オープンダイアローグ
僕が、オープンダイアローグを知ったのは、ずいぶん前のことです。毎年、ゲストティーチャーとして呼んでくださる、大阪公立大学・准教授の松田博幸さんから教えてもらいました。
「統合失調症などの精神疾患に対して、本人や家族から依頼があれば、24時間以内に家族療法の専門家スタッフでチームをつくり、本人を中心に家族との対話を開始する。これを毎日、10日間前後行うことで、入院せず、薬を使わずに回復するという…」
このフレーズに、僕は馴染みがありました。セルフヘルプグループ創立の頃から僕たちがしてきた活動とぴったり重なったからです。
今、世界中で「対話」が重要視されています。言語訓練に代わる対話の力を信じて、今年も活動を続けていきます。
今日は、「スタタリング・ナウ」2016.9.20 NO.265 より、巻頭言を紹介します。
オープンダイアローグ
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
大阪府立大学の松田博幸さんから教えられて観た、ドキュメンタリー映画「開かれた対話」のオープンダイアローグ。日本家族療法学会などでもその話題が多くなり、この5月には日本で初めて、開発者の専門家をフィンランドから招いてワークショップが開かれた。精神医療を刷新するとまでの期待と関心が急速に広がっている。
薬物治療しかなかった、統合失調症などの精神疾患に対して、本人や家族から依頼があれば、24時間以内に家族療法の専門家スタッフでチームをつくり、本人を中心に家族との対話を開始する。これを毎日、10日間前後行うことで、入院せず、薬を使わずに回復するという。しかし、薬物治療中心主義の日本の精神医療の世界では、多くの専門家は最初、その効果に半信半疑だったという。
精神的な危機にあった身近な人の精神病棟への強制入院に立ち会った経験のある私は、24時間以内に本人を含めてミーティングが本当に開けるのかと、当初は疑問を持った。しかし、危機的状況になる前に彼の異変にもっと早く周りが気づいていれば、対応は可能だったろう。それがフィンランドのこの病院ではできていたということだ。
オープンダイアローグの効果は、どもる人のセルフヘルプグループやアルコール依存症のAAなどのミーティング、北海道浦河のべてるの家の統合失調症の人たちのミーティングや当事者研究に直接参加している私には、なじみがあり、納得できることだ。その後、3冊の書籍を読み、講演会で専門家の話を聞いて、概要を知るにつれ、セルフヘルプグループでの私たちの取り組みに共通するものがあると思った。
私が1965年の秋にどもる人のセルフヘルプグループ言友会を創立して、毎週行ってきたミーティングが、オープンダイアローグであったといえるのではないか。どもる当事者が対等の立場で、ゴ一ルや目標を定めずに、ひとりひとりの物語に耳を傾け、レスポンスを返し、対話を続けた。その中で、吃音がいわゆる吃音症状の問題ではなく、「どもりは悪い、劣った、恥ずかしいものだ」との物語こそが私たちを苦しめているのだと、気づいた。さらに、自分が吃音を認めさえすれば、吃音とともに豊かに生きることができると物語を書き換えることができた。言語訓練をせずに、対話だけの力で、吃音の問題は解消し、吃音とともに豊かに生きることができるようになった。これは、開かれた対話を続けた力で、統合失調症が、入院もせず、薬物も使わずに回復したという、オープンダイアローグの成果と同じではないかと思う。
しかし、対話があれば効果が期待できるという単純なことではないだろう。どもりは劣った、恥ずかしいものだと思い、治さなければならないと考える人たちが、いくら対話を続けても、悩みの共感にはなっても、吃音の問題の解消である、吃音とともに豊かに生きる道筋には立てない。
オープンダイアローグには、家族療法の専門家や家族が加わるが、私たちの対話は、当事者だけだ。しかし、いち早く吃音の問題の本質に気づいた先輩の当事者が専門家の役割を果たしている。私たちはセルフヘルプグループで対話を続け、いわゆる吃音症状は治らなかったが、吃音の問題は解消した。その成果を文書としてまとめたのが、1976年に発表した「吃音者宣言」だった。
吃音は、精神が混乱し、自分自身がどこかに行ってしまうような危機的な状況にはない。また、子どもの頃から、吃音とともに生きているので、すでに吃音を生きる素地が育成されている。そのために、オープンダイアローグでは絶対に欠かせない専門家が不在でも、当事者だけの「開かれた対話」で統合失調症が回復したのと似たことが、吃音の世界で40年も前に起こっていたのだ。
私の吃音とつきあう50年の歴史の最初の10年で、言語訓練に代わる対話の力で吃音の問題は解消した。その後の取り組みと、21回の吃音ショートコースは、その成果の検証であると共に、「吃音とともに豊かに生きる」をさらに確実なものにするための学びの歴史であったと言えるだろう。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/05/14

