山形の熱い夏
今日、紹介するのは、「スタタリング・ナウ」2017.8.21 NO.276 です。この号の巻頭言を読み直し、つくづく、僕は、本当にたくさんの人に支えられてきたなあという思いでいっぱいになりました。
1975年、全国巡回吃音相談会で出会った全国各地のことばの教室の先生方には、本当にお世話になりました。ここで紹介している今田裕さんをはじめ、巡回吃音相談会でお世話になったたくさんの先生方のことは今でも、お顔もお名前も思い出すことができます。
その先生方とは、そのとき一回限りではなく、その後も、お会いすることがありました。熱い思いがつながっていたと感じられる人との出会いに、心より感謝します。
山形の熱い夏
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
1958年、仙台市立通町小学校に「言語障害特殊学級」が開設され、それが全国に広がっていく黎明期。全国各地では、新しい教育を地域に根付かせようと手探りの実践を熱く続けた先達がいた。
1965年、私は、創立した言友会で、仲間たちとの「対話」を中心とした実践を続ける中で、当初目指した「吃音を治す・改善する」は、却ってその人の人生を危うくすると気づき、「吃音を治す努力の否定」から、「吃音はどう治すかではなく、どう生きるかだ」に大きく方向転回をした。しかし、この考えが、グループのない地域でひとりで悩む人に受け入れられるのか。この検証なしに次のステップへは進めなかった。私は検証の旅に出た。
1975年、「本学の教員の伊藤伸二が全国を回ります。交通費も自費、講師料も不要ですが、会場の設定は、ことばの教室の皆さんでお願いします」。
内須川洸・大阪教育大学教授に依頼の手紙を送ってもらったものの、本当に協力が得られるのか、不安をもちながらの旅立ちだった。「全国巡回吃音相談会・悩みの実態調査」では、3か月をかけ、全国35都道府県38会場で600人との対話を続けた。そのとき協力して下さった、ことばの教室の先生方は、熱い想いのほとばしる人たちばかりだった。山形市の相談会で、ご自宅に私たちを泊め、お世話をして下さったのが、当時山形市立第一小学校ことばの教室の今田裕さんだ。
2000年夏、第29回全国難聴・言語障害教育研究協議会の全国大会・山形大会では、詩人の谷川俊太郎さんとの記念対談「内なることば、外なることば」の相手に選ばれた。谷川さんの話の引き出し役として指名されたのだが、どう話を展開するか、詩集以外の散文を買い込んで準備をしようとしたが、途中で諦めた。私の体験したこと、思いをそのままぶつけるしかない。私自身も楽しめた対談を無事終え、600人ほどの聴衆の前で、最後に歌った「鉄腕アトム」の歌は忘れられない。
私はこの夏、3回目の山形入りをした。第55回山形県言語障がい児教育研究会研究協議会のためだ。夕刻、「伊藤伸二を囲む会」に集まって下さった、山形県の庄内地区のことばの教室の先生方は、ことばの教室での教育に熱い人たちだった。ひとりひとりの自己紹介、その後の私への質問で、吃音に強い関心を持っていて下さることが伝わり、私も調子にのり、いつになく饒舌に話していた。
翌日の研修会、講師紹介後、私は昨日の楽しかった集まりのおかげでとても話しやすくなったので、用意したスライドの順番は無視して、一番最後の「ことばの教室の役割」を皆さんと一緒に考えたいと宣言した。どう話が展開するか分からない。私のいつものスタイルにできたのは、昨夜の余韻があったからだ。幸い時間はたっぷりとある。午前2時間、午後3時間が私の持ち時間だ。用意したことが伝えきれなくても、今、湧いてくる想いと、参加者との対話を大切にしようと考えた。
事前に用意した話は十分に語れなかったかもしれないが、出されていた質問には丁寧に答えたつもりで、質問に対する私の話を終わろうとしたとき、「ふたつの質問にまだ答えてもらっていません」と、質問が書かれた用紙のふたつの項目を司会者が示して下さった。参加予定者から集めた質問を大切にし、私の話をしっかりと聞いていて下さっていたことがよく分かり、とてもうれしかった。
たくさんの時間があったはずなのに、約束していた「日本語のレッスン」の時間がとれるかとれないか、ギリギリだった。短い時間だったが、ことばの教室での言語指導の理論を話して、芝居のセリフを言い合い、歌のレッスンとして、山形の民謡「花笠音頭」を、最後に歌うことができた。
翌朝は、山形市立上山小学校のことばの教室に通っている子どもたちや保護者と、事前に用意して下さった質問に答えながら対話をした。午後は、上山市内の通常学級の教員の研修会。始まったとたんに予定を変更し、知りたいことを書いてもらい、その質問にすべて答えて研修会は終わった。
一方的に話すのではなく、知りたい、聞きたいことを質問してもらい、「対話」をすることにした今回の2日間。私にはこのスタイルが合っている。
山形を離れる前、事前に連絡して下さった人のおかげで、今田裕さんと再会し、山形市にことばの教室を開設する時の苦労話を聞くことができた。
山形の夏は熱く忘れられないものになった。(「スタタリング・ナウ」2017.8.21 NO.276)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/06/28

