私の人生を変えた三日間
吃音親子サマーキャンプに参加するどもる子どもやその親が、吃音親子サマーキャンプという場で変わっていくだけでなく、スタッフとして参加する成人のどもる人やことばの教室の担当者や言語聴覚士も、この3日間で変わったと言う話をよく聞きます。参加する誰にとっても、心揺さぶられる3日間だということでしょう。
「スタタリング・ナウ」2017.1.22 NO.269 より、2016年、第27回吃音親子サマーキャンプの様子を紹介します。それと、沖縄での吃音キャンプに参加した感想もあわせて紹介します。
私の人生を変えた三日間
大阪スタタリングプロジェクト 藤岡千恵
◆自分が元気になる「事前レッスン」
7月下旬。大阪、谷町九丁目のお寺「銀山寺」で開催される、吃音親子サマーキャンプ(通称サマキャン)に参加するスタッフのための事前合宿に、今年は21名のスタッフが集まった。
私は、この報告を書くために、サマキャンのしおりの参加者名簿を眺めた。一緒に過ごした顔が次々と思い浮かび、思わず頬がゆるんだ。
私がサマキャンに参加するようになったのは4年前の2012年。それから毎年参加している。夏休みの話をする時などに、職場の人や知人にサマキャンのことを伝えるが、私の話を聞いた人が驚くのは、「参加者約140人のうち、3分の1がスタッフ」「スタッフが7月に1泊2日で事前合宿をする」「合宿の大半はスタッフが見本で演じる劇の練習に充てられる」だ。この劇の練習はサマキャンにとって大きな鍵を握っている。サマキャンのメインイベントのひとつが、子どもの劇上演とその練習だ。
小学2年生の学芸会でセリフのある役を外されたことから吃音に悩むようになった伊藤伸二さんが、「子どもたちには同じ思いをしてほしくない」「表現することの楽しさ、気持ち良さを体験してほしい」との思いから、キャンプのプログラムに劇を取り入れたと聞いた。初日の夜にスタッフが見本の上演をして、そのあと4つの生活グループに分かれて最終日の本番まで練習を続ける。これから劇の練習を始める子どもたちにとって、スタッフの上演はとても重要な役割を持つ。事前レッスンで自分が実際に演じて苦労したこと、発見したことなどを子どもたちに伝えることができる。
事前レッスンは、車座になり一人ずつ自己紹介するところから始まる。大阪吃音教室のメンバーだけでなく、ことばの教室の教員や言語聴覚士の方も参加している。長年サマキャンを支え、定年退職されている方も少なくない。この自己紹介は「今年もサマキャンの夏が始まった」と背筋が伸びる瞬間だ。そして最初のウォーミングアップ。ジャンプしたり、からだをのばしたりして、緊張しているからだとこころをほぐしていく。ペアになったり、グループになったりしながら声のアプローチも加わり、最初はガチガチだった私の体も、だんだんとゆるんでいくのを感じる。
サマキャンの劇の演目は、演出家の竹内敏晴さんが宮沢賢治の作品や、世界の児童文学をサマキャン様にアレンジされた脚本を毎年書いて下さる。2009年に竹内さんが亡くなられてからは、京都大学大学院生の時代から吃音親子サマーキャンプに参加されていた渡辺貴裕さん(東京学芸大学大学院准教授)が竹内さんの跡を継ぐ形で、劇の指導をして下さっている。竹内さんの遺産の脚本から渡辺さんが今年選んだ演目は「ライオンと魔女」。「ナルニア国物語」と聞くと聞き覚えがあるが、私はこの事前レッスンで物語の内容を知った。ウォーミングアップのあとに台本が配られ、しばらく台本を読む静かな時間がある。そのあとに配役を決めずに物語の内容をつかむためにも、皆がいろんな役を担当するかたちで劇の練習がスタートする。
サマキャン1年目の時は、体験すること全てが初めてで、驚きと戸惑いと感動の連続だった。劇の練習も「ここまで丁寧に練習するんだ」とワクワクしながら参加した。セリフやからだの動き、表現の仕方など、渡辺さんの指導が入りながら、一つひとつの場面を丁寧に進めていく。
サマキャンの劇を体験できることはとても楽しみだったものの、「人前で決まりきったセリフを言う」「役を演じる」ことは、どもりの悩みから解放された私でも最初はとても緊張した。けれど、亡くなられる前に何度か受けた竹内敏晴さんのレッスンで、歌うことの楽しさ、体や声を使って表現することの気持ちよさを味わっていたので、この劇の練習も楽しみだった。そしていざ、劇のレッスンがスタートすると「演じることの照れくささ」の壁が私の前に立ちはだかった。参加していた人たちは演技派、個性派、自然体など様々だったが、1年目の私は「表現したくても自分を解放できない」葛藤があった。「恥ずかしい」「照れくさい」は自然な感情で、否定するつもりはないが、サマキャンを経験することに「この練習の向こうに、サマキャンの子どもたちがいる」ことを意識するようになった。「どもりたくない」「演技をするのが恥ずかしい」と時に躊躇する子どもと向き合って、一緒に物語の世界を味わうためには、自分が恥ずかしがっている暇など、本当はないのだ。
どんな役でも情感たっぷりでユーモアあふれる「演技派女優」のベテラン西山佳代子さんのように演じられたらどれほど気持ちがいいのだろうと、いつも思う。「上手に演じたい」「演じることを楽しみたい」「表現力を磨きたい」。そういう欲もありつつ、サマキャンで出会う子どもたちとの時間を想像しながら私は劇の練習に入っていく。
事前レッスンの楽しみのひとつが夜の銭湯だ。会場はお寺なので、お風呂には歩いて10分ほどの街の銭湯に足を運ぶ必要がある。参加している人たちと連れ立って、風情ある石畳を抜けて銭湯へ向かう。お風呂の後にはスタッフの打ち合わせがあるため、ゆっくり湯船につかる時間はない。慌ただしくも一緒に劇を練習している人たちとおしゃべりしながらお風呂に入る。男湯からはいつも伊藤伸二さんの楽しげな声が響く。詩吟で鍛えられた伊藤さんの声はよく通るのだ。ある年は、劇のレッスンが長引き、お風呂の時間が10分ほどしか取れなかった。これまで経験したことのないスピードで体を洗い、髪の毛を乾かす時間もままならない。こんなスピードでお風呂を出られたことが信じられないまま慌ただしく銭湯を出たが、今思うと良い思い出のひとつだ。
夜の打ち合わせは2時間くらい。1泊2日の合宿のうち、たった2時間ということも、1年目の私には驚きだった。その時の打ち合わせで伊藤さんが「たいていこういう企画の時は打ち合わせに時間を取るけれど、サマキャンでは綿密なスタッフの打ち合わせをしない」と言われていた。サマキャンではスタッフも40人を超える大所帯となるが、皆、自分の役割を見つけて動く。新米スタッフは右も左もわからないなりに、誰に言われるわけでもなく他のスタッフの動きを見ながら動く。
サマキャンに参加するとわかることのひとつが、たくさんの大人の目で、子どもを見守っていることだ。サマキャンは厳密な規則を作っていないため、子どもも大人も主体的に3日間を過ごす。窮屈なキャンプにしないための、伊藤さんと溝口さんの思いもあるだろうが、この自由さがお互いを見守る原動力にもなっていると思う。サマキャンのおおらかさと人への信頼。実際にサマキャンを体験すると、事前の綿密な打ち合わせに必要以上の時間を割かないこともうなずける。
事前レッスンも2日目になると、大人が演じる見本の劇も完成度が上がっている。毎年感じることだが、1泊2日のレッスンを終了して銀山寺を出る時、ここに来る前よりも元気になっている自分のからだに気づく。体の底からエネルギーが湧いてくる感じ。ここで過ごす2日間は、真剣な中にいつも笑いがある。その空気の中で、声を出し、歌をうたい、物語の世界に入り、表現を楽しみながらからだと声にアプローチをする。仲間の声、表情、表現も、大きな刺激として私の体に入ってくる。なかにはどもってなかなかことばが出ない人もいるが、ことばが出ない沈黙の時間も皆で味わう。どうすればことばが出やすいか、からだや声にアプローチする。その人のことばがブロックして時間が止まる瞬間は思わず私の息も止まり、その人がゆるんで声が漏れると私の力もゆるむ。その瞬間は私も自分ごととして一緒に味わっている。事前レッスンに参加しているのはどもる人だけではない。ことばの教室の教員や言語聴覚士の方も参加している。どもる人やどもらない人が入り混じっているからこそ、彩りあざやかな世界になっているのだと感じる。自分が息を吹き返すような事前レッスンの2日間も、私の大切で大好きな時間だ。
◆そして当日
事前レッスンからサマキャン当日までは、だいたい3週間ほどあり、本番まで自分の役の完成度を各自で高める。1年目の年、私はナレーターを担当した。当時の事前レッスンの夜、銭湯に向かう道で私は伊藤伸二さんに「ナレーターのセリフが、思っていた以上にどもって焦っています」とこぼした。すると伊藤さんは「いつもの藤岡さんやん」と笑った。さらに「わざとどもる必要はないが、どもる時はどもるままがいいよね。スタッフが全員、どもらずに見本の上演をしてしまったら、子どもたちがキツいでしょう。どもる大人がどもりながら一生懸命演じる姿は見ている子どもたちに勇気を与えると思うよ。藤岡さんはどもるそのままがいい」と言った。この時の伊藤さんとの会話から、どもる私がどもるまま表現することの意味を意識するようになった。”どもるそのままがいい。それによって勇気づけられる人がいるかもしれない”。それは私にとってこれまであまり感じたことのない感覚だった。
今年の私は、子どもと劇の練習をする時のウォーミングアップも楽しみたいと思った。ウォーミングアップでどれだけ「からだとこころ」が解放されているかは、その後の劇の練習にも大きく影響する。なにより事前レッスンを終えて、自分が元気になっているあの感覚こそが私にとって本物だと思った。渡辺さんに教えてもらったウォーミングアップやアプローチ、竹内さんのレッスンや伊藤さんのボイストレーニングなど、今まで体験したことを思い出して、これらを子どもたちと一緒に声を出すことを楽しみたいと思った。サマキャン当日まで、どんなことができるか、自分なりに考えて、歌ってみたり、紙に書き出したりして、子どもとの時間を想像するのも楽しかった。
そんな風に過ごし、サマキャンまでの3週間、私は日ごとに楽しみな気持ちが高まっている。そのためか当日の朝に家を出る時「ああ、これでサマキャンが終わるんだ…」というさみしさがわいてきた。でもせっかくのサマキャン、始まる前からさみしがっていたらもったいない。「サマキャンの一瞬一瞬を味わおう」と、これから始まる3日間を思い、駅に向かった。
サマキャンが開催される滋賀の河瀬駅までは、例年と同じく今年も大阪駅のホームで溜彩美さんや平松紗穂さんと待ち合わせて快速に乗り込んだ。今年は参加されなかったが、これまではここに村田朝雅さんや冨田森絵さん、今は子育て中の林佳代さんや上殿香緒里さんもいた。電車に乗り込んで早々、大きなバッグを網棚に乗せ向かい合わせのシートに座り、吃音や仕事のこと、プライベートのことなど話す。私は2人に「サマキャンのことを職場の人にどう説明している?」と聞いてみた。私が人にサマキャンのことを伝えると、「キャンプファイヤーをしたり、カレーを作ったりするんですか?」というところから聞かれる。「一般的なキャンプではなくて、全国から吃音の子どもが集まってきて3日間、劇の練習や話し合いをする」などサマキャンの内容について丁寧に説明するのだが、いつも説明が長くなるので、何かいい表現はないかと思っていた。
それを聞いた平松さんが「私は『吃音の子どもたちとの合宿』と伝えていますよ」と言った。「全国から、吃音の子どもや親、吃音にかかわる人たちが集まってきて、みんなで吃音を考える日」「自分にとって大切な日なので、仕事を休ませてほしい」と上司に伝えているのだという。「吃音を考える日」「私にとって大切な日」。とてもシンプルで本質を押さえた平松さんの表現、そして彼女がサマキャンを大切に思っている気持ちが伝わり、私は胸がいっぱいになった。平松さんのこの表現、私も自分なりに使わせてもらおうと思った。
3人でおしゃべりをして、持ち込んだランチも食べ終わりお腹も満たされた頃、電車は河瀬駅に到着。ホームに降りた瞬間の緑を含んだ空気と、都会とは違うセミの鳴き声に「今年もここに来たんだな」と気持ちが沸き立つ。改札を出ると、東野晃之さんをはじめとするスタッフのメンバーや、遠方から集まった家族の顔を見てホッとする。ここ数年は、鈴木尚美さんの後を継いでシーツ係の役割もあるため、私たちは他の参加者より早めに会場へ入る。自然の家で荷物を下ろしたあとは準備が始まり、ここからは3日間をノンストップで駆けぬける。
シーツや荷物の運び込みなど、ある程度準備が落ち着いた頃、集会所では、参加者が揃ってオリエンテーションの開始を待っている。学校の体育館のような集会所は、初日は不安と緊張、ワクワクが入り混じった空気で熱気に満ちている。集会室でオリエンテーションを受けたあとはすぐにスタッフの顔合わせと打ち合わせが行なわれる。今年のサマキャンのスタッフは44人。44人がひとつの部屋に車座になっている姿は圧巻だった。ベテランスタッフ、中堅スタッフに加え、毎年新しく参加するスタッフもいる。今年は山形、沖縄から新しいスタッフが参加した。お一人、パイプイスに座っている松葉杖の方が気になった。その方は山形から来られたことばの教室の先生で、直前に足を怪我されたとのことだった。そんな状況であっても遠く山形から初めてのサマキャンに参加するために滋賀へはるばる来て下さる方がいる。そのことに私は胸が熱くなった。
そのスタッフの打ち合わせの後、じゅうたん敷きの全員が見渡せるこの小さな空間にサマキャン参加の全員が揃う。今年初めて参加する親子、久しぶりの人、髪型が変わった子、背が高くなった子…。いろんな顔が今年も揃っている。溝口さんに名前を呼ばれた家族やスタッフが立ち上がり、皆に顔を見せる。一人ひとりの顔を確認しながら、これから始まる3日間に私も気持ちが引き締まる。
◆信じる力
サマキャンのメインのひとつは「話し合い」の時間。これは、初日と2日目の2回、計3時間半ある。今年、私は小学2年生の話し合いに加わった。最初に全員が自己紹介をしたあと、すぐに本題に入った。「誰かにどもりのことを伝えている?」の問いに、今回の話し合いメンバーのひとり山根君は「クラスメイトに伝えている」と答えた。山根君の話はこうだった。
クラスで真似されて笑われたことがあり、担任の先生に伝えた。それを受けて、担任はクラスの皆に自分のどもりについて話してくれた。その時、皆、静かに話を聞いてくれた。
それを聞いたスタッフのことばの教室の先生の溝上茂樹さんが「たいていはまず親に話すと思うけど、山根君は、どうして最初に先生に言おうと思ったの?」と聞いたところ、「先生に言うのが一番いいと思った」という答えが返ってきた。その後、他のクラスの子が山根君のどもりを真似してからかった時に、同じクラスの子が「山根君はどもるから真似しないで」と言ってくれたのだという。
こんなことを書くと子どもに失礼かもしれないが、私は話し合いの時間「これが小学2年生?」と驚いた。これまでもサマキャンのスタッフ会議で、小学校低学年の子どもたちの発言について聞く機会もあり、私がこれまで持っていた子どもへの考えが変化した。吃音のことも、人間関係も、自分の考えも、自分なりに持っていること、それを伝えられること、小学校低学年ですでにこういう会話ができるのだと驚いた。
私がサマキャンに参加する前、伊藤伸二さんが「ちいさな哲学者たち」という映画を教えてくれたことがあった。フランスの教育優先地区にある幼稚園で3歳児と4歳児の授業に2年間、哲学を取り入れるという試みが2007年から行われた。その語りの様子を追ったドキュメンタリー映画だった。「愛とは」「生きるとは」「結婚」「死」など人生のあらゆるテーマについて語り合う映像に衝撃を受けた。最初はリードしていた教師だが、後半になると教師はほぼ聞き役で話し合いも子どもたちがリードしていた。この年齢で自分のことばで人生のテーマについて語ることができることに驚いた。伊藤さんがサマキャンの世界と似ていると紹介された記憶があるが、それがサマキャンの場で、目の前で起こっていることに私は心が揺さぶられた。
私がこの話し合いで感心したのが、山根君がもつ「自分を助ける力」だ。こういう状況に直面した時、私は、山根君ほどまっすぐ人を信じられるのか自信がない。山根君は自分なりに悩んで考えた結果、まず担任に相談した。担任も彼の話を受け止め、行動として返してくれた。クラスメイトに対しても山根君は「みんな”ちゃんと”聞いてくれた」という表現をしていた。彼にとって担任もクラスメイトも信頼できる存在。人を信じる力、伝えるべきことを自分から伝える力を持ち、自分が安心して過ごせる環境を自らの行動で作っていける山根君。すでに自分を助ける力を力強く持っているところが、彼のすごいところだと思う。
この話し合いで印象的だったことがもうひとつある。1日目の話し合いで「どもりを真似されたことはない」と答えていた吉田君が、2日目に「僕が真似された時は、悲しくて家に帰りたくなった」と話したことだ。山根君の話を聞いているうちに自分の体験も思い出したのか、山根君の影響で話そうという気持ちになったのかはわからないが、話し合いの中で2人がお互いに影響し合っていることなのだろうと感じた。2人がお互いの話に反応し、共鳴し、影響を与え合っている。同じテーマを持っている仲間と語る、これがサマキャンの話し合いの大きな特徴のように思う。
◆劇の魅力
サマキャンのメインのもうひとつが劇の練習だ。サマキャンでは大人が演じた見本から、子どもが演じる本番までの間に、様々なアレンジが生まれる。そのアレンジが生まれる瞬間に出会えることもうれしい。どもって言いにくいセリフを少しでも言いやすくするために、振りを変えてみたり、方言にしてみたり、セリフをアレンジすることもある。ことばの面以外でも、より観客に伝わるようにするため、物語の世界を豊かにするためにやりとりを考えるうちに生まれるアレンジもある。
今年は同じグループの角田さんのアレンジが素敵だった。1回目の劇の練習の後に、荒神山のウォークラリーで山道を歩いていた時、角田さんが「コマドリの役をやってみたい」と教えてくれた。私たちが担当する場面のコマドリは、危険を知らせるために登場し、セリフを言ったあと舞台袖へ消えていくというもの。角田さんは、習っているバレエの表現を生かしてコマドリのシーンを演じたいという。ふわりとしたバレエのステップでセリフを言い、軽やかに弾みながら去っていく。その場で彼女が見せてくれた一連のシーン、ステップの美しさに私は見とれていた。
大人の事前レッスンでも経験した「どもってことばが出ない空気も味わう」は子どもの劇の練習でも同じだ。皆それぞれに苦手な音があり、最初の音を出すのに時間がかかったり、セリフを言い切るのに時間がかかったりすることも多い。しかし、この場では、それを急かしたりからかう人はいない。その人のことばが出るのを皆で待つ。「どれだけどもっても、時間がかかってもいい。ここは安心してどもれる場所」。そういう場所があることが、日常生活に戻った時力になるのではと思う。
それでも皆の前で、どもってセリフを言うことは抵抗感があると思う。うつむいて小さな声でセリフを言う子どもの姿に、私はどもりたくなかった昔の自分が重なる。こういう時にどういうアプローチをすればいいのか、私は二の足を踏むことが多い。去年の劇の練習で、同じグループだった桑田省吾さんが、どうしてもどもって声が出ない男の子三人を連れて、別の場所でレッスンをしたことがあった。サマキャンの劇の練習の中で珍しいことではないにしろ、誰にでもできることではない。どもりたくない気持ちも充分に受け止めつつ、声のアプローチ、ことばを人に届けるということを伝えるために、子どもと向き合う桑田さんを見て、私は胸が熱くなった。
今年の本番。どもることへの抵抗感から練習ではうつむいてセリフも聞き取れなかった子も、本番では前を向いてセリフを言っていた。セリフのある役をやりたくなかった子が、配役がなかなか決まらなかった時、「やってもいいよ」と小さく手を挙げてくれた。角田さんの舞は観客から歓声とため息が漏れ、角田さんの後を追うコマドリの弟役の子は、愛らしい姿に客席で笑いが起こった。戸惑いも葛藤も少しずつ越えながら、舞台に立っている子どもの姿に今年も私は勇気をもらった。
◆今年も涙の最終日
サマキャン最終日はメインイベントの連続だ。劇のあとは、サマキャンを卒業する高校三年生の卒業式。今年の卒業生は片山さんと柳さんだ。私は4年前、2人に初めて会った。片山さんとは同じ生活グループになったことはなかったが、毎年、劇の舞台でどもりながら最後までセリフを言い切る姿が印象的だった。2年ほど前、夕食の後に広場で二人で鬼ごっこをした時は広い空間を快活に走り回る彼女に、私はついていくのが必死だった思い出がある。柳さんとは私がサマキャンに参加した年からよく同じグループになった。劇ではやりたい役をゆったりとしたセリフでこなしていた印象が強い。毎年サマキャンで会うたびに、彼女が好きなアイドルのコンサートに行った話を聞かせてくれることも楽しかった。私は、2人の、たった5年間しか知らないが、小学1年生から12年間連続で参加している2人には長い歴史がある。2人をずっと見てきたサマキャンスタッフや他の親にとっては、この日、卒業生として前に立つ2人を見て感じるものはひとしおだと思う。毎年続けて12年間参加し続けたのもすごいが、毎年ここに連れてきた親御さんにも頭が下がる。長年参加される親の存在は、毎年のように新しく参加する親たちにとって心強い支えになるだろう。
卒業式の後に溝口稚佳子さんが、作文を紹介した。どもるお兄ちゃんの桶谷優真くんのことを書いた妹の恵利さんの文章だ。その作文でどもるお兄ちゃんのことを見つめてきた恵利さんのまなざしがあったことを知った。去年、小学校を卒業式したお兄ちゃんだが、卒業式の日までは強いプレッシャーを感じていることを恵利さんも知り、当日まで気にかけていたこと。卒業式が無事に終わったことを知りホッとしたと書いていた。
私は3年前、恵利さんが初めてサマキャンに参加した年、同じ生活グループだった。その年のウォークラリーでは、上り坂で息切れしている大人たちをよそに、涼しい顔で先頭を歩く恵利さんの姿に感心した。劇ではお姫様や王様の役が好きで、白いドレスやティアラをつけた衣装で皆から「恵利ちゃん素敵だね」と声をかけられ、いつもうれしそうに笑う姿があった。最初は訳もわからずサマキャンに参加したであろう恵利さんは、年を追うごとにどもりのこと、お兄ちゃんのこと、この場所の意味などを自分なりに見つめてきたのだろう。作文の最後「世界で一番優しいお兄ちゃん」という一文を溝口さんが読み上げた時、私は涙があふれ出た。優真くんにとって、家族が吃音のことを知ってくれていることは心強いだろうと私は想像した。恵利さんの思いを優真くんがどの程度知っていたかわからないが、ことばにこそしなくても自分のことを思っている家族の存在はどれほど心強いだろう。ご両親にとっても、ここに来てどもる他の子どもや大人、教師や言語聴覚士、そして思いを共感し合える他の親に出会えることで、どもりながら豊かに生きていけることを知る。恵利さんのようなきょうだいも、最初はわからないなりに少しずつ吃音のことを知っていく。家族だからといって必ずしも理解できるわけではないが、知識がない人が持つような誤解や思いこみなどは少ないのではと思う。家族にとっても優真くんがここでいきいきと過ごし、日々しっかりと生きている姿を見ることはうれしいことだと思う。こういう家族がサマキャンにはたくさんいる。一緒にサマキャンを作っているスタッフもいる。これが「サマキャンファミリー」と呼ばれるものなのだろう。ふと、行きの電車で平松さんが言っていた「みんなで吃音を考える日」ということばを思い出した。
◆私にとってのサマキャン
私が実際に参加するまでにサマキャンの話を聞く機会は多く、その豊かな世界について知っていたものの、体力的にハードな印象があり、サマキャンに参加する自信がなかなか持てなかった。そんな私が2012年6月頃「今年はサマキャンに参加したい」と思った。そのことを伊藤さんに伝えた時、伊藤さんは快く引き受けて下さった。
そして初めてサマキャンに参加した時の衝撃は今でも覚えている。3日間、心が揺さぶられる瞬間の連続に「こんな世界があったんだ」という驚きに近い感動があった。サマキャン最終日、全てのプログラムを終えて帰ろうとした時、光が射す階段の踊り場で「どもりでよかった」という思いがわいてきた。それは今まで感じたことのない、ふわっとした幸せに包まれるような感覚だった。この当時で、大阪吃音教室で活動して6年経っていた私は、どもりながら楽しく活動しており、もう充分に「幸せなどもり」という感覚を持っていた。ただ「どもりで本当によかったか」と問われると、「イエス」と即答できない自分がいた。それは、私が大阪吃音教室に参加するきっかけとなった「うつ」にどもりが影響しているのではと思っていたからだ。今思うと自分を「うつ」的な精神状態に追い込む要素は、どもりに関係なく持っていたのだろうと思う。極端な認知の歪みや決めつけによって、自分で自分を縛っていた。それらは、どもりに悩む過程で多少強化されたかもしれないが、どもりによって自分がそういう素質をゼロから身につけたとは考えにくい。しかし、サマキャンに参加するまでは自分の中でその感覚がぬぐえなかった。そんな私がサマキャンに参加して、最終日「私がどもりでなかったら、滋賀で3日間、この人たちとこの時間を過ごす機会は一生なかったんだ」と思った。同じく2泊3日の合宿、吃音ショートコースも私にとっては大切な存在だったが、「どもりがなかったら『うつ』を経験することもなかったのでは」という思いを、サマキャンの3日間が軽く越えてしまった。うつになった原因についてあれこれ考えるより、この時に心の底からわいてきた「どもりでよかった」という感覚こそが自分にとって確かなものだと思った。
私にとってのサマキャンの魅力は数え切れないが、今の私が惹かれるのは大きく二つある。
ひとつはアドラー心理学でいう「共同体感覚」。サマキャンに来て仲間に出会い、思いをわかちあい、勇気づけられる。3日間エネルギーを充電して日常に戻っていく。どもりながら豊かに生きているたくさんの人たちに出会ったこと、同じ悩みを乗り越えてきた人と出会ったことで、未来が描けるようになる。まわりは敵ではなく、信じられる仲間なのだと知る。またサマキャンではそれぞれの役割がある。分担として決められているものから自然発生的にその人の役割になることもあるが、その役割はサマキャンを動かす原動力の大切な一部になっている。その人の役割をねぎらうことばが行き交うなかで、自分も貢献できる存在なのだという自信になる。
ふたつめは、人が変わっていくこと。レジリエンスを自分にも、仲間にも感じることだ。ここでの吃音は、それまでの否定的なものではなく、自分が豊かに生きるためのテーマになることを知る。現にどもりとともに豊かに生きている人たちが目の前にいる。サマキャンに参加する子どもたちはどもりをテーマに「生きること」を真剣に考える。あの大きな場所に放り込まれた最初は不安もたくさんあると思うが、人にもまれながらほぐれていく。戸惑いながら劇の練習をする。話し合いでホッとする瞬間があり、気持ちが動く瞬間がある。どもること、どもる自分への価値観の変化が起こる。私がサマキャンに参加したほんの5年間でも、自分の夢や、やりたいことに向かって出ていくたくさんの卒業生に出会った。この場に出会っていなければその人がどんな人生の選択をしたかわからないが、サマキャンで話し合ってきたこと、体験したこと、出会った仲間はその人の人生にとても大きな影響を与えているのだと感じる。吃音という共通のテーマのもと、生きていく力を身につけていく。折れてもまた回復するしなやかさを身につけていく。それはこれからの長い人生で訪れる数々の難しい局面で、力を発揮すると思う。
私は、このふたつの要素を大阪吃音教室での長い時間の中で思う存分味わってきた。これだけの経験をすれば、自分が変化することもうなずける。そして、これがサマキャンでは3日間に濃縮されている。それがサマキャンの偉大なところだろう。
27年という長いサマキャンの歴史、その歴史の一部に私もいて同じ時を味わっていること、そして1年ごとに私の中にサマキャンの思い出が重なっていくことがうれしい。夏のはじめの事前レッスンからサマキャンの3日間までサマキャンを味わい、自分が元気になる感覚。この人たちと同じ時を生きていること、私がこの世界に存在していることに感謝の気持ちがわいてくる。今思うと、サマキャンに出会ったことが私の人生の回復の大きな弾みになった。私の体調面で不安要素も感じておられたと思うが、サマキャンの参加を快く受け入れて下さったことにとても感謝している。
そして今、毎年サマキャンに参加できることがうれしい。3年前、高校3年生の男の子がサマキャンを「エネルギー源」と表現した。サマキャンでエネルギーを充電し、また学校生活に戻る。充電したエネルギーで一年をやりくりして、またサマキャンで充電する。充電してやりくりした一年は、前の年よりも力強くなっているのだろうと思う。私は幸い、サマキャンの3日間の他に、毎週金曜日の大阪吃音教室というエネルギーを充電する居場所がある。精神的な不調から未来を描けなくなり「吃音と向き合わなければ精神の不調は改善しない」と大阪吃音教室を訪れた私は、どもりをテーマに仲間と活動してきた長い時間の中で大きく回復したと感じている。吃音によって一度は人生を見失いそうになったけれど、吃音によって私は心からワクワクする人生を生きている。今年の9月、大阪吃音教室の例会に外部講師として来て下さった新潟の禅の老師・櫛谷宗則さんが言われた「吃音はあなたがたの思う吃音をはるかに超えている」のことばを思い出した。凝縮された3日間という時間の中で、吃音の可能性、どもりの豊かさを存分に味わえるサマキャンは、私にとっても大きなエネルギー源のひとつだ。
沖縄の空気に包まれ、癒され
大阪スタタリングプロジェクト 有馬久未
2016年11月の沖縄の吃音キャンプから帰って一週間後、実家に帰った時、母と夕食の準備をしながら「先週、沖縄に行ってきてん」と話してみた。「そう、海に行ったの?」「ううん、私が子どもの頃に行った吃音のキャンプあったやろ、今回沖縄でキャンプがあって、そのお手伝いに」
多くの出会いがあったこと。心が動かされたこと。学びがあったこと。参加して、とても気が晴れたこと。感謝していること。意外にも、心を軽くして話している自分に気づく。そして母はしきりに「そう、それは良かったねえ」と穏やかな笑顔で答える、意外にも。
約20年ぶりの吃音キャンプだった。前回は、正真正銘、どもる子どもとして。そして今回はどもる大人、スタッフとして。楽しみでありながら、これまで何の恩返しもしてこなかった私に何ができるだろうと不安もあった。それでも沖縄行きを決めてからは、10代の初参加の時に抱いた、初めて吃音の人たちと吃音のことについて話せること、共感してもらえること、どもっても全く各められないことに対するあの言い知れぬ安堵感を、改めて思い出していた。
キャンプ当日、出会いの広場に始まり、レク、話し合いや作文の時間など、数々のプログラムが進められていく。子どもたちの心にどんな変化が起こっているのか、想像するだけで心が高まる。
懐かしさを感じながら、話し合いの時間では、どもる子どもの保護者のグループに入れていただいた。悩みや迷い、嬉しかったことなど、皆さんのお話はどれも愛情に溢れていた。同時に、自分の親もこんなふうに考えてくれていたのかなと思いを巡らせた。
また、このキャンプを支えた言語聴覚士や、ことばの教室の先生方の思いを近くで聴けたのは、贅沢な時間だった。どなたも信念を持ち、どもる子どもたちとの関わり方を真摯に考えておられた。私にとって結局「自分ごと」でしかなかった吃音を、良い意味で客観視する時間でもあった。
休憩の時間など、広場で年齢関係なく一緒に走り回る子どもたちは、単に「外で遊べて楽しい」以上のワクワクを心に抱いていたのだろう。そしてキャンプが終わって日が経った今、参加した子どもたちはどのような気持ちでいるかなと考える。
このキャンプで劇的に変わることができたら、素晴らしい。でも、それがすぐに実現できなくても、決してダメではないとも思う。葛藤しながら、自分の生き方を自分で選択する場面で、キャンプで得たことを噛みしめられたら良い。できるだけ、吃音を言い訳にせず過ごせたらいい。それが人によっては1週間後かもしれないし、5年後、10年以上後かもしれない。それぞれのタイミングがあって良いのではないか。
私は母と心が通わないと感じた10代の頃から、吃音のことを含め、自分の心の奥底にある思いを伝えることは少なくなっていた。
しかし考えてみると、20年ほど前に伊藤さんの記事を新聞で見つけては連絡をとり、翌年にはサマーキャンプに一緒に参加してくれたのは、まぎれもなく母だった。その後は日々の生活に流され、私自身どもりを受け入れられずに思い悩むことも少なくなかったが、それでも大人になって自分の意思で大阪吃音教室に参加し、会員になり、吃音のことに留まらない、人との関わりや心の持ち方について考える場に恵まれながら、何とか日常に向かっていく今日の私の原点は、20年前のあの日だったのだろう。親にしてもらったことは無数にある。吃音に悩む思春期の私を放っておかなかった母に、ちゃんと感謝を伝えなければ。
というようなことを、実家でジーマーミー豆腐を母と食べながら考える。沖縄のことを話さずに一人で食べてしまわないで良かった、一緒に食べる方が格段に美味しい。こうしみじみ思いながら。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/05/31

