言語障害臨床の今後の展望~内須川洸・退官記念の集いの前に~

 1990年11月25日、内須川洸・筑波大学心身障害学系教授が筑波大学を定年退官されるにあたって、京都で「退官記念の集い」が私たちを含めた有志の主催で行われました。「集い」に先立ち、開かれた京都言語障害研究会の20周年記念大会での「言語障害臨床の今後の展望」の講演会より、吃音に関する部分を紹介します。
 その紹介の前に長年の吃音研究に基づいた基本的な知識の整理を、筑波大学退官の後、昭和女子大学に移られ、昭和女子大学退官を記念して出版された『言語臨床入門』(風間書房2000年)をもとに紹介します。(「スタタリング・ナウ」2016.12.20 NO.268 より) 

   言語障害臨床の今後の展望

Ⅰ 吃音の謎

 吃音研究の一領域に病因論がある。根本原因究明の盛んな頃、一世を風靡したことがあるが、無数に近い学説が残っただけで、根本原因は未開のままだ。主なものを紹介する

1.素因論 吃音の原因は吃音者自身の側にあると見る立場で、多くの病因論は皆これに属している。そのうち著名なものをあげる。

(1)大脳半球優位支配説
 大脳には左右両半球が存在し、相互に関連しつつ機能しているが、その際どちらかの半球が優位性を維持して統制しているとの学説をトラビスが吃音に適用した。吃音の原因は両半球の優位性を混乱させる”利き手”の矯正を禁止した。1930年代米国では一世を風靡した。

(2)耳聴理論
 1950年代初頭、米国の二人の学者(NeelyとLee)によって発見された”人工吃”の現象から、吃音は脳内の中枢的フィードバック回路内の問題が原因と見る学説。

2.環境論または学習論

 吃音の原因を吃音者の外にあると見る学説。即ち環境にある何らかの原因を学習によって取り込むと考える。

(1)診断起因説
 ヴェンデル・ジョンソンは、3~4歳頃良く生じる、正常ではあるが流暢性に欠けた話し方を環境にある母親が”どもり”とレッテルを貼ることから生じるとする学説。

3.神経症論
 この学説は前二者との丁度折衷的立場に該当する。主に精神分析学や精神医学関係者が支持する学説で、吃音を一種の”神経症”と見る立場である。内面的感情の葛藤による欲求不満が吃音として表出すると考える。
 臨床例の中には、それぞれの学説に相当する症例が発見されていて興味深いが、現在まで全ての吃音を説明できる統合的病因論は存在しない。吃音の原因は依然として謎に包まれている。

Ⅱ 吃音に於ける共通事象

 吃音の発生の原因・メカニズムは現在でも不明で、吃音について明確に云えることは殆ど無いといえよう。吃音症例ごとに個性的で共通に当てはまることが発見出来ないのである。それが吃音の特徴でもある。以下に共通と見られる事項はある。

1. 発吃には性差があること。男女比は諸調査では男3対女1から、男10対女1まであり、女児は男児より明らかに少数である。その原因は不明。

2. 発吃の時期は凡そ3~4歳時に集中している。3・4歳と6・7歳の時期に約90%以上と云われている。この事象を合理的に現在説明出来る学説は、ウェンデル・ジョンソの診断起因説のみである。

3. 出現率は、地域・文化・民族の差を超えて人口の約10%である。その理由も明らかではない。

4. 吃音には、「自然治癒」現象が存在する。その理由も未だ解明されていない。米国の二つの大学の調査の結果が約80%であった資料より、約80%とみられてきた。しかし、近年、40~45%と世界の吃音学者は考えている。「自然治癒」とは、吃音症状を嘗て経験した者が治療・指導など特別な処置なくして経年的に自然に回復したことを云う。

 以上4項については、異論を唱える学者はないようである。

Ⅲ 吃音治療・指導の原則

1.吃音改善の順序
 従来、行われてきた吃音指導法では、吃音を除去して”流暢に話す(どもらない言語指導法)”が主流であった。しかし、吃音の特性である「循環性」(再発性)に阻まれ惨敗した。即ち一時、症状は消去されても維持できなかった。

(1)環境調整
 最初に取り上げるのは、どもる子どもを囲む環境、幼児の場合には、家庭環境、特に、筆者が重視しているのは「親子言語関係」、「親子吃音関係」である。これに関する評価の参考として、筆者の考案した「親子言語関係診断検査」と「親子吃音関係診断検査」を活用されたし。

(2)心理的調整
 どもる子どもには性格上特別偏った性格はない。ただ、対人関係の過敏性と生真面目さが、吃音の臨床治療上、U仮説では「消極的悪化条件」の主要な要因となるので要注意。
 従って、臨床の心理的調整の一つの指標として、友人と堂々とけんかすることが可能かに置く。その前提となるのは自己主張であるから「自己主張状況」の有無、程度を評価して、不十分な場合には「心理療法」や環境調整法と関連しながら、母親ガイダンスの対称とする。ここで筆者のいう「吃音治療法」が始まる。吃音そのものの改善ではなく、吃音に係わる基本的内面条件の改善である。

(3)吃音に関する「内面条件」
 その改善は一般的に長期間を必要とするので、出来るだけ幼少期より始めるのが効果的である。就学前が良い。

(4)対人関係の積極的強化
 吃音の改善の基礎条件で最も重要なポイントは、U仮説によれば、長期的期間を要する「消極的改善・悪化条件」である。即ち改善条件を強化し、悪化条件を早期から防止する点にある。前者は、対人関係の積極的強化であり、後者は、心理的調整の課題である。

(5)最後の段階で「言語問題」
 従来のやり方では、まず最初に吃音という「言語問題」を取り上げ、できるだけ早くなめらかに、どもらないように話す「言語指導法」を研究し、その方法を発見する行き方といえよう。
 筆者の行き方はその逆である。ブロック症状が激しく進展症状が生じて放置すると、吃音が急進する可能性が予想される時には適切な「言語指導」を実施するが、それが中心ではない。具体的方法には種々あるが、幼児の場合には間接的方法が望ましい。環境調整法とか母親ガイダンス等である。
 吃音改善の順序は環境面から始めて心理面へ、(身体症状が顕著な時を除き)更に心理面の強化へ進む。最後に言語面の処理・言語的適応に向かう。

Ⅳ 吃音改善の方法

1.幼児性吃音の場合
 幼児期には多くの症例では、吃音に関する意識が不明確かあまり気にかけない。或いは若干の意識状態にある段階では吃音を悪玉として扱わないことが肝要である。

(1)母親初め周囲の人々、つまり環境面では、吃音に対して、マイナス意識を与えないようにする。
a.矯正しようとしない。そのままでよい。
b.不安を抱かない。この課題が最も難しい。親の愛情から生じているから、このためには、様々な人々の協力と助力が重要である。一人で解決しようとしないこと。
(2)吃音の表出に努める。どもらないようにするのではなく、どもらせること。吃音症状を表出しながら、自己主張の出来る子どもにする。喜んでお喋り好きな子どもに育てる。それには、吃音を心から受容し、話を傾聴すること。
(3)母親が吃音に対する正しい理解を身につける。
(4)吃音幼児は人間関係が過敏で、生真面目で、心の優しい性格の持ち主が多い。この良い性格が、吃音によって逆に反応して「消極的悪化条件」となるので、逆境に強いタフネスこそ重要である。

2.学童性吃音の場合
 子どもが学童期に達すると、吃音幼児と比べると吃音歴もかなり長期に及び吃音も進展している場合が多く見られる。学童吃音の改善テーマについて以下に考察してみる。

(1)学童性吃音の指導
 吃音が進展して学童期に及ぶと、言語面ではブロックの出現とそれに伴って随伴運動が生じる。さらに、身体症状も出現するであろう。また、内面化が進んで、厄介な心理的トラブルも問題になる。学童期の指導方針は、これらの厄介な問題、つまり、ブロックの処置、身体症状の改善そのものに焦点を置くよりもこれらの進展を防止するに止め、中心は心理面の強化にある。

①友人の面前で自己主張が未だできない学童には、幼児期のテーマである「心理療法」を適用して改善を計ること。
②学童期本来の課題は人間関係のタフネス作りにある。そのため、徐々にではあるが逆に環境からプレッシャーを経験することが重要となる。これには、学校環境の中でも、学級にとどまらず様々な機会を求めて、積極的に、運動サークル(野球、空手、柔道、ボーイスカウト運動)に参加させる。特に「吃音サマーキャンプ」活動に参加し、体験学習を集団で経験すること。

(2)学童期後期に於ける臨床指導の目標
①社会性の発達が非常に増進した。
②学級適応が非常に改善した。
③吃音の状況は、吃音があっても良い、しかし、ブロックは生じない。軽くどもりながら、言いたいことは最後まで話して決して逃避しない。(つづく)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/05/28

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