ああ、思春期

 僕の学童期、思春期は、吃音にとらわれ、吃音に振り回された、今から振り返っても、本当に情けない、みじめな時間でした。どもりが治らないと、自分の人生はないと思い詰めていたのです。
 エリクソンのライフサイクル論に出会って、僕のセルフヘルプグループの活動が、実は学童期や思春期のやり直しだったのだと整理ができました。学童期、思春期の子どもたちに何ができるか、は、そんな僕にとって大切な課題です。
 今年の親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会のテーマは、「どもる君へ いま伝えたいこと」。それぞれの伝えたいことを出し合いましょう。
 「スタタリング・ナウ」2017.2.20 NO.270 より、巻頭言を紹介します。

  ああ、思春期
                      日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 「どもっている間は仮の人生で、本当の人生はどもりが治ってから始まる」
 このように本気で考え、勉強も、仲間との語らいや遊びも、スポーツにも身が入らなかった。どもるくらいなら話したくないと、学校の音読や発表はできる限り逃げた。家庭でも学校でも必要最小限の会話で済ませ、吃音の中に閉じこもった。
 どもることで友達からからかわれたり、いじめられたりした記憶はない。ただ、小学校・中学校・高校と教師は無理解で、嫌な体験のエピソードがいくつも思い浮かぶ。私を理解しようとした教師は皆無だった。友達からよりも、教師からの「おまえはだめな人間だ」との烙印が、私には大きなダメージになったのだろう。
 それにしても、なぜここまで吃音を否定し、「どもりが治ること、治すこと」にこだわったのだろうか。それは、1960年頃の社会の支配的な物語、「どもりは治る、治すべきだ」とのドミナントストーリーに強く影響されていたからだと思う。
 当時、民間吃音矯正所は、吃音の苦悩や悲劇ををあおり、「どもりは必ず治る」と宣伝した。治った成功体験者の声が、書籍、新聞、週刊誌などでたびたび紹介された。吃音に悩み始めたころに見た週刊誌や新聞での「どもりは必ず治る」の情報は、どもりが治る夢を持ち続けることができる、私の生きる支えにすらなっていた。「吃音とともに豊かに生きる」などの主張や記事は全くない中で、どもりが治ってからの人生を、当時の私たちが夢見たのは、当然のことだったのだ。
 私が、心理学者E・H・エリクソンのいう、思春期の課題である「自己同一性形成」ができなかったのは、その前段階の学童期に、勤勉性よりも劣等感が圧倒的に勝ったためだ。この苦悩の学童期・思春期を送った私でも、やり直すことができたのは、「どもりを治すべきだ」を手放し、「どもっていても大丈夫」と自分の人生と吃音のストーリーを書き直すことができたからだ。いつまでも、「吃音を治す・改善する」にこだわっていたら、今の幸せな私はいない。
 教師の不当な扱いのために、人間不信に陥っていた私は、エリクソンの発達課題の第一段階である基本的信頼から始まり、自律性、自発性、勤勉性、自己同一性へと、時間をかけて、もう一度、階段をのぼるように課題を達成していった。今、学童期・思春期を生きる子どもたちに、私の吃音の悩みの体験、そこから息を吹き返してからの私の生き方が、多少なりとも参考になれば伝えたい。
 『どもる君へ いま伝えたいこと』(解放出版社)は、学童期・思春期の子どもに直接語りかける対話形式で書いた。この1月、渋谷での「映画の上映とトーク」のイベントの時、この本をバイブルのように子どもが大切に読んでいると、話しかけて下さった両親と子どもがいた。また、吃音親子サマーキャンプや、島根、岡山、静岡、群馬、沖縄などでのキャンプでは、直接、学童期・思春期のどもる子どもと対話を続けることができる。私の苦悩の体験も無駄ではなかったのだ。
 2016年度全国公立学校難聴・言語障害教育研究協議会全国大会が島根県で開かれた。これまで何度も吃音分科会の助言者をしているが、今回初めて、中学生の実践が報告された。島根県は中学校にことばの教室が設置されている数少ない県だ。思春期のどもる子どもとのつきあいは難しい。電話相談で、吃音親子サマーキャンプをすすめても、親は乗り気になるが、中学生が参加することはあまりない。幼児期・学童期、話題にせず、否定してきた吃音に、思春期に初めて向き合うことはとても難しいのだ。
 今回報告されている中学生は、「どもる自分は駄目だ。手術してでも治したい」と悩んでいたが、島根スタタリングフォーラムで「今は吃音が僕の長所だから」と堂々と語る先輩に出会い、「先輩のような人になりたい」と、通級をためらっていた中学校のことばの教室の指導を受け始める。先輩や、一所懸命関わってくれる、ことばの教室の教師との対話を続けることで、彼は変わっていった。
 難しい思春期を乗り切り、大人へと成長するために、幼児期・学童期・思春期に私たちに何ができるか、子どものライフサイクルを見据えて考え、実践を続けていきたい。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/06/02

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