すらできないことだ。
 「教師になりたい」「医師や看護師、言語聴覚士になりたい」「接客や営業の仕事がしたい」。たくさんの若い人たちの就労の相談にのってきた。そして、「君の夢をあきらめないで」と言い続けてきた。苦労することは多いだろう。思い描いたような大きな成功は収められないかもしれない。しかし、自分のしたい仕事に挑戦することは、意味があり、かなりの部分それはできると考えている。
 話すことの多い、教師や、医師、看護師、消防士などの仕事に就いている私の仲間は実に多い。
 今年のキャンプに、消防士の兵頭雅貴さんが参加してくれた。「スタタリング・ナウ」で何度も紹介しているので知っている人も多かった。親の学習会では、私が彼にインタビューを80分ほどした。子ども時代のこと、「そんなにどもっていて、東京都民の命が守れるのか」と叱責された消防学校時代のこと。それでも辞めずに、消防士として働いている彼に、どんなレジリエンス(回復力)があったのか。インタビューの話を受けて、親にはグループに分かれて話し合ってもらった。グループごとの発表には、我が子を誇らしげに話すような親の姿があった。最後に、彼が「結婚しました」と報告した時には、大きな拍手が起こった。
 「僕のどもる声は、都内全部の消防署の無線に流れるんですよ」と笑顔で言う彼に、親は勇気づけられたことだろう。
 岡山の吃音相談・講演会で私と対話をした水上さんも、夢をあきらめないで、いい教師になるだろうと、参加した人たちは確信したと思う。吃音のために、可能性を自ら閉ざすことはして欲しくない。私や大勢の先輩たちはそう願っている。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/07/01

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