2016年度 第19回ことば文学賞

 2016年度、第19回ことば文学賞の作品を紹介します。どもる人の体験は、同じようでいて、ひとりひとり違います。そのときの状況にふさわしいことばを選び、そのときの気持ちにぴったりのことばを選んで、体験を綴っていきます。これまでに積み上げられた体験は、本人にとって、また現在悩みの中にいる人にとって、そして将来読むであろう若い人にとって、大切な宝物になることでしょう。
 このときのことば文学賞受賞発表は、大阪吃音教室の講座の中で行われました。
 珍しいのですが、詩の形をとっている作品を紹介します。

2016年度 第19回ことば文学賞

  言葉を借りる
                         鈴木真司(26歳 児童指導員)

私は言葉を借りて話している。
言葉は、私で作ったものではなく、
   誰かが作ったもの。
だから、私は言葉を借りて話している。

ところが、言葉を貸してくれる人は、たまにいじわるだ。
言いたい場面で、言いたい言葉を貸してくれない。
今、その言葉が欲しい、というときに限って
言葉を貸してくれない。

人に会ったとき
「おはよう」を貸してくれない。
人から親切にされたとき
「ありがとう」を貸してくれない。
人を労いたいとき
「おつかれさま」を貸してくれない。

私は言葉を作れないし、
貸してくれるまでの時間を止められない。

だから、私は決めた。
急がないことにした。
その場面で、その言葉を、借りなくても良い。

少し時間をかけても良い。
違う言葉を借りても良い。
言い淀んでも良い。
何なら、言葉でなくても良い。

伝われば良いのだから。
表現すれば良いのだから。

【作者の感想】
 最優秀賞をいただき、ありがとうございます。
まさか私が賞をいただけるとは思ってもみなかったので、受賞に関してはうれしさよりも驚きの方が大きいです。
 この詩はタイトルから書き始めました。以前「言葉を借りる」という言い回しが妙に耳に残り、「言葉」が「借りるもの」であるなら、私たちがどもる状態というのは、まるで言葉を貸してくれる何者かに「いじわる」されているみたいだと感じ、詩にしました。また、ことばの貸し借りのお話なので、「吃音」や「どもる」といった言葉を使わずに作ったのがこだわりの一つです。
 吃音のことを文章にし始めたのは大阪吃音教室に来てからのことです。文章にすることで自分の吃音を冷静に捉え、気持ちに余裕を持って向き合うことができるようになったと実感します。
 これからも、このような機会には積極的に参加・応募し、そのたびに吃音と向き合うことで自分と吃音との良い関係を築いていきたいと思います。

【選者コメント】
 選者に原稿が送られてくる時、作者の名前は伏せられている。誰の作品か分かるものもあるが、この作品の作者は全く想像できなかった。鈴木真司さんとは意外だった。
 タイトルの「言葉を借りる」がいい。「ことばを貸してくれる人」は言いたい場面で言いたい言葉を貸してくれない。この表現は吃音に悩んだことのある人なら、共感できることだが、「どもるために言いたいことが言えない」のような直接的な表現でないところが、吃音の世界を奥深くさせている。最優秀にふさわしい作品だった。
 言いたい言葉をどもりそうだなと思ったら、瞬時に意味のよく似たことばに言い換えたり、少し間をとったり、主語と述語を入れ替えたり、微笑んで会釈をしてあいさつに変えたり、言いやすい言葉を前につけて、その勢いで話したり、どもることを認めることができなかった頃は、それらのことが、自分をごまかしているような気がした。
 だが、どもる覚悟を決め、どもりと共に生きていこうと考えるようになってからは、それらのことが、どもる自分が生きていくための小技となり、それをサバイバルと呼ぶようになった。同じことをしていても、意味づけが全く違う。
 この詩には、そんな大切なことがギュッと凝縮されている。余分なものをそぎ落とし、煮詰めて得られたエッセンスのようだ。難しいことばを使わず、思いにふさわしい言葉を選び抜いている。
 そんな中での「いじわる」されているみたいだという比喩が、おもしろい。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/06/07

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