2015年度 第18回ことば文学賞 2

 昨日に続いて、第18回ことば文学賞の作品を紹介します。今、読み返しても、一人のどもる人の、吃音にまつわる体験がいきいきと綴られています。こんなふうに生きてきた、という体験がたくさん集まることで、後に続く人たちに向けた力強いメッセージになるでしょう。
(「スタタリング・ナウ」2016.8.20 NO.264 より)

  私の居場所
                             林佳代
 2012年の夏、当時付き合っていた彼と食事をしていたときのこと。
 「今日は話さないといけないことがあるねん」
と私が思い切って言った。
 「えっ、どうしたん? あらたまって…」
 「…」
私が言いにくそうにしていると
 「あっ、そうそう、僕も話さないといけないことがあるねん」
と彼は言った。
 「えっ、何?」
と私が驚いて言うと
 「どっちが先に言う?」
 「じゃあ、先に言って」
 「実は僕…」
 「うん…」
 「最近、株で損してしまってん…」
 「えっ!?」
 なーんや、そんなことか…と言いたかったが、ぐっと飲み込んだ。
 「で、佳代ちゃんの方は?」
 「実は…私…どもるねん…」
 とおそるおそる言ったが、「あっ、そうなんや! もっと重大なこと言われるのかと思ってドキドキした。さあ、ご飯食べよう」
 と言って笑われた。
 「私が一番気にしている吃音のことを言ったのに、その反応はないやろう!」と心の中で思った。私は彼に自分がどもることを話せてほっとしたのと同時に、「この人、吃音のこと全然わかってないな」と感じた。今まで私が吃音でどんなに悩んで苦労してきたか、私の気持ちをわかってくれてないなと思った。

 それ以来、しばらく吃音の話をすることはなかったが、ある日、彼が「来週、仕事でプレゼンがあるねん。人前で話すのが苦手やからいややわ。前、佳代ちゃんどもるって言ってたけど、僕も話すことにコンプレックスがあるねん。昔、スピーチのレッスンにも通ったことあるぐらいやで。僕はどもらないけど、人それぞれ苦手なことがあるもんやで」
 と言った。その話を聞いて、私は今まで、自分だけが吃音で苦しい思いをしてきたと、思い込んでいたことに気付いた。彼にもそんなコンプレックスがあったんだ、自分の弱い部分を話してくれて嬉しかった。

 その後もお付き合いは順調に続き、そろそろお互い結婚を意識し始めた。しかし、優柔不断な私はなかなか結婚を決意できなかった。そんな時、私が仕事で腰を痛めて、しばらく病休を取ることになった。歩くのも大変で、こんなにひどい状態がいつまで続くのかという不安と、仕事を休んでしまったという罪悪感で、心身ともに疲れ果てていた。そんなとき、彼が「しんどいときは休めばいいよ。教師の代わりはいくらでもいるけど、佳代ちゃんの代わりはいないよ。今まで頑張って仕事してきたんやから、しばらくゆっくり休めばいいよ。もし、もう仕事するのが大変やったら、永久就職してもいいし!」
 と言ってくれた。その言葉を聞いて、この人の前なら、しんどいときは頑張っている自分を見せなくてもいい、しんどいと言える、ありのままの自分を見せられると思った。

 そして、2013年の2月、私たちは結婚した。翌月には、妊娠していることがわかり、秋には家族が増えることになった。
 出産予定日より1週間ほど早い、11月13日の朝、今までに経験したことがないようなお腹の張りと腰の痛みに襲われた。これはもしかして陣痛!?と思い、すぐに産婦人科に電話をかけた。電話が苦手な私は、受話器の前で行ったり来たりして、なかなか電話をかけられないこともあるのだが、今日は受話器に飛びついた。しかし、こんな緊急事態のときにもなかなか名前が言えず、「えーっと…」「あのー」と繰り返していた。そのときは、どもって声が出ないことより、陣痛の痛みの方が辛くて、冷や汗が出てきた。そして、なんとか「はやし」は出たが、看護師さんに「下のお名前も教えてください」と言われて、またしばらく苦しむことになった。もう一度、苗字から言いなおそうと思ったが、「はやし」も出なかった。手でリズムをつけて言おうとしても声が出なかった。普段、どうしても名前が言えないときは、身体を動かしたり、歩きながら言ったりすると出るときがあるのだが、このときばかりは歩くこともできず、「えーっと…」「あのー」と言いながら、ひたすら声が出るのを待った。そのとき、病院へ行く用意をしていた夫が部屋に入ってきたので、代わりに言ってもらおうと思った瞬間、「かよ」と名前が出た。ほんの数十秒の時間だったと思うが、吃音と陣痛のダブルパンチでとても長く感じられた。

 後日、夫にその話をすると、「緊急事態やってんから、代わったのに。そんなところで頑張らんでもいいやん」と笑われた。でも、私は陣痛で苦しみながらも、自分で名前を言えて良かった。電話でこんなにひどくどもったのは久しぶりだったので、自分でもびっくりしたが、どもっているうちに声が出たし、いくらどもってもなんとかなるものだなと思った。
 吃音で一人悩んでいた頃は、人前でどもるのが嫌で、どもりを隠すのに必死だった。それに、誰かに吃音の話をするなんて考えられなかったし、吃音のことで笑える日がくるなんて思ってもみなかった。

 大阪吃音教室と出合う前の私は、どもりは劣ったもの、どもっていたら就職ができない、など吃音をマイナスにしか考えられなかった。だから、どもりをどうしても治したくて、スピーチクリニックにも通ったことがある。何度も発声練習をしたり、電話の練習をしたりしたが、まったく治らなかった。それなのに、先生からは「頑張って練習しよう」と言われ続けた。自分では精一杯頑張っているのに、これ以上どう頑張ったらいいの?と途方に暮れてしまった。だから、私は「頑張れ」という言葉があまり好きではない。どんなに努力してもできないことはある。
 大阪吃音教室で伊藤伸二さんに「吃音は治らない」と聞いて、「自分の努力示足りなかったわけではなかったんだ」とほっとした。それに、今まで吃音をマイナスにしか考えられなかったけれど、どもりながらも笑顔で話をしているたくさんの人を見て、「どもることを隠さなくていいんだ」「どもりながらでも楽しく生きていけるんだ」と気持ちが楽になった。そして、自分は一人ではない、たくさんのすばらしい仲間がいる、ここが私の居場所だと思った。
 結婚してもうすぐ3年。夫とはよくケンカをするし、「吃音は治さなくていいけど、性格がきついのは直してほしい」と言われることもある。だけど、夫は私がどんなにどもっても最後まで話を聞いてくれるので、この人の前ならいくらどもってもいいという安心感がある。ここにも、私の居場所がある。
 これからも、どもりで悩んだり、困ったりすることがあると思うけれど、きっと大丈夫…私には居場所が2つもあるのだから。

【選者コメント】
 恋人だった彼が夫になり、二人の会話の光景が、さわやかな風を運んでくる読後感をもった。なにげない日常の場面を切り取り、心の中の情景も含めて、丁寧に描写している。
 思い切って吃音のことを打ち明けたとき、陣痛かと思わせる痛みに病院に電話しようとして名前が出なかったとき、どれもどもる人にとっては大変な状況なのに、クスッと笑わせるのは、筆者もそしてその夫も、どもりをマイナスのものと思わず、どもることを話しことばのひとつの特徴として受け入れているからだろう。
 吃音は治さなくていいけど、性格のきついのは直してほしいの夫のことばには、笑える。最初の二人の内緒にしていたことを公開し合う会話から、最後のこの夫のことばまで、吃音で悩んできたこと、その中で安心してどもれる相手を得た喜びが、ユーモアをもって綴られている。どもっているという状態は変わらないのに、受け止め方で、風景は変わって見えてくる。どもりと上手につき合うとはこういうことを言うのだろう。
 2つの居場所をもった筆者は、これからも、いろいろあってもきっと乗り越えていける。そう確信させる、ユーモアあふれる、ほのぼのとした作品である。

【作者感想】
 久しぶりに吃音ショートコースへ参加できただけでも幸せだったのに、優秀賞までいただき、とても嬉しく思います。ありがとうございました。
 夫に文学賞作品を見せたら、「大阪吃音教室の人たちと出会えて良かったね。こんな場なんてめったにないねんから、これからも吃音教室の人たちを大事にしなあかんで」と言われました。吃音の話をできる人たちが身近にいて、ありのままの自分の姿を見せられることは本当にありがたいことです。
 自分がどもることを相手に伝えるのは少し勇気がいることですが、相手も自分のコンプレックスを話してくれることもあるので、人間関係が深まる場合も多いと思います。私と夫の場合もお互いのコンプレックスを話すことで距離が縮まりました。
 以前は、吃音も腰痛も私を困らせるものでしかなかったのですが、結婚できたのは、吃音と腰痛のおかげだと思うので、これからも上手く付き合っていきたいと思います。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/05/09

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