映像化プロジェクト
日本吃音臨床研究会のホームページのリニューアルが、今、仲間の手で少しずつすすめられています。
このホームページの土台は、僕の親友、初期の言友会活動を共にした「言友会の虫」の京都の吉田昌平さんの娘さんの谷口さんが作ってくださいました。細々と続けていた僕のブログを偶然見た谷口さんが、父の昌平さんのことを知りたいと僕に連絡をとってくださり、それが縁でホームページ作りのお手伝いをしてくださったのです。それを大阪の仲間の堤野さんが引き継いでくれて、今に至っています。
ホームページでは、映像や文字で、どもる人の生の声をたくさん紹介しています。映像関係を一手に引き受けてくれているのが、大阪の仲間の井上さんです。
今日、紹介する「スタタリング・ナウ」2016.8.20 NO.264 では、ことば文学賞の自分の作品を、自らが朗読している場面を紹介しています。ひとりひとりの人生が吃音とどうつながっているのか、生の声の持つ力を伝えていきたいと思っています。
映像化プロジェクト
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
吃音親子サマーキャンプで上演する劇の、スタッフによる事前レッスン合宿が始まる前の2時間、ビデオ撮影が行われた。
《どもりは審査委員長 赤坂多恵子 67歳》
「私の人生の第一次審査は、”どもり”が担当する。仕事を探す時は、社名が言い易いか、住所や電話号すら言い易いかどうか審査の対象となる」
なんと吃音にとらわれた人生かと、ここまで読んだ読者は思うだろう。しかし、どもりにゆだねた人生も面白いと赤坂さんは言う。
《世界は、変わる 藤岡千恵 40歳》
「私、吃音のことは、もう誰にも言いたくない。誰にも言わないでお墓まで持っていくつもり。その方がラク」
11年前に書いた日記から話は始まる。こう書いた直後、大阪吃音教室を訪れるが、治したいと必死だった彼女には、大阪吃音教室は合わなかった。7年間「吃音を治そう」とさ迷ったあげくどうしようもなくなり、再び大阪吃音教室を訪れ、どもりながら話せる今が幸せだと綴る。初めて教室を訪れた時、彼女は、ほぼ完壁に吃音をコントロールしていた。それが今では、楽しげにと言ってもいいくらいに、かなりどもる。その音声と姿は、吃音を否定的にとらえる人には驚きの映像だろう。文章だけでなく真実の姿が映し出されている。
《新しい道を歩み始めて 堤野瑛一 37歳》
高校2年生からどもり始めた堤野さんは、吃音を受け入れられない。大阪吃音教室へ来たのも一度だけで、「どもりは治る」と宣伝する所へはどこへでも行き、必死で治す努力を続ける。どもりとの戦いに疲れ果て、再び大阪吃音教室に出会う。
どもりと戦うことの無意味さ、吃音をコントロールし、どもっていないかのように振る舞うことの苦しさ。誠実に生きることでこそ、新しい道は開けるとの4人のメッセージは、映像を通して、吃音に悩む人、どもる子どもやその保護者、吃音に関わることばの教室の教師や言語聴覚士、さらには吃音に関心のある人に伝わっていくだろう。
ことば文学賞の作品を作者本人が読み、その講評を私が読み、次に作者と対談する。文章の中に出ていないエピソードも聞け、短い時間だがその人の吃音人生にふれることができる。文学賞の講評者として、何度も読んでいる作品だが、本人が読んでいるのを聞くとずいぶん違う。文字で読んでいる時には感じられなかった、映像が頭に浮かんでくるのだ。また、対談では、その文章だけでなく、これまでの人生を聞くことができる。
この映像化プロジェクトを構想し、このために新しくビデオカメラを購入し、大変な編集作業を担う井上詠治さんは、吃音親子サマーキャンプの卒業生だ。また、井上さんは、今夏、販売を開始した、アメリカの青年マイケル・ターナーが監督し制作したドキュメンタリー映画 「The Way We Talk(私たちの話し方)」の日本語字幕をDVDの映像に挿入する大変な作業も担当してくれた。
今、インターネットでも書籍でも吃音についてはネガティヴな側面があふれている。吃音に悩みながらも、吃音に向き合うことで、新しい人生を歩み始め、今、吃音と共に豊かに生きている、NPO法人・大阪スタタリングプロジェクトの様々な活動や人々が映像化されることはうれしい。(日本吃音臨床研究会のホームページの動画のコーナーで見ることができます)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/05/07

