ちょいワルおやじたちの「私は”私”の生き方」トーク~自分に向き合うこと、「私は”どもり”」から「私は”私”」まで~

 この、ちょっとおもしろい、というか遊び心全開のようなタイトルのイベントは、2017年1月9日、東京渋谷のロフト9で開催されました。ライブハウスのようなところで、アルコールも含めたドリンク片手に楽しむ、上映&トークショーが行われました。
 オープニングは、スキャットマン・ジョンの映像と音楽、そして映画は、アメリカのどもる青年、マイケル・ターナー監督の『The Way We Talk』、2つの映像作品の後で、トークショーです。
 このユニークなイベントを企画・主催したのが、「スタタリング・ナウよこはま」の土井幸美さんと瀬川幸子さん。ビールやワインを傾けながら、映画とトークを堪能しました。そのときのトークの様子をご紹介します。ライブ感が伝わることを願いながら。(「スタタリング・ナウ」2017.4.19 NO.272 より)

 ちょいワルおやじたちの「私は”私”の生き方」トーク
~自分に向き合うこと、「私は”どもり”」から「私は”私”」まで~

 【トーク登壇者】
進行・永田浩三(ながた・こうぞう)
 主にドキュメンタリー、教養・情報番組に携わる。特に『クローズアップ現代』『NHKスペシャル』などのプロデューサーとして、NHKの看板番組を支え続けた。現在は武蔵大学教授。
 練馬区を拠点に、市民や学生たちと取材・制作した番組を、さまざまな映像祭やケーブルテレビなどで発表。また、精神保健福祉士として、自殺対策や認知症の人とともに生きる社会の実現の活動に力を入れている。

白石正明(しらいし・まさあき)
 大学卒業後、中央法規出版に入社。96年に医学書院へ。担当する「シリーズケアをひらく」は、『べてるの家の「非」援助論』(浦河べてるの家)や最新刊の『介護するからだ』(細馬宏通)など計30冊刊行中。同シリーズの『逝かない身体』(川口有美子)が大宅壮一ノンフィクション賞、『リハビリの夜』(熊谷晋一郎)が新潮ドキュメント賞、『驚きの介護民俗学』が医学ジャーナリスト賞を受賞。近作としては『ユマニチュード入門』(イヴ・ジネスト他)、『オープンダイアローグとは何か』(斎藤環)など。現在、「緊張と自由」をテーマにした書籍を企画中。

■スキャットマン・ジョンの「大きな像」

永田:せっかくの時間なので、今日は伊藤さんと白石さんにたっぷり話していただこうと思っています。いま映像作品を2つ見ましたが、最初の映像に出てきたスキャットマン・ジョン(ジョン・ラーキン)さんと伊藤さんの関わりについてお話下さいますか?

伊藤:僕は1986年に世界で初めて、どもる人の世界大会を京都で開きました。そこから国際吃音連盟を作ろうという動きになり、アメリカ、ドイツ、日本で構成する、3人運営委員会を作りました。そこにジョン・ラーキンから、「自分がこれから出すCDの印税の一部を、国際吃音連盟で、どもる人の役に立つように使ってほしい。その使い道について、みんなで考えてほしい」という提案と依頼がありました。
 インターネットにアクセスできていなかった僕を除いて、ドイツとアメリカでまず議論を始めたところに、僕も途中から議論に加わったのですが、スキャットマン基金の使い方として、世界一の臨床家を選んで、吃音治療法を開発してもらおうと話がすすんでいたんです。
 びっくりした僕は、ジョン・ラーキンに、「吃音を否定してきたあなたは、吃音を認めた、そのことだけで、人生が大きく変わった。治療をして、治療の成果で変わったわけじゃない。治療法の開発ではなく、吃音を否定せず、吃音を認めて生きる〈吃音受容〉をテーマにした研究や実践に取り組もう」とメールしたんです。そうしたら、ジョン・ラーキンが、「実は僕は、シンジ・イトウのような提案を待っていたんだ」とすごく喜んでくれて、二人ですごく盛り上がったんです。
 ジョン・ラーキンは52歳までの吃音を否定して、隠して生きていた頃のことを、「大きな象をつれて歩いていることは、周りの人から見えているのに、自分はそれを無いものかのように生きてきた」と表現しています。どもりをなかったかのように隠して、話すことから逃げた生活では、どもりの苦しさから逃れられるわけではなく、彼はアルコール依存になり、薬物依存になり、生活も苦しくなり、逃げるようにヨーロッパに渡っていきました。そうしてヨーロッパのホテルでピアノを弾いていたところ、「この曲は、ヒットするかもしれない。CDを出そう」という話が、音楽関係者からあったんです。
 その時、ジョン・ラーキンはこれまでにないパニックに陥り、ノイローゼになりました。これはどもらない人には、ちょっと想像がつかないことかもしれません。今まで貧しい生活をしていたところに、CDを出すと、お金が入ってくるし、名声が得られるかもしれない。そんなまたとないチャンスが、彼にとってはものすごく大きな危機になったんです。
 彼は、もしこのCDが売れたら、インタビューを受けたり、人前やいろんなところでしゃべらなければならなくなるかもしない。そうすると自分が今まで隠してきた、大きな象と表現していたどもりが、表に出てしまう。そのことは死ぬほど嫌だ。だからもうCDを出すのは止めようというところまで、追い込まれていきました。
 たまりかねて妻のジュディに相談したところ、「あなたのどもりなんて、誰が見たって分かるでしょう。なのに、その年になって未だに、いつまで隠し続けようと思っているの」と、きつく言われて、「そうか」と彼は覚悟し、CDのジャケットに、「吃音が、自分のこれまでの最大の弱点だった。けれども、それが最大の財産になった」と書いた。
 スキャットマンの歌をよく聞くと、どもりの連発音を想像させる歌詞やリズムが出てきますが、そういう曲を自分が作ったことが財産だと、彼は言います。ジョン・ラーキンは自分が否定してきたどもりを受け止めて、人生を大きく変えることができた。だから僕は、吃音を認めて生きるという方向に、基金を使ってほしいと考えたんです。そのようなことで共感し合ったのが、僕とジョン・ラーキンとのつき合いです。

永田:ジョン・ラーキンさんが基金を作ろうとし、それに伊藤さんが共感して進めようとするけれど、それがなかなか上手くいかなかったことについては、後でまた聞かせて下さい。

■べてるの家との出会い

永田:ところで今日はお隣に、医学書院の編集者の白石正明さんにも来ていただいています。実は白石さんも、吃音ということには近いお立場でいらっしゃると、さっき控え室で伺ったんですが…

白石:いきなりのカミングアウトですね(笑)。僕も小学校、中学校の頃、どもるみなさんと同じで音読が苦手でした。音読というのは、みんな教科書を見ていますから、次にどんなことばが来るのかを全員が知っているわけです。その知っていることばを出すというのが、苦手でした。成績は中の上ぐらいだったんですが、音読で言えなくなるたびに、自己評価は成績最下層の友だちのさらにその下に格下げされる。その情けない感覚は今でも残っていますね。

永田:白石さんは、みなさんご存知だと思いますが、医学書院の編集者として話題の本をたくさん出版しておられます。有名なのは、北海道の浦河で統合失調症を抱える人たちが、ともに生きていくことを目指している「べてるの家」を取り上げた、『べてるの家の非援助論』(著:浦河べてるの家)で、タイトルには「非援助」はつまり「援助をしない」と書いてある刺激的な本です。また『介護するからだ』(著:細馬宏通)とか、民俗学の立場から介護をみつめた『驚きの介護民俗学』(著:六車由実)もありますが、こうしたチャレンジングな本を、次々に出されています。そのキーワードは、「当事者」とか、「治療とは違う文脈で見ていこう」ということではないかと思うのですが、そのあたりのこだわりを話していただけませんか。

白石:最初に「べてるの家」に出会ったのは、もう20年以上前のことです。『精神看護』という雑誌を創刊するにあたって取材をしていったら、「北海道で儲けている精神障害者の人たちがいる。統合失調症で儲けている作業所らしい」みたいな話があって、それが商売になるのかとびっくりして、浦河に行ったのが初めです。
 浦河で行われていたのは、それを「治す」というよりも、それを「使う」と言うか、その個性を逆に商品にするという発想でした。さっきのスキャットマン・ジョンとも近いところがあると思うんですが、治さなきゃいけないと思っている人にとって、これはすごい希望ですよね。僕自身、ちゃんとしゃべらなければと思うと、よけいことばが出てこない。そんなこともあったので、「それでもいい」じゃなくて「それがいいんだ」と言ってくれるべてるが、僕自身がすごく気持ちよかったんです。気持ちよかったのと同時に、「これ、売れるんじゃないか」と(笑)。
永田:売れることも大変大事なことですよね。(笑)

■一人で悩まない

永田:先ほど見ていただいた映画のなかに伊藤伸二さんも出演しておられますが、マイケル・ターナーという一人の青年のセルフドキュメンタリーという形をとっています。あの映画の中で、マイケルが「Stuttering is the important friend(大事な友だちだ)」と言うのを受けて、伊藤さんが「special best friend]ともう一歩上げる形で答えている場面があります。マイケルの主張も、ジョン・ラーキンさんの主張も重なると思うんですが、伊藤さんは吃音で困られている方に対して、まずどんなことを話されるんでしょうか?

伊藤:今、悩んでいるどもる人の一歩先を歩んできて、いろんなことに関わってきた人間として僕が思うのは、「一人で悩んでいたのでは、絶対無理だ」ということです。21歳まで、僕は一人で考えて、悩んでいました。もう堂々巡りで、何も分からない状態です。マイケル・ターナーも25歳までは、吃音に悩んでいる自分のことを、家族にも、どもっている弟にも話せないでいました。そういう状況の中で、一人で悩んでいても駄目で、誰かに話して、他者の別の角度からの話も聞いて、対話を続けていかなければならないと思うんです。そうすることで、自分の体験の中で思い込んできたことが、実はそれは自分一人だけの世界で築き上げてきたことで、広い世の中には、もっともっといろんな吃音の豊かな世界があるんだと知ることができる。
 僕は21歳まで、どもりに深刻に悩んでいました。この深刻に悩んでいる時には、何も新しいものは生まれなかった。けれど、1965年、21歳の時に「これは性根を入れて向き合わなければいけない、大きなテーマだ」と思って、真剣に向き合った。すると、今まで見えていなかったいろんなことが見えてきました。これまではどもっていたら、人は話を聞いてくれないとか、先ほどの話ではないけれど格下げされるとか、なにかすごく下に見られると思っていたんです。
 映画の中でマイケル・ターナーは、「あなたの話し方、すてきだよ」と友人から言われ、将来、妻になる人からも言われていました。それと同じことが僕にもあって、東京正生学院という民間の吃音矯正所に行った時に、「どもりながら一所懸命にしゃべっている伊藤さんは、とてもすてきだ」と、川内瑠璃子さんという、僕にとっては初恋の人に受け入れられ、愛された。どもることも、どもる自分も大嫌いだったのに、どもっている僕を、「そのままで、自分はいいんだ」と思えた体験が、僕にとってはとても大きかった。
 なので言語聴覚士でも、ことばの教室の先生でも、学級担任でも、会社の同僚でもいい、誰でもいいから、誰か一人、「ああ、あなたはあなたのままでいいじゃないか」と言ってくれるような人と出会えたら、深刻に悩んでいた状態から、真剣に向き合う、一つのきっかけになると思うんです。一人で悩まないで、誰か一人でも二人でも話を聞いてくれる人、それで「お前は、お前でいいじゃないか」と言ってくれる人と出会えたらいいなあと、僕は心の底から思います。

■二者択一を迫られる

永田:昨日も、東京で、どもる人のワークショップをされたと伺いましたが、伊藤さんのところには、どんな方がいらっしゃるんでしょうか?

伊藤:今回の東京ワークショップに来た方は、有名な大学を出て、公認会計士の仕事をして、一般的にはすごい優秀な生き方をされています。周りから見たら、それなりの人生というよりも、成功した人生なんだけれど、彼にとっては、たった一つ「どもり」というそのことが、ある意味成功している人生を覆い隠してしまっている。これはとっても、もったいないなあと思い、昨日のワークショップで、一日、いろんな話をしていきました。
 彼との対話を続ける中で分かったことは、これまで彼にとっては、選択肢が二者択一でしかなかったことです。つまりどもりを治すか、それともどもりを受け入れるか、白か黒のいずれかしかないと思い込んでいた。彼はいろいろ調べて、吃音を治す情報も知り、僕のことも知り、僕の本をたくさん読んで、自分はどもりを受け入れる方向でいきたいと思い、僕のワークショップに来たんです。だけど、受け入れるということに対して非常に固定的な考えになっていた。つまり、受け入れるからには、もうどんなところでも、いつでも、ことばの言い換えは一切しないで、どもり続けることが受け入れることなんだと、後から振り返った時の彼のことばで言えば、錯覚していた。
 それに対して、僕は「どもりを隠してもいいし、逃げてもいいし、何もわざわざカミングアウトする必要もない。今のあなたのままで、それでいいんじゃないか。ことばの言い換えに、すごく罪悪感をもっているけれども、そんなこと全然もつ必要がないだろう」と話しました。 「どもりたくないからではなく、目の前の相手と対話をするために、話したいという思いがあって、でもどもってどうしても声が出ないので、ごまかして話したり、言い換えて話したりするというなら、そのことも含めてあなたなんだ」「ただし『どもりながら、俺は生きていく』という核は、やっぱりもっておかないといけない。それをもって、ぎりぎりまでことばを言い換えたり、ごまかしたりしながらやってみて、それでごまかしきれなかった場合は、もうまあしょうがないとどもっていく。ごまかすというから否定的にとらえることになるので、僕たちはサバイバルしていると言います。どもりながら、サバイバルしていくとは、そういうことで、今のままのあなたでいいんじゃないか」と話したら、彼は「なんかすごく楽になった」と言ってました。

白石:今の話は、すごく重要だと思います。医療の場でも、「治療するかしないか」とか、「受容するかしないか」とか、二者択一を突きつけられる。患者さんというのは、いつも「あれかこれか」と迫られる存在なんです。

永田:なるほど。

■道はたくさんある

白石:べてるの最初の本のタイトルは『べてるの家の「非」援助論』ですが、当初は『「反」援助論』にようと思っていたんです。援助に対して、援助なんてしないという方がいいんじゃないかと言いたかった。でも、それも何か息苦しいじゃないですか。だから「援助」でもなく、「反援助」でもなく、それとまったく違う場所に行った方が生きやすいという意味で「非援助」とつけたんですね。なので伊藤さんの話は、すごくよく分かります。

永田:医学書院にはいろんな本のラインナップがあります。例えば吃音についても「吃音症」という言い方で、治療しなきゃいけないものだという考え方があると思うんです。それに対して、白石さんが考えようとされているのは、治療ではなく、そういう不具合を抱えながらも生きていくことにこだわっていらっしゃるんでしょうか?

白石:うちの会社は、「治す」悪者代表みたいですね(笑)。でも、いい医学書院と悪い医学書院がありまして(笑)。とはいえ、社内では全くのマイナーです。基本的にはやっぱり「吃音症」を「治す」方向ですが、それはそれでいいと思っています。そういうのがあってもいいんだけど、それ以外の道もたくさんあることが覆い隠されてしまうのは、問題だと思っています。だから、自分としては、そうじゃない道もたくさんあるということを、自分のためにも、やってきているわけです。

■「患者」という言い方、「症」という言い方

永田:今日、この会場で配られているチラシに、3人のプロフィールが書かれていて、私のところの最終行に「自殺対策や認知症患者とともに生きる社会の実現に」とあります。本当は僕が前もって訂正しておけば良かったんですが、実は私は「認知症患者」とは絶対言わなくて、「認知症の人と生きる」という表現を、積極的に使おうとしてきていたんです。
 「認知症患者」という言い方は、やっぱり「治さなきゃいけない」、あるいは「治るもの」ということを前提としたことばだと思うんです。認知症についてはアリセプトとかの医薬品もありますが、しかしながら「治らない」ということもあります。何より「患者」あるいは「治療を受ける側の人」とレッテルを貼ることでは見えてこないことがたくさんあると思うんです。これは、吃音の場合も同じように言えるんでしょうか?

伊藤:3・4年ぐらい前から急に「吃音症」という言い方がされるようになったんです。そのきっかけは、アカデミー賞をとった『英国王のスピーチ』という映画の字幕に「吃音症」ということばが出たことだろうと僕は考えています。それまでは一般的に「吃音症」というのは、ほとんど使われることがなくて、「どもり」「吃音」ということばだけが長く使われていました。それが最近は、厚労省といった国の機関も「吃音症」ということばを使うので、それを使うことがいいことのように、学術的で専門的であるかのように「吃音症」が使われています。専門家が使うだけでなく、どもる当事者が何の抵抗もなく使い始めていることに、とても不思議な思いをしています。
 僕は「吃音症」ということばを使ってほしくないと思っています。「吃音症」と、そこに「症」がつくと、もう治さなければならないもの、大きな課題を抱えているものとレッテルを貼られていることで、自分は「吃音症」の人生を生きていくことになってしまう。これは、その人に名前をつけることによって、狭いところに押し込んでしまうということです。
 どもる人は人口の1%いると言われています。そして、これは本当に僕の仮説にしかすぎないけれど、どもりで悩んでいる人は、その中の20~30%ぐらい。あとの70~80%の人は、どもりながらそれなりに生きていると思うんです。それが「症」とつけられると、どもる人はみんな困り、悩んでいる人と位置づけられてしまいかねない。どもりの世界は、もっと広くて豊かな世界なのに。

■どもりながら豊かに生きている人

伊藤:40年以上前になりますが、僕は大阪教育大学の教員時代に講演と相談会を開くために、日本全国を巡回したんです。北海道から長崎まで、36道府県38会場で行ったんですが、その時に、すごく大きなものを得たんです。僕は自分自身がものすごく悩んで生きてきたので、どもっていたら困っている、悩んでいると思い込んでいました。だから、傲慢にもその人たちの役に立ちたいと、全国を回っていました。そうすると確かに困っている人もたくさん会場に来たけれど、実はそうじゃないという人も、それと変わらないぐらい参加してくれたんです。吃音について悩みを解消したいとの目的ではなく、吃音について話したかったんだろうと思います。
 「困った時期も確かにあったけれど、自分はこういうふうにサバイバルしてきた」と、これまでの経験を話す人がたくさんいました。「吃音で今まで悩んだことがない。それは何でかというと、お隣の仲のいいお兄ちゃんがすごくどもりながら、僕を可愛がってくれた。そのお兄ちゃんのことが大好きなので、どもりに対して否定的な感じを、僕は全然もってこなかった。何でみんなが吃音に悩んでいるのか分からない」と言う高校生もいました。そんな豊かな世界が、吃音にはあるんです。
 僕は、どもる人はみんな困り、悩んでいるはずだとの先入観をもって、講演・相談会を開いたわけです。それがガタガタと崩れて、「そうか、どもりながら豊かに、健康的に生きている人がいる。セラピーもセルフヘルプグループも何も知らなくても、地域で誠実に、自分なりの人生を生きている人は、実は多いんだ」ということを、その時に実感しました。これは大学の研究室に閉じこもっていたのでは絶対に発見できない事実です。そう考えてみると、吃音は人口の1%と言われていて、ものすごい人数になるはずなのに、セルフヘルプグループの全国組織でせいぜい1000人程度、ことばの教室に来る子どもの数も、全児童数からしたらほんとにごく一部です。もちろんそういう場に出てこられない人もかなりの数いると思います。けれど、NHKが僕たちの活動を『にんげんゆうゆう』という番組で取り上げてくださり、僕もスタジオ出演した番組の最後に、僕の電話番号が出た時、番組が終わると同時に、全国から電話がかかってきましたが、2000ぐらいです。大きく新聞で僕たちのことが取り上げられても、反応はわずかです。
 だから、案外にどもりながら豊かに生きている人が大勢いる。これはとっても実感としてあります。実際いろんなところで、「この中でどもる人に会ったことある人、手を挙げて?」と聞くと、多くの人が手を挙げる。それで「そのどもる人は、どんな人ですか?」と尋ねると、近所の魚屋さんとか、うちの会社の社長がそうだとか、高校の恩師がとか、町内会長がそうだとかとなる。それで「じゃあ、その人はどう生きてますか?」と質問すると「なんか全然平気だし、ちゃんと生きてるよ」という声が返ってくる。こういう声をたくさん聞くと、「吃音症」と位置づけられて、弱いもの、困る人、助けを必要とする者というふうに、固定的に位置づけられることが、とっても残念なことだと思います。僕はそれでは、吃音の奥の深い世界を見失ってしまうことになるんじゃないかと思います。

■変わるきっかけ

永田:白石さんが先ほどの映画の中で何か気づかれたことをお話しいただけますか?

白石:主人公のマイケル・ターナーのまわりの友だちが、みんないい奴だなあと思いましたね。めちゃめちゃいいです。一緒に車に乗っていたデニーとか、キャンプに一緒にいった人とか。なので逆に、ターナーにはなぜあんなに人を惹きつける力があるんだろうと思いました。アメリカ人ってみんなあんなにいい人ばっかり、というわけじゃないですよね(笑)。
 彼の人を惹きつける力はどこから来るのかなあと考えると、ちょっと強引かもしれないけれど、吃音というか、ちょっとした自信のない感じに、人が寄ってくるのかもしれません。あの繊細さって、最近の映画ではなかなか見ないです。ああいう独特な繊細さを映画にしたという時点で、僕はこの映画は本当に素晴らしいなあと思いました。

永田:私もほんとうに後半ぐっときちゃいました。映画の中のキヤンプの場面で、女の子が「自分に自信をもって、吃音を治すということじゃなくて、それをもちながらちゃんと生きていく。自分はこれでいいんだ」と、グループワークで気づいていくのが素晴らしいと思いました。伊藤さんは、そういうワークショップやキャンプとかをやられていますが、そこに参加する人たちが変わっていくのは、どんなことがきっかけになるんでしょうか?

伊藤:僕は、対話の力だと思うんです。同じような経験をした仲間との語り合いが大きいと思います。特徴的なことを一つお話しすると、5年生までは何の問題もなく、学校が大好きで生きてきた女の子が、6年生になって転校生が来たことによっていじめが始まって、1週間も経たないうちに、全く学校に行けない、不登校になってしまう。それから8月まで、臨床心理士やスクールカウンセラーが関わっても、彼女は頑として学校に行けなかった。
 その子が、僕たちの吃音親子サマーキャンプに来て、90分という短い時間だけれど、同学年のどもる子どもと、ことばの教室の教員、どもる成人の僕が入った話し合いに参加しました。最初、話し合いが始まった時には、硬い表情でじっと座っていた子が、どもりながら自分のことを語っていく周りの子どもたちの姿を見て、自分もしゃべってみようとなった。もちろんしゃべりたいから、彼女は遠いところからキャンプに来たんです。だけれど、そこが安全な場なのか、不登校というすごい劣等感をもっている自分が話して、蔑まれたりしないかという不安があって、なかなか話せない感じでした。でも、他の子どものが話をするのを周りが一所懸命聞いている姿に安心したのか、彼女は手を挙げて「私の話を聞いてほしい」と、話し始めました。
 「本当は私は、学校が大好きだし、友だちもたくさんいて、勉強も好きなのに、どもりのことでいじめる子がいて、それで私は学校に行けなくなっている。だけど、ここにいるみんなは、からかわれたりしながらもちゃんと生きている。同じようにどもっている人なのに、私は全然前向きに考えていなかった」。話し合いの中で、そんなに長い人生ではもちろんないですが、子どもたちのいろんな人生、語りを聞いて、どもりに逃げている自分とか、どもりを言い訳にしている自分に、たった90分の中で、気づいていく。子どもたちの力は、本当にすごいなあと、僕は思います。

■オープンダイアローグ

伊藤:その翌朝に、彼女はどもっても大丈夫という作文を書きました。そして、3日間のキャンプが終わったら、すぐに学校に行き始めました。あれほど頑固に、不登校の状態になった子が行き始めるというのは、やっぱりいろんな人の人生、考え方、体験を聞いて、それを聞きながら自分を振り返ることができたからだと思います。同時に、自分の苦しみを語る中で、「いじめている人間の名前は?」とか、「先生はどういうふうにしたのか?」とか、みんながすごく質問をするんです。それに答えることで、自分のことを語っていく中で、自分の問題が整理されて、それが10人ぐらいの話し合いの中で他の人の声も響いていって、ハーモニーとなって自分を見つめ直すことになったんだと思います。
 あれだけ頑固に学校に行けなかった子が、担任の先生が「お前たちダメだぞ」と言ったわけでもないのにすぐに、ジャングルのような危険が潜んでいるところへ、自らまた行くというこの勇気と力。学校に行けない中で彼女はとっても悩んで、苦しんだと思うんですけど、そういう苦しみ悩む中で、その悩むカが、何かのきっかけでパッと開いた時に、夫人から見れば「あの何ヶ月もの不登校の状態が、なんでこんなところで突破できるのか」と言いたくなるような子どもの力が、発揮される。だから、対話の力は大きいと思います。

永田:ああ、なるほど。

白石:おそらくそういうのは、「治療」という枠組みの中では出てこない力だと思います。今、精神医療の分野でブームになっているのが「オープンダイアローグ」です。これまで急性期はとにかく薬で鎮静して、しばらく経ってから社会復帰ということだったんですが、最近はその急性期の人のところに数人で行って、何をするかというと、単に雑談をする。話をすることによって回復させようという動きがあるんです。さっきの話で言えば、「治療するかしないか」じゃなくて、「一人なのか複数なのか」という選択肢が、大きなテーマになっているんですね。

永田:ええ、確かに。

白石:「治療しない」と言っても、一人でいては多分同じことです。仲間と一緒に何かをする場を設定できるかどうかというのが、決定的に重要になってくる。

伊藤:そうでしょうねえ。

白石:スキャットマン・ジョンも、アルコールとか薬物とか、セルフヘルプグループで回復した。吃音も全く同じで、治療関係の中で先生に何かを教えてもらって治すではなくて、そういうオープンダイアローグ的な場で、生きやすくなっていく。そういうことがメインストリームになっていくんじゃないかと思っています。

■変化はどこで起きるのか

伊藤:そのことを、北海道の浦河の向谷地さんが、僕たちのワークショップに来てくださった時に、「伊藤さんたちのやっていることが本流で、これこそがメインストリームになっていく」「夜明けは近い」「夜明けは近い」とさんざん言ってくれたんです。それで僕たちも「ああ、そうかなあ」「向谷地さんが言ってるから、夜明けは近いのかなあ」と思ったんです。
 だけど、ここ3年ぐらいで急激に、状況が一変して、吃音を発達障害支援法の対象に入れるとか、日本吃音・流暢性障害学会が「やっぱり吃音を改善すべきだ」と言ったりする。さらには「ことばの教室は、どもる子どもに対して、完全に治らないまでも、その子が納得できるまで吃音を改善すべきだ」という声が、ばっと拡がってきた。そのことに対して、僕はすごく危機感をもっていますが、お二人はどんな感じに思われますか?

白石:医学書院の責任ですかね(笑)

永田:これは例えばスピーチセラピストですが、さっきのマイケル・ターナーさんの映画の中にも出てきました。スピーチセラピストの方が、プロフェッショナルとして。よかれと思って、いろいろやっておられるんですね。

白石:映画に出てきたスピーチセラピストの人は、深みがあってよかったですね。つまり、「診察室の中では上手くいくけれど、外に行くと使えない」みたいな話があったじゃないですか。

伊藤:ちゃんと、言ってますね。

白石:ああいうふうに言えるスピーチセラピストならいいと思うんです。でも、彼のようにメタ的に自分を見ることができない人たちが、専門家としてどんどん増えているというのは、確かにあると思うんです。むしろ、そこが問題なのかなあと思います。

永田:なるほど。

伊藤:僕は、吃音というのは、スピーチセラピストやことばの教室の担当者が、訓練室やことばの教室といった小さく構造化された、閉じた状況の中だけで取り組むべきものでは絶対ないと思うんです。一対一で、セラピストが関わって訓練するのは、自分一人の世界で音読練習するのと、なんら変わらない。専門家はこういう構造化された中ででも、少しでも症状が軽くなれば、それはそれでいいと言う。そこには、それがその人の人生にどう影響していくかという視点がぜんぜんなくて、半年なら半年、一年なら一年、自分の関わっている期間内での症状が、治療前はこうだったのが治療後はこうなったという、その数値の変化に満足している。非常に強いことばで言えば、このスピーチセラピーの世界は、自己満足の世界だと僕は思うんです。
 だけれども、僕たちは人との関係の中で苦しみ、緊張する場面、不安な場面で苦しんできたんです。だから、その不安や緊張する場面にあえて出て行って、そこで勇気を出して対話したりする中でしか、吃音は変化をしないと僕らは思うんです。

白石:訓練の基本的発想って、「個人の力で上手く出来てから、その後に外に行ってやってみなさい」じゃないですか。でも、個人の力でやる方がよっぽど難しいと思うんです。外に出れば、キュー(合図)がいっぱいあって、そのキューに従ってしゃべった方がよっぽど楽なんです。たとえば外に出て、知っている人から「こんにちは」と言われたから「こんにちは」と返す、というように。それを自分の中でキューを作って、自分でしゃべるっていうのは、原理的に一番難しい作業なんですよ。
 その一番難しいことを最初にさせて、それができないなら「ずっと病院にいなさい」という世界なんですね。精神科病院でも、SST(ソーシャル・スキル・トレーニング)などをやって、上手にしゃべれたら外に出なさいとなるん。でも、「一人でしゃべる」って本来ありえない状態じゃないですか。そんなことができるなら、外に出たら普通にしゃべれるわけで、そういう倒立した関係になっているんです。そういうあり得ない設定を無条件に引き受けてやってるスピーチセラピストも多くて、それがむしろ問題なんじゃないかと思います。

伊藤:そうだと思います。(つづく)

☆『The Way We Talk』(日本語字幕付き)のDVDをご希望の方は、郵便局に備え付けの郵便振替用紙で、1500円(送料を含む)をご送金下さい。
 加入者名 日本吃音臨床研究会
  口座番号 00970-1-314142

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/06/13

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