「どもり」は不適切な表現なのか

 仲間のことばの教室担当者が、6月2日付けの毎日新聞を送ってくれました。
 そこには、〈教職員の吃音研修に地域差〉というタイトルの記事が掲載されていて、その中に、『吃音に関する研修教材の内容の中に、最新の知見と異なる記載や「どもり」といった不適切な表現が含まれる例があった』と書かれていました。
 僕の仲間のことばの教室担当者は、そこにひっかかったようです。なぜなら、彼は、ことばの教室で、日常的に「どもり」ということばを使って学習し、子どもたちも保護者も使っているからです。僕たちが制作し、全国のことばの教室で使ってもらっている『学習・どもりカルタ』は不適切な教材にされているのでしょう。「冗談じゃない」と僕は思います。
 どもり、吃音、吃音症。いろいろな呼び方がありますが、僕は、映画監督の羽仁進さんが『放任主義』(光文社 KAPPA BOOKS)の中で、「どもりの子は、『どもり』と呼べ」と書いていたように、「どもり」を日常的に使いたいと思います。
 僕が、吃音と上手につきあうために知っておきたい基礎知識として書いた文章の中に、〈どもり、吃音、「吃音症」〉という項目があります。その記述に、手を加えたものを紹介します。

どもり、吃音、「吃音症」
 私は、悩んでいたとき「どもり」も「いもり」も「やもり」も嫌でした。しかし、どもりは誰もが知っていたことばで、書籍のタイトルも、『どもりの話』(神山五郎・内須川洸、東京大学出版会)、『どもりの相談』(内須川洸訳、日本文化科学社)、『子どものどもり』(平井昌夫ほか、日本文化科学社)でした。ところが、かつて部落差別が社会問題となったとき、これまで使っていたことばも、放送禁止用語としてメディアが自己規制し、「吃音」が使われるようになりました。
 「吃」は、吃音以外では使わない漢字なので、一般の人はあまり知りません。メディアでも教育場面でも「どもり」を使わなくなったために、どもることが「吃音」だということを30歳まで知らなかった人がいます。最近は反対に、「どもり」ということばを知らない子どもや教師が増えてきましたが。
 なぜメディアでは「どもり」を使わなくなったのか。かつて、「どもり、どもり」とはやしたてたり、からかわれて嫌な思いをした人がいたからでしょう。しかし、「どもり」ということばそのものに差別的な意味合いはありません。ことばとは、その人がどのような意図で、どのような場面で、どのような表情で使うかによって、どのようにでも変わります。
 差別的な意図のない「どもり」まで差別用語だとされてしまうと、子どもの頃、自分のことを、「どもり」としか言ってこなかった人間は困ってしまいます。映画監督の羽仁進さんが、どのような意図で「どもりの子は、『どもり』と呼べ」と書いていたのかわかりませんが、私たちの仲間のことばの教室の多くの教員は「どもり」を何の躊躇もなく使っていますし、子どもたちも『学習・どもりカルタ』を教材に楽しんでいます。
 一方、「どもる」は動詞で言い換えができないので、メディアでも広く使われてきました。それが、最近、「どもる」さえも、「つまる」「つっかえる」と表現されるようになり、ますます「どもり」「どもる」が消されてしまいそうです。「どもり」も「どもる」もメディアでも教育の世界でももっと使ってほしいと、私は願っています。「どもり」を死語にしたくないのです。
 一方、「吃音症」は厚労省が使ったために広まり、「症」がついて病気、治療、支援の対象と意味づけられました。「吃音症」の方がよほど差別的な表現です。「症」は病気につけられるものですが、私は吃音を病気や障害だとは考えていないので、「吃音症」と言われる方がとても嫌な気持ちになります。子どもが吃音を病気だと思っていないのに、「君は吃音症だね」と言われれば、嫌な気持ちになるでしょう。嫌な気持ちになるのなら、「吃音症」は立派な差別用語だと言えると私は思います。たとえば、どもる子どもに対して、差別的な表情で、「吃音症、吃音症、おまえ、吃音症だろう!」と言えば、これは立派な差別用語になるでしょう。場面、表情、すべてが総合されて、ひとつの表現になるわけです。ことばとはそういうものです。
 文学や演劇のテーマ、たとえば、どもりの絵師又平と又平がしゃべれない分を補ってあまりある人一倍おしゃべりのお徳との夫婦愛を描いた、歌舞伎の人気演目『傾城反魂香(けいせいはんごんこう)』に登場する「どもり」を、「吃音症」として病気であるかのような狭い世界に閉じ込められるのは残念です。歌舞伎で「吃音症」のことばが飛び交えば、それこそ異様な世界になってしまいます。
 私たちは、「吃音」も「どもり」も自由に使いたいと思います。
 吃音は、ことばが頭に思い浮かばないわけでも、話すのが下手なわけでも、発声・発語器官に障害があるわけでもないので、言語障害というのも変です。話し方に特徴がある、発声・発語マイノリティー(少数派)に過ぎないと私は思います。

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2026/06/04

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