言語訓練より、対話のレッスン
吃音親子サマーキャンプという場は、不思議な場だと思います。以前、僕は、吃音親子サマーキャンプをひとつの装置と表現しました。あなたはあなたのままでいい/あなたはひとりではない/あなたには力がある、のメッセージが、緩やかで、温かく、包みこむ装置として働いているように思えたからです。流れているのは、子どもとスタッフの対等な関係です。それは、ことばの教室でも同じでしょう。担当者とどもる子どもが対等に、対話を続けていく、そこに吃音とともに生きる鍵があるように思います。
言語訓練とは違う、豊かな世界が広がっているのが、対話の時間です。子どもだけでなく、保護者も、担当者も、子どもを取り巻く僕たちおとなが、自分を語ることを大切にしていきたいものです。
今日は、「スタタリング・ナウ」2016.10.22 No.266 より、まず巻頭言を紹介します。
言語訓練より、対話のレッスン
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
吃音親子サマーキャンプに初めて参加したことばの教室の教師や言語聴覚士がまず驚くのが、子どもたちの対話をする力だ。小学1、2年生の子どもたちが、90分の吃音についての話し合いに集中することに、また、その内容の深さに驚く。
ことばの教室では、このように子どもたちは話さないという人たちと、それはなぜなのかを一緒に考えたことがある。ある教師は、子どもは「ことばの教室を遊ぶ場」だと考えているようだと言う。ことばの教室に、喜んで続けて来てくれる場にするために、子どもの好きな遊びを優先してしまった。信頼関係を作って、ぼちぼちと吃音について話し合おうとの計画だったが、その機会がなかなかもてないと言う。子どもと吃音について話し合わなければならないと、あせる必要はないのだが、吃音をテーマに通う子どもと、吃音についての対話ができないことが歯がゆいと言う。
吃音親子サマーキャンプは、27年前に始めた当初から、吃音について話し合うことを一番の目的にしていた。だから、子どもたちも、このキャンプを、吃音について、自分について話し合う場として、参加している。案内のプログラムには、初日の90分の話し合い、二日目の90分の作文教室、120分の話し合いと、明記されていて、他の活動はないと知っている。だから、低学年でも、ウォーミングアップなしに、「さあ、今から、どもりについて話し合います」と、話し合いは始まる。プログラムが「吃音についての話し合い」と決められているから、初参加の子どもも話し合いに入れる。90分、何をしてもいいとなれば、話し合いは難しいだろう。
ことばの教室を、吃音症状を改善する場と考え、音読練習などをプログラムの中心に据えているところもあるだろう。そうすると、吃音にとって私たちが一番大切なことだと考える「対話のレッスン」がおろそかになる。吃音の場合は、対話することで新たな価値観と出会えるだけでなく、対話そのものが話す機会を増やすことになる。
1965年、どもる人のセルフヘルプグループを設立して以来、私が取り組んできたのは、どもる人だけでなく、様々な人々との対話だった。私たちは吃音の悩みから解放され、吃音の問題は解消された。吃音によってマイナスの影響を受けてきた、行動、思考、感情が変わった。どもりを隠さず、話すことから逃げなくなった。どもりは悪い、劣った、恥ずかしいものと受け取らなくなった。どもる前の不安や恐怖、どもった後の恥ずかしさや罪悪感が和らいだ。吃音は、治らず、改善されないままに、治(おさ)まっていた。言語訓練はしないにもかかわらず、吃音そのものも変化した。
「薬も使わず、入院もせず、重篤と思われている統合失調症が対話を通して回復していく」とのオープンダイアローグの実践を、精神科医や臨床心理士などの専門家は注目し、日本でも導入する動きが出てきた。しかし、「対話を通して吃音の問題が解消した」私たちの成果を、精神科、臨床心理学、社会学の領域の人たちは注目して下さったが、言語病理学だけで吃音に取り組もうとする吃音研究者、臨床家には、無視、軽視されてきた。
「仲間との会話はできても、他人との対話ができない子どもたちが、引きこもったり、精神的に病んでしまうことが起こる。対話が失われつつある現代にあって、教育現場で対話について教え、実践しなければならない」
こう警告して、『対話のレッスン』(小学館)を劇作家・平田オリザさんが出版したのは、オープンダイアローグが日本で注目される10年も前の、2002年のことだ。
オープンダイアローグは、精神医療の世界だけでなく、教育の世界にも今後展開されていくだろう。そうすれば、言語訓練で吃音の改善を目指すより、対話の力を育てることが必要だとする私たちの主張は、より説得力をもつだろう。
対話相手の教師も、自らの対話する力を育てることの大切さを、黒田明志さんが、自分の体験を通して明らかにした島根大会の吃音分科会だった。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/05/19

