障害認定で人生が大きく開けるに違いないと考え始めているあなたへ 3

 「スタタリング・ナウ」2016.5.21 NO.261 より紹介を続けます。今回で最終です。ちょうど10年前に書かれたこの文章ですが、状況は今もほとんど変わっていないと思います。
 今、人生の岐路に立ち、自分のこと、吃音のことを真剣に考えているどもるあなたに、この僕たちの声が届くことを願っています。

  障害認定で人生が大きく開けるに違いないと考え始めているあなたへ 3
           掛田力哉(大阪スタタリングプロジエクト・大阪府支援学校教員)

6.「ユーモア」の力

 『発症は6歳の頃。「ことばの教室」がある小学校に転校したが治らず、いじめの標的となった。中学で「風紀委員長」となり、毎週朝礼時に舞台上で話さなければならず、生徒や教師に笑われた。「恥ずかしくて、悔しくてたまらなかった」。高校や大学でいじめはなくなったが、散髪や食堂での注文など日常生活で苦労が絶えない。電話でのやりとりにも難渋した。就職活動が始まり、「電話ができないと仕事にならない」と民間の吃音矯正訓練所に通ったが、完治しなかった。面接で「君は不思議な話し方をするね」と断られ続けたが、かろうじて就職にこぎ着けた。ところが、仕事が始まると電話で吃音が目立った。上司によって「電話に出なくてもいい」「新入社員なのになぜ出ないのか」と言うことが異なり、やり切れない思いをした。やがて望まぬ部署に異動となり、入社12年目の2004年にリストラに遭った』(9)

 吃音を身体障害に認定する事を求めて裁判を起こした男性のことが、昨年新聞に載りました。男性にとって吃音は常に「治すべきもの」でしかなく、治らない事実に打ちひしがれ続けた一方、吃音について様々な視点から学んだり、共に考えながら、その豊かさを共有したりできる仲間とも出会えなかった事が、私の胸をえぐりました。
 吃音を「自分の人生を振りまわす悪」にしか捉えられなかったこの男性が、それを身体障害と認定される事で、本当にそれと豊かにつき合い、楽しい人生を送っていけるのかとの疑問が私の頭にうずまきました。しかし、この記事を読んだ私の胸を一番締めつけたのは、「吃音はどうしていつもこのように、暗く、やりきれない、悲惨なもの」と表現されてしまうのだろう」という切なさ、無念さでした。
 この記事を読んだどもる子どもや親は、どれほどの絶望感に苛まれるだろうと思うと、たまらない思いにかられました。

 『悲しむこと、涙を流すことが、あたかも悪いことのように思い込まされて、悲しみを押さえてきた人々にとって、悲しみを語り、思い切り泣けるのはなんと嬉しいことか。悲しい時には悲しみ、泣きたい時には泣く。こんな当たり前のことができないのはどこかおかしい。ユーモアや笑いはとても大切なことなのに、それとは異質なものが、それらしく、大手を振って歩いている。お笑いタレントがテレビを支配して久しい。どの番組でも、必要以上に、笑い声と笑い顔が満ちあふれている。暗いと言われることを恐れ、悲しみを嫌い、悲しみの涙を嫌う。悲しみから癒されずにいる人々にとって、なんと生き辛いことか』(10)

 私が初めて自身の吃音と向き合うきかっけになったこの本の一節は、それまで私が抱えていた生き辛さや孤独感の正体を教え、その後の私の学びにおける問題意識に大きな影響を与えてくれました。実際にこの本の著者である伊藤伸二さんに出会い、「大阪吃音教室」の仲間たちと出会った時、私は再び大きな衝撃を受けました。互いの話の内容に「ツッコミ」を入れ、時には激しくどもりながらしゃべる参加者の様子に自然と笑いさえ起こり、例会にはいつも笑顔が満ち溢れていたのです。長年、私にとって吃音は恥じるもの、隠すものでしかなかったのに、ここでは吃音が完全にオープンにされ、互いの共通語になっている。どもる苦労を互いに笑い合える様子は、テレビで飛び交う軽薄な笑いとは全く異なり、苦しみ悲しみを存分に共有しあっている者同士だからこそ成し得る「職人技」のようでもあり、何より吃音を大切に愛おしく思っているからこそ起こり得る笑いのようにも感じられたものでした。

 私たちの研修会に来て下さった大阪大学の三木善彦さん(臨床心理学)は、「ユーモアとは、”にもかかわらず笑う”ことだ」とのドイツの格言を教えて下さいました。「私は今苦しんでいる。だがそれにも関わらず、笑う」ということは、不安や困難を笑いによって「ごまかす」事ではありません。自分たちの苦労や生き難さを時にはクスッと笑ってみたり、文学や芸術に表現しながらしみじみと味わう作業は、自分たちの問題を客観的に見っめ、全く気づかなかった事実を発見するための「生きる知恵」なのだということを、私たちは実感してきました。

 私たちの仲間が長く実践している「吃音川柳」や学習・どもりカルタも、その1つです。
 「好きだよと 言えずに言った アイラブユー」
 「手を挙げる 当たらぬようにと 祈りつつ」
 「もういいかい 言われて出ない まあだだよ」
 など、短い言葉に込められたどもりの苦労や切なさは、吃音に悩んだ人なら共感できるものでしょう。激しい言葉で悲しみを並べ立て、強硬に訴えずとも、少し肩の力を抜いて自分たちの苦労をこんなふうに表現できたら、それは多くのどもらない人たちにも何かを訴えかける十分な力を持ち得るのです。

 仲間の一人のエピソードを紹介します。いつもは言いやすい他のメニューを頼んでいたが、ある食堂の「やきにく定食」をどうしても食べたくなった。メニュー表がなく、指さしでは頼めない。そこで、その人は「やきにく」の「や」を取って、「あきにく定食」と注文してみたら通じてしまった。「あんなにうまそうに見えた焼肉は、ただの安いバラ肉だった」のオチまでついています。
 どうしても出ない最初の言葉を省いたら、何の問題もなく通じたという同様の経験をもつ仲間は多くいます。そこで気づかされることは、「他人は自分が思うほど真剣に人の話を聞いてはいない」という事実です。この発見は、私たちが一歩を踏み出す上で非常に大きいものです。仲間の一人は「だからこそ、自分はもっと話の内容を磨き、人に聞かせる話をしたい」と感じるようになったとさえ言います。先に紹介した新聞記事では、食堂の注文は「苦労や屈辱」の象徴でしかなかったと書かれていますが、信頼できる仲間と共に、ユーモアを持って自分たちの問題を見つめ直すことができれば、同じ「食堂の注文」の場面が、私たちの人生における「事実」「真実」を明らかにする大きな可能性に満ちた場面になることを知って頂きたいのです。

7.おわりに

 4月から、「障害者への配慮」を義務付ける「障害者差別解消法」が施行されました。これは画期的なことで、この施行を心から望んでいた様々な障害のある人たち、とりわけ身体障害に比べて目に見えにくい発達障害の人たちが大きな期待を寄せていることを私も十分認識しているつもりです。「相談場所を増やして欲しい」「障害雇用枠での就職も選択肢に。適切に支援を」の意見に私も異論もありません。(11)

 一方で、障害者個々人の実情や生活背景も知らない「行政関係者や学者や専門家」が作った法律や制度を以てして真の「障害者理解」が一気に進むような幻想を、多くの教育関係者ばかりでなく当事者たちまで持ってしまっている現状に、違和感と不安を覚えてもいます。法や制度が整うだけで、私たちの持つ問題は解消されるとは思えないからです。

 障害児教育に携わり、そこから給料をもらっている私のような人間が言うと大きな語弊があるかも知れませんが、敢えて言うならば、「障害のない人」が「ある人」に対して常に完壁な配慮や支援を重ね続けなければならないような、寒々しい人間社会にしたくないとの強い思いが私にはあります。

 「あなたの事、良く分からないし、全部共感する事なんて出来ないけど、でもお互いいろいろあるよね」というごく人間的で緩やかな人間関係が許されない世の中ほど、窮屈なものはありません。もっと互いがそれぞれの持つ固有の困難や生き難さについて、喜びや悲しみについて、語り合い伝え合い、想像力を働かせ合い、学び合いながら「対等に」生きる社会は作れないものでしょうか。そんな思いの延長線上に、「吃音を安易に障害にしたくない」という私(たち)の主張があります。是非、私たちと一緒に、皆さんにも考え続けて欲しいのです。

参考文献
(1)灰谷健次郎『私の出会ったこどもたち』新潮文庫、1984
(2)杉田峰康『交流分析のすすめ』日本文化科学社、1990
(3)平木典子・伊藤伸二『話すことが苦手な人のアサーション』金子書房、2007
(4)『私の視点 吃音への理解「劣ったもの」ではない』朝日新聞、2014.3.10
(5)http://isad.isastutter.org/isad-2014/papers-presented-by/perceptions-and-interpretations/public-perceptions-of-stuttering/
(6)宮崎隆太郎『増やされる障害児』明石書店、2004
(7)中西新太郎『人が人のなかで生きていくこと~子どもも大人も生きやすい社会とは~』
(『日本の学童ほいく』2016年2月号)、全国学童保育連絡協議会
(8)堤野瑛一『劣等感』(「吃音を生きるⅡ~どもるたちのサバイバル~」)NPO法人大阪スタタリングプロジェクト、2014
(9)『吃音の悩み:男性「差別の人生」障害者手帳求め法廷に立つ』毎日新聞、2015.12.6
(10)伊藤伸二『新・吃音者宣言』芳賀書店、1999
(11)石山英明『発達障害 大学生のケア後手』朝日新聞、2016.2.27他   (了)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/04/24

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