吃音を生きるということ~子どもたちのレジリエンス~ 2

 昨日の続きです。4人の子どもが登場します。黒田さんとのやりとりがいきいきと描かれています。自分を語る黒田さんと子どもたちが、ともに学び合っている姿が浮かんできます。言語訓練ではなく、対話を実践している取り組みを、「スタタリング・ナウ」2016.10.22 No.266 より紹介します。
              
吃音を生きるということ~子どもたちのレジリエンス~ 2
              千葉市立花見川第三小学校 ことばの教室 黒田明志

レジリエンス

 「回復力、逆境を生き抜く力」を表す「レジリエンス」は、心理学や精神医学の分野で使われ始めたが、最近は教育現場でも聞かれるようになってきた。吃音親子サマーキャンプに参加した不登校の6年生の女子は、どもりについての話し合いを経験し、「みんながんばっているのに、私は前向きに考えていなかった」と作文に書き、学校に行き始めた。吃音をからかわれて悩んでいた子が「どもりをからかわないで」と全校児童に伝え、自分のことを知ってもらったと話す。このような、強いというより「しなやかな心を育てる」がレジリエンスであり、子どもが自分の吃音について語り合うことでつけていく生きる力といえる。

 最近、発達障害者支援法で就職活動をするなど、吃音の悩みを理解してほしいと願う人たちの記事を目にするようになった。吃音のネガティヴな物語から抜けられず、吃音を治す、軽減するにこだわると、どもる自分を否定し、より一層悩みを深めかねない。その一方で、吃音親子サマーキャンプに参加している子どもや、その子を支えるスタッフのどもる人たちは、吃音と向き合い、吃音について仲間と語り合い、学んできたことで、いろいろと悩みながらも吃音と上手につき合っている。
 その差は、困難な状況の中でもしなやかに生き延びる力、すなわちレジリエンスが育っているかどうかだろう。吃音は治す方法も、吃音の症状を軽減させる言語訓練法も見つかっていない。吃音をネガティヴなものと捉えていると、仮に子どもの頃は無難に過ごせたとしても、思春期、青年期になって吃音が大きな課題として立ちはだかることもあり得る。社会の吃音に対する理解が自分の思い通りにならなくても、その困難な状況の中で何とか生き延びる力を学童期のことばの教室で育てておきたい。それが、レジリエンスを育てるということではないだろうか。

 レジリエンス研究のウォーレンらはレジリエンスの構成要素として、洞察・独立性・関係性・イニシアティヴ・ユーモア・創造性・モラルの7つを挙げている。7つの項目の全てを持つことは難しいが、その中の1つでも2つでも、ことばの教室で育てることができれば、将来吃音に悩むことがあっても、自分の力で生き延びることができるのではないか。これまでことばの教室で関わった4人の子どもについて、レジリエンスの考え方から整理してみたい。

教室での実践(※いずれも実在する話だが、プライバシー保護の為に仮名を用いている)

① 自分やどもりと向き合う
 直之が小学3年生になった時、吃音をテーマに自分の思ったことや感じたことを読み札や絵札にして表す「どもりカルタ」を作るようになった。彼はカルタ作りに意欲的であったが、出来上がった読み札の中には「スムーズに ことばが出ない ゆるしてね」「先生と話すとき たまにどもる はずかしい」など、少し気になるものがあった。
 そこで、この2つの読み札をもとに話し合った。すると「自分がどもった時に、友だちや先生から何か言われたことは特にないし、それほど目立つどもり方でもないから、多分気づかれない。けれども、ひょっとしたら心の奥では変だと思っているかもしれない。それに、自分がたくさんどもったらそうなるかもしれないと不安になる」と考えていることが分かった。「じゃあ、どもりを隠したい?」と尋ねると、「クラスの友だちもサッカーの仲間も、どもることを知っているから大丈夫」と話し、すぐに「クラスでどもっちゃうけど みんな知ってる 大丈夫」「サッカーで『へい』と言う時どもっても 仲間だから大丈夫」という読み札を作った。
 レジリエンスの要素の中でことばの教室ができる最も大切なものは、吃音について語り合い、その中で育つ「洞察」する力だと思われる。直之も自分が作ったカルタをもとに話し合う中で、彼の洞察を進め、それを「創造性」や「ユーモア」を持って表現している。今まで作ったカルタの中で一番のお気に入りは、「携帯電話 メールもいいけど 電話で話したい」だと彼は言う。

② 自分やどもりを語る
 3年生になった陽斗は、友だちに真似されたことで「どもりを治したい」と言い始めた。彼は自分のどもりのことや真似されて嫌だと思ったことを手紙に書き、それを担任の先生にも協力してもらい、少しずつ周りの友だちに伝え始めた。それを繰り返す中で、また、私が吃音親子サマーキャンプでの経験や、そこで出会った子どもたちの話をする中で「どもっても大丈夫」と彼自身が言えるようになっていった。これは周りの人に自分をどう理解してもらい、関わっていくかというレジリエンスの構成要素の「関係性」へのアプローチである。
 ところが、4年生で担任が替わると、徐々にクラスが荒れ出し、再び陽斗のどもりを真似する子どもたちが出てきた。そのため、家に帰ってくるとイライラした様子を見せたり、朝、登校を渋ったりする様子も見られ始めた。しかし、私がそのことについて尋ねると、彼は「大丈夫。悩んでない」の一点張りで、その様子に私は困惑していた。そしてちょうどそれと同じ頃に、私は「当事者研究」のワークショップに参加し、そこで自分の悩みについて語る「ことば」をようやく手に入れる経験をしていた。

 そんな私が陽斗にしたことは、彼の悩みを聞き出そうとするのではなく、私の不安や悩みについての話を彼にすることだった。それはどもれなくて悩んでいたことであり、教師として自信がなくなっている話であった。同時に、それらの悩みは、どもりと向き合おう、子どもたちと向き合おうとしているからこそ出てくる悩みであり、その瞬間を一所懸命に生きているから悩むのだという話にもなった。その時の陽斗は何か特別な言葉を返してくれたわけでもなく、また自分のことを話し始めたわけでもない。ただ、私自身もそうであったように、人が悩むことについて、陽斗も肯定的に受け止め始めていたように感じた。
 6年生になった彼に思い切って当時のことを尋ねてみた。すると、「あの頃は問題が大きすぎて言えなかったのかもしれない」「4年生になって先生が替わった。だんだんクラスが落ち着かなくなって、またどもりを真似された。だけど、それは自分がどもるせいじゃなくて、きっとクラスが荒れていたからだと思った」と客観的に当時の自分やまわりの様子を語り始めた。陽斗は、3年生の時には自分で解決しようとしたが、今回は問題に対して自分から距離をとり、特に何もしないという選択をした。どもりを何とか治そうとすることもせず、どもりのことを分かってもらおうとするのでもない。「これは相手の問題である」と対処の仕方を自分なりに工夫したわけで、そこには、レジリエンスの構成要素の中の「洞察」「独立性」が発揮されている。
 この時だけでなく、陽斗はどもりや、それ以外の自分の悩みに対して、自分自身で解決方法を模索し、グループ学習の仲間や身の周りの人との語りを通し、何とか自分の力で乗り越えてきた。つまり、それは今まで知らず知らずのうちに「当事者研究」をしてきたということになる。

③ 自分を知る、考える
 理人は、校内のことばの教室に通う男の子で、私がこの学校に転任する前からことばの教室で吃音の学習をしてきた。6年生になり、中学校進学に向けて今まで学んできたことをまとめる「当事者研究」を一緒にすることになった。当初は「どもり」をテーマに話を進めようとしたが、理人が5年生の時に学校を続けて休んでいたことが気になっていた私は、彼にその時の様子について研究しないか提案をした。すると、「学校で頑張ろうとすると、途中で挫けて休むことが多かった。僕もあの時のことを考えたい」と言うので、彼の中にいる「頑張れない自分」に焦点を当てて研究を進めることにした。

 理人は、「頑張る自分」のイメージとして天使の絵を、「頑張れない自分」のイメージとして悪魔の絵を描いて、それぞれのキャラクターを「天使は自分のなりたい自分。みんなのリーダーで信頼されている。悪魔はだらしない自分。なかなか力を発揮できないダメな自分」と説明し、さらに次のように語った。
 「4年生までは悪魔の存在にすら気づかなかった。5年生になると悪魔の声だけがした。そして、何かにチャレンジしようとすると『失敗するから止した方がいいよ』と言って、『頑張らなくてもいい』や『学校、休んじゃえ!』って声がすると失敗するのが怖くなって、学校に行けなくなった。頑張れない自分がまた嫌になった。」
 「今は学校に来ているよね。今、悪魔はいないの?」
 「いや、今もいるんだけど休憩している。6年生になって悪魔の姿が見えるようになったら、気持ちが楽になった。天使と仲良く遊んでいる姿を見ていたら、悪魔にもたまにはいてほしいなって思うようになった。今も悩むことはあるけれど、悩みと仲良くなった。休みは頑張るためのエネルギーになるから、たまには休みも必要だと思う。だから、きっとこれからも頑張りすぎる僕に『休んだほうがいいよ』って悪魔が教えてくれるはずだよ」
 理人は当事者研究で私との語りを通して、彼の心の悪魔は決して邪魔者ではなく、必要な存在として考えるようになった。私は理人の悪魔に対する意味づけがこんなにも変わるとは想像もつかなかったので驚いた。

 理人はその後、児童会の委員長に立候補し、全校児童の前で話したり、みんなをまとめたりするようになった。しかし、以前のようにどもることを無理して隠そうとはせず、自分なりに自分の言葉でゆっくりと話すようになった。そして、途中でどもってもそれは失敗ではなく、最後まで自分の言葉で言うことが大事だと思えるようになった。そのことについて尋ねると、「自分の失敗は経験になるから失敗ではない。どもることを恐れて諦めることが本当の失敗だ。どもっても、最後まで自分の言葉で伝えたい」と答えていた。
 そんな彼からは、自分のことを深く考えていこうとする「洞察」や、自分のことを「悪魔と天使」を登場させて考えるなど、課題を自分の言葉で表現しようとする「創造性」のレジリエンスが感じられる。

④ 吃音とともに生きる
 聡は、6年生の夏休み、本人の言葉からはそれほど吃音に悩んでいる様子は見られなかったが、母親が以前から彼の吃音を気にし、中学への進学が不安であると相談にきた。そして、学校の授業を抜けずに放課後でも通えると伝えると、聡も通いたいと言い、週に1回の通級が開始した。
 そんな彼が、年末になり「球技大会でこの学校に来ることになったが、ことばの教室に通っていることは黙っていてほしい」と言ってきた。「友だちにどもりがばれるのが嫌だ」がその理由だ。その3ヶ月後に、聡は小学校を卒業した。その後も聡からは毎年欠かさず年賀状が届いた。中学校では野球部に入り、友だちとも仲良く過ごしている様子で私も安心していた。
 ところが、中学3年生の秋、聡の母親から電話があった。どもりが理由で学校に行きたくないと母親の前で泣きながら訴えてきたのだ。私はすぐにことばの教室に来るように母親に伝えた。数日後の放課後、聡はことばの教室に現れた。「どうした。何か困ったことがあった?」と聞くと、高校受験の模擬面接の練習に行きたくないと言う。今までは上手くどもりを隠し通せたが、面接の練習が始まれば友だちに自分のどもりが知られるかもしれない。それが不安で、学校に行きたくないと思うようになったのだ。彼は友だちにどもりを知られるのが嫌なのだ。また、これまで友だちに隠してきたことに後ろめたさを感じるのだと言う。一方で「受験の当日はどもっても仕方ない」と話していたので、練習がどうしても嫌なら休むのも選択肢だと話した。そして、高校の面接は入学したい熱い思いを伝える場であり、どもるかどうかは関係ないので、しっかり勉強をしてほしいと話した。
 スポーツが盛んな高校に入学したい気持ちが強かった聡は、ついにどもることを覚悟し、面接を受けることにした。第1志望校は不合格だったが、第2志望校に合格した。そして年度末のことばの教室のグループ学習で、中学校生活や高校受験の面接のことを子どもたちに話してくれた。先輩として子どもたちに優しく自分のことを語りかける聡の姿を見て、彼の成長を感じた。
 実際にことばの教室に通っていたのは半年間だけだったが、いろんな話をたくさんして、その後も私と関係を続けてきたのは彼のレジリエンスだ。困ったとき人に助けを求めることのできる「関係性」が、彼を再び私のところへ来させたのだ。そして、好きなスポーツをしたいという人生の目的が、「イニシアティヴ」「モラル」というレジリエンスにつながり、面接でどもる覚悟をさせたのだろう。彼が友だちに自分のどもりを隠し通したことは彼の弱さであり、悩み続けた強さでもある。そして、悩みながらも最後は自分の力で乗り越えたことは、今後の人生を生きる上で大きな財産になるだろう。将来の夢について、聡から「大学に入って、ことばの教室の教師になりたい。どもる自分だからこそできることがある」と聞いた。

ことばの教室で大切にしていること

① 子どもの気持ちや語りを聞く(安心できる場所)
 子どもが安心して自分を語れる、そんな教室にしたい。私はよく友人から「物腰が柔らかく、押しに弱い。勧誘に引っ掛かりそう」等とからかわれることもあるが、言い方を変えれば「話しかけやすい。話を聞いてくれそう」と思われているのなら、担当者としては大変ありがたいレジリエンスではないだろうか。

② 「自分を語ることば(悩みや自分を表現する)」を育てる
 2番目の実践で述べた男の子が4、5年生の頃は「悩みがない」と話していたのが、後に6年生となり「あの頃は問題が大きすぎて言葉にできなかった」と語っていた。実は4、5年生当時はクラスが荒れて大変だったが、彼にそれを語ることばは存在していなかった。その時の様子を後に客観的に考えて語ることができたのは、私やグループ学習で仲間と語り合ってきた彼に育ったレジリエンスだろう。

③ 子どもと対等な姿勢で、私自身も自分を語る
 私がどもりで、どもる特権があるから自分の話をするのではない。むしろ「実は先生もどもるんだよ」と言っても、子どもたちは「嘘つき!」と言ってなかなか信じてくれないので、どちらかと言えば話さない方が無難とすら感じる。しかし、一人の人間として悩みながらここまでやってきたことや様々な経験は子どもにも共感できることばかりである。後日とある研修会で、島根に縁のある故大石益男さんが残したという言葉を聞かされると、島根大会で感じたあの居心地の良さ、私が安心して自分を語れた理由が何となく分かったような気がする。
 ―子どもの好きなことをいくつ知っていますか 私の好きなことを子どもはいくつ知っていますか それを重ねたところにコミュニケーションが生まれる―

④ 子どもたちの小さなチャレンジを見つける
 どんな些細なことでも子どもにフィードバックすることを心がけている。「いいね」や「えらいね」と褒めることも必要だが、褒めると、どうしても上から目線になってしまう。やはり、語りを通して子ども自身で自分の良さや力、すなわちレジリエンスに気づくのが一番だと感じている。

⑤ 子どものレジリエンスを育てる
 「どもりは劣った、恥ずかしいもの」という、身近な環境や社会から影響を受けたドミナントストーリー(支配的な物語)を、「どもっても大丈夫」と自分にとって生きやすいオルタナティヴ・ストーリー(別の物語)に変えていくのが「ナラティヴ・アプローチ」である。そして、物語を変えるには信頼して語り合える人が必要とされる。だとすれば、ことばの教室の担当である私はその中の一人になりたいと思う。また、自分の困っていることを自分で研究するという「当事者研究」で、問題への対処には複数の選択肢が常にあることを学んだ子どもたちは、将来のより困難な状況にあっても、対処していけるだろう。それらの取り組みを通して、レジリエンスの7つの要素の中で子どもに何が育ったのかを検討することが、ことばの教室修了へのひとつの基準になると私は考えている。

おわりに

 無事に島根大会で発表を終えることができた。発表の途中に口が乾いて何度も水を飲み、挙句にトイレに何度も行くくらい緊張したが、会場には吃音を生きる子どもに同行する教師・言語聴覚士の会の仲間や、分科会のコーディネーターとして伊藤伸二さんが傍にいて下さったので、安心して自分のことばで話すことができた。
 当初木曜日から参加し、金曜日に分科会発表、翌日土曜日に観光をしてから帰る予定であったが、私がもたもたして飛行機の予約をせずにいたので、急遽前日の水曜日羽田発、金曜日米子発の飛行機になってしまった。発表の前日に観光する気持ちの余裕なんてものはなく、しかし何も見ずに帰るのは悔しいので、一日かけて出雲大社、地元の一畑電車で宍道湖を巡り、水の都・松江の街並みを歩いた。大会のテーマ「暮らし」と聞いた瞬間、島根の美しい自然と街並みが思い出された。

 分科会前目の記念講演の中で、「今、ここの暮らし」には「今、ここまで過ごしてきた時間」と「これから先の時間」、そして「つながり」や「広がり」があるとの話を聞き、今回のレジリエンスの考え方にも通じると感じた。発表では予め用意した原稿を読むのではなく、「今、この瞬間に感じていること」を自分のことばで語ろうと決めていた。それができたのは島根の地が醸し出す居心地の良さや安心感があったからだ。その意味で、前日に島根を観光したことは案外良かったのかもしれない。
 途中時間がなくなり、最後は焦ってしまい何を話したか記憶が曖昧だが、発表後に会場にいた方から言葉をかけていただき、少し安心した。しかも、その方々は単に私を褒めるのではなく、ご自身の話をして下さるのがとても印象に残り、嬉しく感じた。
 残念ながらその場には、子どもに同行する会の宇都宮市立陽東小学校・ことばの教室の高木浩明さんの姿はなかったが、この発表を作り上げていく過程で何度もメールや電話のやりとりをしたことが、私に自分のことばで語る覚悟をさせてくれた。本当に感謝の気持ちでいっぱいである。

〈参考文献〉
S・J・ウォーリン・S・ウォーリン/奥野光・小森康永訳2002(1993)「サバイバーと心の回復力」金剛出版
伊藤伸二 2013「吃音とともに豊かに生きる」NPO法人・全国ことばを育む会
向谷地生良・伊藤伸二 2013「吃音の当事者研究―どもる人たちが、べてるの家と出会った」金子書房
高木浩明 2014「子どものレジリエンスをどう捉えるか」「第4回親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会」
小森康永 2015「ナラティブ・メディスン入門」遠見書房

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/05/21

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