第4回伊藤伸二・吃音ワークショップin東京~ナラティヴ的な面接~

 毎年1月、恒例となった、伊藤伸二・吃音ワークショップin東京ですが、「スタタリング・ナウ」2016.11.22 NO.267 では、第4回目のワークショップの様子を報告しています。
 午前10時から午後5時まで、ゆったりとした流れの中で、ゴールのない対話が続きました。参加者ひとりひとりの語りに耳を傾けることができる空間でした。
 このとき、初めて、ナラティヴ的面接の手法を取り入れました。そうして、展開していった対話のごく一部を紹介しています。ひとり30分の対話を希望した4人のうちの一人との対話を紹介します。

第4回伊藤伸二・吃音ワークショップin東京

 スタートは、参加者ひとりひとりの自己紹介からです。自分の内面を少し紹介するこの始まりの時間から、ワークショップは語りの世界へと入っていきました。

ナラティヴ的な面接 横田さんの場合

伊藤 では、始めます。横田さんに今考えていることを話していただき、それに対して僕が質問し、対話をしていきます。皆さんは、しっかりと聞いて、彼女にどんなことをレスポンスできるか、一緒に考えましょう。今、どんなことをお話になりたいですか。

横田 私は、自分の気持ちをまとめて話すのが下手なので、あらかじめ、自分の気持ちを文字にしてきました。今一番気になっているのは、私は、ずっとどもりに支配されているということです。自分の人生のスタートは、吃音が治ってからだと、ずっと思っていた。でも、昨年伊藤さんと出会って、吃音は完全には治るものではないと聞きました。そうしたら、吃音が治るのを待っていたら、自分の人生が終わってしまうと思いました。私はどっちかというと、攻撃的な性格で、何があってもあまり落ち込むタイプではない。争いごとがあっても自分から人を攻撃してしまうタイプです。

伊藤 攻撃してだいたい勝つんですか。

横田 勝たないと気が済まない。夫も同じタイプなので、二人が争うと大変なことになる。それでエネルギーを消費するのはばかみたいですが。吃音に関しても、吃音に対して怒りがこみ上げてきたり、なぜ吃音は私を支配するんだろうと思います。さきほどのみなさんの自己紹介で、吃音は自分の中に存在していて、吃音を認めているという話を、私はうらやましく思ったんです。私は吃音を認めるより、吃音に怒りが出てきます。

伊藤 今、おいくつですか。

横田 53歳です。3歳からどもり始めました。

伊藤 吃音に支配されているにもかかわらず、53歳まで生きてこられたということですね。どういう力があったからなのでしょう、支配されながらも生きてこられたのは。

横田 吃音に支配されながらも、吃音に対して攻撃していたのかな。

伊藤 攻撃をしていたとは、どういうふうに。

横田 一瞬は落ち込むけど、悩みは持続しない。

伊藤 持続したいわけじゃないでしょう。

横田 ないです。

伊藤 じゃ、持続しないのはいいことじゃない。

横田 そうですね。支配されながらもどうやって生きてきたのかという質問ですよね。

伊藤 そう、僕は興味があるんですよ。支配されながらもどうやって生きて来たのかと聞いたら、あなたは、どもりを攻撃してきたとおっしゃった。

横田 支配されながらも、私も吃音を支配していたのかもしれません。吃音の悩みから解放されたいと考えて、仕事も話すことの多い仕事にずっと就いてきました。今は、スーパーのレジうちで、ずっと話しています。

伊藤 3時間しゃべりっぱなしという仕事ですね。

横田 その仕事を選ぶのは、吃音の悩みから解放されたいという気持ちがあるからなのかな。

伊藤 そうかそうか。今、あなたがおっしゃったことで、思い出したのは、デイビット・ミッチェルという世界的に有名なイギリスの小説家のことです。彼と2年前、オランダで開かれた第10回世界大会で会ったときに、彼は、自分のどもりをずっと攻撃してきたと言っていました。攻撃し続けていると、どもりに向けていた刃はどもりを突き抜けて、自分のからだ全体まで攻撃してきたという表現で、こんな話をしました。

 「自分が痛んでいくのが苦しくて、自分の内にあるどもりを攻撃するのはもうやめようと思った。ごめんね、攻撃して。どもるのが自分だったのに、君のことをなぜ憎んで攻撃してきたんだろう。もう君は僕のからだの一部なんだから、攻撃しないから、僕の中にいてもいいよとどもりに語りかけたら、ふわふわふわふわーと、どもりの魂が消えて、なんかからだが楽になった」

 デイビッド・ミッチェルさんは自分の内にあるどもりを攻撃したんだけれど、あなたの話を聞いていると、あなたは、自分の外にいる吃音を攻撃してきたというように、僕には感じられる。

横田 なんかそんな感じです。

伊藤 外にいるものを攻撃していたのなら、自分はあまり傷つかないのではないでしょうか、ミッチェルさんと違って。そういう攻撃の仕方もあるんだと、僕は今、初めて知りました。

横田 そうかもしれないです。吃音は、自分の中じゃなくて、外にいる。外から攻撃されている。

伊藤 外から攻撃してくるから、外に対して、爆撃してるみたいで、自分はダメージを受けない、すごくいい技術といえるかもしれませんね。

横田 どうだか、自分では、分からないですけど。でも、もしかしたら、私はいろんな病気をしていますが、みんな原因不明の病気なんです。ひとつは、25歳のとき、脳梗塞になりました。原因が分からなくて、そのときに医者に「何か、悩んでいること、ありますか」と聞かれたけれど、「ちょっと吃音で…」とは言えなかった。

伊藤 どもりが原因で脳梗塞になるわけないでしょうね。

横田 でも、なんか原因が分からないときは、全部ストレスが原因になるんですよ。

伊藤 その頃、吃音がそんなにストレスだったの?

横田 その頃、一番そうだったかもしれない。

伊藤 どういうふうに、どもりがあなたにとってストレスだったの。

横田 どもりが私の人生をめちゃくちゃにしたんじゃないか。どもってなければ、もっといろんな好きなことができたんじゃないか、と思っていた。

伊藤 好きなことって、何ですか。

横田 たとえば、職業でも、いろんなのがありますよね。私は、どもりだから、何々ができないとずっと思って人生を送ってきた。

伊藤 でも、まだそのとき、25歳ですよね。

横田 そうだけど、25歳までにもやりたいことがいろいろあったのに、それが全部どもりだからできないと思ってきた。だから、どもりが私の人生をめちゃくちゃにしたと思ってきた。それがストレスの原因かなと思った。

伊藤 今の話、ちょっと分かりにくいんだけど、どもりは、どもりさんと言ってもいいかな、なぜ、どもりさんは、そんなに、あなたの人生をめちゃくちゃにしたのだろう。僕も同じような感覚があるので、分かるような気もするんだけど、なぜそこまでどもりのせいだと思ったのだろう。何かきっかけがありますか。

横田 どもりたくないという気持ちがすごく強かった。

伊藤 どもりたくないという気持ちは、どういう場面、どういうときに強かったのですか。

横田 常にです。どもらずにしゃべるということが自分の夢だった。「自分の夢は何?」と聞かれたら、小さいときから、いつも「普通に話せること」だったんです。多分、母親がどもりをばかにしていたので、どもりはいけないんだという思いがかなり強かったと思います。姉もどもっていたのですが、いつのまにか治っていて、姉は治ってずるいじゃないかとも思ってました。どもる父をずっと見てきたことも影響していると思います。

伊藤 二重三重に恨みがあったんだね。

横田 なんかそういうので、嫌いになったのかな。

伊藤 25歳のときは、どんな仕事に就いてたの。

横田 25歳のときは、会社員でした。言いやすい名前の会社にいた。英語だったらしゃべれるんじゃないかと思って、英語の専門学校を選んだ。でも、そんな理由で選んだので、しっかり勉強しなくて、結局、英語を使った仕事には就けなかった。吃音が自分の頂点にあって、ずっと吃音に支配された人生だった。

伊藤 吃音がなかったら、25歳のときに、どんな仕事をしたかったのですか?

横田 そんなことは考えられなかった。そのときは、もう吃音が全てだった。

伊藤 僕は21歳で解放されたけれども、あなたは、ずっと、支配されてきたのね。

横田 ずうっと解放されなくて、結局、50歳を目の前にして、膠原病になってしまった。

伊藤 それも、どもりのせいですか?

横田 そう。膠原病もストレスからくると言われている。伊藤さんは、吃音は、身体に痛みを伴わないから、楽ではないかとおっしゃったけれど、私は、膠原病で手足がすごく痛いんです。でも、まだ、私は、そっちの痛みの方が楽だった。今も、足を冷やすと痛くなるので、LLのブーツを履いて、下にホカロンを貼っている。からだも冷えないように、肩甲骨のところにホカロンを貼っている。指も空気に触れると痛いので、テープでぐるぐる巻きにしています。膠原病は、自分の免疫を傷つける病気なので、なかなか治らなくて、どんどんひどくなる。特に冬場はひどくて、一年の半分くらいは、こんな状態が続いていて、夜も痛くて起きることもある。でも、それにもかかわらず、家でじっとしていられなくて、なるべくできる仕事をと思って、スーパーのレジの仕事をしている。レジも指を使うんだけど、指サックをしてやっているんです。指だから目立つから、「大丈夫?」と言われるけれど、でも、そこで吃音に負けたくないと思う。落ち込みたくない。吃音のせいで暗くなりたくないと思う。逆に「すごく明るいね」と言われることも多い。吃音の悩みを話すと、びっくりされて、「全然分からないよ」と言われる。分からないと言われることで、どもれない苦しみがもっと募ってしまったのかなと思う。みんなには私がどもることは分からない。一番そばにいる夫も忘れるくらいだと言う。

伊藤 そうでしょうね。今話していても吃音が、ほとんど分からない。

横田 でも、言えないときは、普通のリラックスした場面でも言えなくなる。

伊藤 突然そうなるのね。

横田 一番言いにくいのが、「ト」なんです。「ト」が言えなくて一番困るのは、知らない場所で、「トイレはどこですか」と聞けないこと。だから、どこへ行っても、まずトイレの場所を探します。

伊藤 分かりました。そういうふうな状況の中で、今回、ここへ来られて、僕にどういうことを聞きたいですか。僕が言うことなんて横田さんはほとんど分かっていると思うので、どういうことを言ってほしいというか、どういうふうなことばを期待していますか。

横田 吃音に支配されない生き方、楽な生き方をしたいと思う。どうやったら、楽な生き方、生きやすい生き方ができますか。

伊藤 申し訳ないけれども、今、お話を聞いていると、あなたには、今の生き方が、つまり、攻撃して、弱みを見せたくないから、しんどい痛みがあってもやっている、その生き方があなたにとっては一番ふさわしい、やさしい生き方なのではないかという気がしてきました。

横田 ふさわしい?

伊藤 ふさわしいというか、生きやすいというか。だって、そうでなければ、53歳まで、生きていられませんもの。

横田 でも、正直言って、自殺したいと思ったこともたびたびありましたよ。

伊藤 でも、自殺してないでしょ。

横田 そうですね。

伊藤 それで生きてきたということですよ。見当違いなことかもしれないけれど、人は自分が一番生きやすい方向に自然にいくものです。自分ではそうではないと言いながらも、人は生きやすい方向にいくんじゃないかな。あなたは、本当はこうじゃなくて、違う生きやすい生き方があると錯覚し、思い込んでいるかもしれないけれど、この生き方が自分に一番合っている。これまで53歳まで生きてきたんだから、このまま、吃音を恨み、外に位置づけている吃音を攻撃する、そういうことを貫いた方がいいような気がしますが。

横田 じゃ、これから先も、攻撃をする?

伊藤 そう、吃音を攻撃しながら。だって、僕は、21歳のときにもう戦うのはやめようと思ったし、デイビット・ミッチェルさんも30歳をすぎて内戦をやめようと思った。それは、戦いをやめることが自分にとって生きやすい生き方だと、本気で思ったから、そのように変わった。でも、今あなたの話を聞いていると、それで引きこもって何もできないという状態ではなくて、出ていって、3時間もしゃべり、いろんなことをやっている。
 今の生活は、確かに痛みを伴ってストレスもあるけれど、ちょうどあなたに合っている生き方のように僕は思えます。それを変えようとすると、却ってストレスになる。吃音を受け入れて、穏やかに生きるという生き方を理想にして、そうならない自分はだめな人間だ、ほかの人は吃音を受け入れて、ちゃんと生きているのに、私はなぜ受け入れられないんだろうと思っているんですね。

横田 だめな人間と思っている。吃音を受け入れて、だめな人間でなくなりたい。つまり、私が願っているのは、もっと気持ちを楽にしたいんです。

伊藤 うーん、でも、今が一番楽な生き方のように僕には思えるんだけどね。

横田 えーー。

伊藤 だって、吃音を受け入れるということは、あなたにとってすごいハードルが高いわけでしょ。

横田 そうです、そうです。とてもできない。

伊藤 それをやるとなったら、すごいしんどいですよ。すごく無理をすることになる。

横田 却ってそれがストレスになる?

伊藤 なりますよ。僕は吃音を受け入れるということが、吃音に悩む人にとって、最大の唯一最高のものだとは全然思っていないので、その人その人の楽な生き方があると思う。周りから見たら、なぜ楽なの?しんどいのではと思われるかもしれないけれど。死にたいと思いながらも53歳まで生きてきて、今、仕事もし、しゃべっている。その生き方はあなたに合っているような気がする。
 だから、吃音を受け入れるなんて、自分にとって無理なことはしない。僕は今71歳で、これができない、あれもできないということがいっぱいある。でも、それをできるようにするのは、無理がある。じゃ、今の自分のやり方、自分のできる範囲のことで余生を送ろうと思うから、無理をしない生き方の方がいい。でも、ある人にとっては、その方が無理な生き方。ある人にとっては、それは楽な生き方。人それぞれに違う。
 多くの人にとっては、どもりを受け入れて、ストレスなく生きることが楽な生き方かもしれないけれど、あなたにとっては、あなたが選択した生き方は多少エネルギーはいるし、辛いこともあるし、なぜこんなんだと思うこともあるけれども、なんかそれが生きるバネというか、生きるエネルギーになっている。攻撃することで、充電しながらずっと生きてきて、それもひとっの素敵な生き方だと僕は思うんですがね。
 何のストレスもなく生きることが、本当の理想かと言うと、そうでもないように思う。人間が生きるということは、お坊さんのことばのようだけど、苦しいこともつらいこともあって、だけど、たとえばこういう場に来て、話をして、ほっとしてみたり、ああ私だけじゃないと思ったり、1年のうち364日間はしんどいと思うけれど、1日は穏やかになる、というのもあるのでは。
 今、どもる子どもたちの現実の生活は厳しい。学校で音読して立ち往生して笑われたり、嫌な思いもする。だけど、そういう苦しい学校生活がある中で、子どもたちは、吃音親子サマーキャンプに来る。自分が自分のそのままでいることができる場、どもれる場という言い方を子どもたちはしますが、どもることが当たり前の世界にいるその3日間は自分にとって天国だと、子どもたちは表現します。3日間でもいいし、1日でもいい、一瞬でもいい。普段は本当に苦しいけど、ああ、いいなあ、うれしいなあという時間は、横田さんの場合はどんな時間ですか。

横田 そうですね。最近ですが、娘がピアノを置いて出ていってしまったので、こんな指なんだけど、ピアノを始めたんです。私、もともと音楽が好きで、小さいとき、ちょっとオルガンを習っていて、ピアノをやりたいと思っていました。始めたのは、夏だったんだけど、そのときは毎日楽しかった。

伊藤 いいですねえ。

横田 でも、今はこんな指なので弾けないけれど。でも、また季節がよくなったら弾きます。ピアノを弾いている時間はとっても幸せだなと思います。

伊藤 そうか。五木寛之という小説家がいるでしょう。彼の講演を聴いたとき、楽な生活って何だろうと言ったら、穏やかな楽な生活がずっと続くことと思いがちだけど、苦しい辛い今のような中で、ふと楽だなあ、楽しいなあと思える生活、そういうある意味、メリハリのある人生、それが本当の人生なんじゃないかと言っていました。
 僕は、どもる女子高校生が、あるとき言ったことばが印象に残っています。
 「自分は今どもりにあまり悩まなくなってしまった。でも、自分はどもりに悩んで苦しんでいたあのときが、一番充実していたような気がする」。
 このことば、高校生が言うかと思うけれど、分からないでもない。辛い中で生きていく中でふと喜びや楽しみがある。悩んでいる時が一番考えるということなのでしょう。
 横田さんは、今のままの、そのままでいいように僕は思うけど、どうですか。

横田 ずっと、本当は、みんなのようにどもるのに、どもらないようにしてきた。伊藤さんの言う「吃音の本当の苦悩は、どもれないことにある」と、本当にそうだと思いました。私はあまりどもらないので、どもりを受け入れ、どもるようになりたい、どもれない苦しさから解放されたいと思っていたのですが。

伊藤 それは、僕のことばに影響されすぎです。僕が言った、どもる人の苦しみはどもれない苦しみだということばがインプットされすぎたのだと思うけれど、僕もどもれないときがある。静岡で、どもる子どもたちとのキャンプがあるのですが、キャンプの前日、静岡駅前のお寿司屋さんで「トロ」や「たまご」が言えないんですよ。「タ行」が言えない。子どもたちにいつも、どもっても大丈夫と言っているのに、自分が言わないのはだめでしょと思うけど、「トトトトトトト…」と言ってまで「トロ」を食べなくてもいいと思う。
 もういいよ、どもれない自分も認めようと思う。僕もどもれない部分がいっぱいある。だから、いつでもどこでもどもっても平気という、すごい悟りきったような、そんなことではない。吃音親子サマーキャンプで出会う高校生たちも同じです。小学校4年生のとき、キャンプに出会って、こんなに楽しい場を経験できるなんて、どもりでよかったと言っていたのに、中学校に行ったらいじめにあって、やっぱりどもりは治さなきゃと思う。でも、やっぱり思い直す。そういう波のようにいろいろと変わりながら、人はやっぱり自分なりの生き方というものを見出していくんじゃないですかね。あなたのすごいがんばりはステキだし、やりたいこともあり、一緒に喧嘩相手になってくれる夫もいて、エネルギッシュだし、いいじゃないですか。

横田 じゃ、このままで、いいんですか。

伊藤 変えない方がいいと思いますよ。変えるとまた、膠原病ではなく、他の病気が出てきそう。
横田 それは怖い。

伊藤 もう今のままで、悩み、どもれない、どもりを認められない自分を、まあいいか、と思って生きていく。

横田 そういうふうに思って、いいんですかね。

伊藤 そうですよ。これまで頑張って、53歳まで生きてきたんだから、これからもそのままでいく。それしかしょうがないでしょう。誰がどう変えられますか。あなた自身がどうしても変えられないのに。ハードルの高いものを目指さない方がいいよ。来年のこの東京ワークショップまで、1年間、考えてみて下さい。

横田 分かりました。

伊藤 これで一応終わっていいですか。

横田 はい。ありがとうございました。(つづく)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/05/24

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