どもる子どもと向き合い、子どもと語る~当事者研究、ナラティヴ・アプローチ、レジリエンス~
今日から4月。新年度が始まりました。
自宅のマンションの桜も、満開に近い状態で、咲き誇っています。吃音に悩んでいた頃の新年度、新学期にはいい思い出があまりありません。新しいクラスでの自己紹介が心配で、正月が過ぎた頃から不安だったことを思い出します。早春という季節、今は好きなのですが、あの頃は、胸がきゅんとなる季節でもありました。
今日は、2014年9月12日に開催された、第47回北海道言語障害児教育研究大会渡島・函館大会で、僕が記念講演をしたものを紹介します。「スタタリング・ナウ」の2015.11.20 NO.255 に掲載されているものです。
どもる子どもと向き合い、子どもと語る
~当事者研究、ナラティヴ・アプローチ、レジリエンス~
第47回北海道言語障害児教育研究大会渡島・函館大会
2014年9月12日
日本吃音臨床研究会 伊藤伸二
はじめに
北海道は思い出深いところです。大学4年生の時、3ヶ月かけて日本一周の一人旅をしました。その旅の中で、函館山から夜景を見た時、涙がぼろぼろこぼれました。風景を見て涙を流すのは最初で最後の経験です。なぜ、そのとき、函館の夜景に涙を流したのか、今回、函館に来てからずっと考えていました。
僕は小学校2年生の秋から苦しい学童期、思春期を送りました。僕を理解するひとりの教師もなく、友だちもなく、勉強もせず、夜はいつも自転車でさまよい、夜の津の海岸の浜辺に打ち寄せる波を見ていました。函館の夜景が、苦しかった頃を思い出させると同時に、今の幸せを、宝石のようにちりばめられた夜景に見たのだと思います。
僕は、吃音を否定し、「吃音が治らないと、僕の人生はない」と思いつめ、「治る」ことばかりを考えて生きてきました。21才の夏休みの1か月間、吃音治療所で必死に治す努力をしましたが、吃音は治らず、治すことをあきらめ、「吃音と共に生きていこう」と決意しました。「どもっても、まあいいか」と、吃音を認めることで僕の人生は変わりました。苦しかった時代と、今の違いは「吃音を否定しているか、肯定しているか」だけです。
この僕の経験や、「吃音を否定し、吃音との闘いに敗れた」たくさんの人の人生を聞く中で、どもる人の苦しみの根源に、「吃音否定」があると確信するようになりました。
「吃音を否定しないでほしい」が、僕の話したいことのすべてです。だから、吃音を否定する動きには敏感に反応し、それに対して僕はずっと闘ってきました。
アメリカ言語病理学が、「吃音治療・吃音症状の軽減」にいつまでもこだわる中で、日本のことばの教室のみなさんは、「吃音を治す」にとらわれていません。リッカムプログラムや統合的アプローチなどが紹介されると、言語訓練しなければならないのかと不安になるかもしれませんが、これまでの教育・指導にどうか自信をもって下さい。
どもる子どもに、「あなたはあなたのままでいい。あなたは一人ではない。あなたには力がある」と僕は言ってきましたが、この講演からことばの教室のみなさんが、同じメッセージを受け取っていただければうれしいです。
7月に札幌市で開かれた「言語障害臨床研修会・吃音」に僕が招かれたのは、昨年7月、札幌のどもる看護師の青年が自殺したことを受けてのことだと思います。今後どもる子どもの教育をどう考えるかの話をしましたが、90名ほどの参加者のみなさんから、これまでの自分の取り組みが間違っていなかったと確認できてよかった、新しい視点が得られたなどの感想をいただきました。そのたくさんの感想を送っていただき、勇気を得て、今回も僕の考えを思い切って話します。
「吃音の理解がない社会の中で、学校生活を送ったり、仕事をしたりするとき、吃音は大きな障害になる。完全には治らないまでも、少しでも、吃音症状を軽減し、改善してあげることが必要だ」
あのようなできごとが起こると、このような意見が出てきます。この、どもる人、どもる子どもの幸せを考えているかのような考え方は、役に立たないどころか、弊害があると僕は考えています。「改善してあげる」は、治療法があり、訓練や本人の努力で症状の軽減、改善が確実にできる場合に言えることです。
「ゆっくり、そっと、やわらかく」の1903年に始まった伊沢修二の楽石社の治療法は、ほとんどの人が失敗してきたもので、訓練して身につけるのがとても難しいのです。これほど医学、科学が進歩した時代でも、「ゆっくり話す」こと以外、吃音の治療法がない吃音です。どもる人がその吃音を否定し、少しでも改善しなければと考えるのは、どもる現在の自分を否定し、悩みを深める恐れがあります。これは、僕を含め、世界中のどもる人が散々経験してきたことです。
不幸な自殺というできごとがあったからこそ、「吃音を改善する」ではなく、吃音と向き合い、吃音哲学を学び、「吃音とのつきあい方」を学ぶ必要があります。たとえ吃音に理解がない社会であっても、サバイバルして生き抜く力を育てることが必要です。まず、吃音への理解が全くない職場でサバイバルしている若い消防士の話をします。
消防士の体験
彼は、大学生4年生の時、「僕は消防士になりたいが、緊急の無線連絡や報告が多い消防士になってもいいのだろうか」と相談してきました。
「どもることでの苦労はどんな仕事に就いても出てくる。自分のしたい仕事で苦労した方がいい。何年かかっても夢を追求してほしい」
こう言って、僕はしたい仕事に就くことを薦めました。彼は、面接でかなりどもりましたが、東京都の採用試験に合格しました。しかし、消防学校は予想以上に過酷な場所でした。担当教官の控え室に入るときに、自分の名前が言えない。練習を何度もさせられ、「消防学校の間に、どもりを治せ」と言われました。さらに、「お前のようにどもっていて、東京都民の命が守れるのか」とも言われました。僕たちは彼を支え、無事に消防学校を卒業し、彼は今東京都の消防署に勤めています。
なぜ彼は、1年間の厳しい消防学校生活に耐え、今消防士として働くことができているのか。ここにどもる子どもの指導に生かせるポイントがあります。彼は、小学4年生から吃音親子サマーキャンプに参加し、吃音と向き合い、語り合い、学習してきました。さらに彼には、困ったとき、いつでも相談できる両親や、どもる大人がいました。困難な状況でもしなやかに生き延びる、回復力、レジリエンスが彼に育っていたのです。「吃音を生きる力」を育てることの大切さを物語っていると思います。生きる力、レジリエンスを育てるのが、ことばの教室の役割だと僕は考えています。
吃音の問題とは何か
吃音は治らない、治せない
「完全には治らないまでも、少しでも吃音の症状を軽減してあげるのが、ことばの教室の役割ではないか」
この主張が根強くあります。しかし、原因が分かっていない吃音は、薬や手術の治療法がなく、「ゆっくり、そっと、やわらかく」のとても難しい言語訓練しかありません。それを、軽減してあげるのが役割だと言われても、みなさんも困るでしょう。ある治療法で「軽減した」との論文が出されても、訓練室の中だけのことで、成果を持続させ、日常生活に生かせないのは、100年以上、変わらず続く吃音の治療の限界で常識です。
世界最新の吃音治療について、カナダの大学院で学び、カナダの大きな病院で言語聴覚士として働き、アイスターという世界のトップクラスの吃音治療所で吃音治療に携わっていた言語聴覚士の池上久美子さんが実情を報告してくれました。
「ゆっくり話す」のスピードコントロールが、治療法のプログラムのすべてで、4週間の治療で効果があったとする人も、100%が再発する」
彼女が担当した青年は、アイスターで何度も訓練を受け、アメリカの著名な大学教授などの治療を何度も受け続け、15年間、500万円を使ったが治らず、今は、どもる事実を認めて生きています。
100年以上も効果のなかった「ゆっくり、そっと話す」言語訓練を、僕たちは45年前にきっぱりとやめました。世界一の臨床家のアメリカのチャールズ・ヴァン・ライパー博士も、80年の生涯をかけて「吃音は治せない」と言い続けました。
「私はこれまで数千人以上のどもる人の治療に当たってきたが、自分を含めて、誰ひとり吃音を治せなかった。新しい治療法が提案されるたびに、一つくらいは本物があるだろうと期待して調べたが、すべてインチキで、何一つ満足できるものはなかった。心臓病などの慢性病を受け入れざるを得ないように、吃音を受け入れましょう」
この主張は、僕と似ていますが、ライパー博士は「吃音を受け入れるだけでは十分ではない。どもり方は変えられる」と、「楽にどもる」ことも提唱しました。ライパーの弟子、バリー・ギターは、「吃音を受け入れる」ことよりも、流暢性促進技法の「ゆっくり、そっと、やわらかく」の言語訓練を強調しました。しかし、それも全く効果がないのです。それが、アメリカ言語病理学の限界です。
僕も、ライパー博士同様に、48年の吃音の取り組みの中で、数千人以上のどもる人に出会いましたが、誰も治っていませんでした。「吃音は治らない、治せない」と考えて、「吃音と生きる」に集中する僕と、「吃音を受け入れよう」と言いつつも、「流暢性の形成」にこだわる、弟子のバリー・ギターとは、根本的に違います。
どもる人たちも、完全に治ることを求めているわけではなく、少しでも軽減し、言いたいときに、吃音をコントロールできれば、楽にどもれればいいと考えています。しかし、それができないから、どもる人は悩みます。アメリカの言語聴覚士の95%が吃音の臨床に苦手意識をもつのは、吃音の改善、吃音コントロールも教えられないからです。習得の難しい、吃音のコントロールをめざすと、教える方も教えられる方も苦しくなります。
僕たちの仲間の、ことばの教室の担当者や言語聴覚士は、それらをまったく考えていないので、苦手意識はありません。吃音は、治せないだけでなく、軽減させることもできないと考えて下さい。
あまり意味のない吃音の改善
吃音の症状が吃音の問題なら、症状の重い人より、軽い人の方が悩みが小さく、吃音からくるマイナスの影響は小さいはずですが、その反対の場合が実に多いのです。かなり吃音の目立つ人が、どもる事実を認めて、教師など話すことが多い仕事に就いている一方、吃音と分からない程度の人が吃音に深く悩んでいます。吃音は、どこまで、症状が軽減されれば、その人が満足するかの線引きはありません。軽減すればするほど、あと少しあと少しと完全を求め、「いつか、完全に治れば」の思いが膨らみ、吃音と共に生きる覚悟ができない人がいます。それだけではなく、人生の旅立ちをも遅らせる危険があるのです。
成人のどもる人の苦悩は、「どもれない苦しさ」です。50歳で課長に昇進した人が、大勢の前で、「起立、着席、願います」などの決まった短いことばが言えません。人前でのスピーチや普段の業務は、問題ないので、どもりたくないのです。年に2回の司会のために、仕事を辞めようかと悩んでいます。吃音の症状が軽減されても、吃音を否定していれば、さらなる大きな悩みが始まります。多分、みなさんがどもる人のグループのミーティングに参加したら、驚くだろうと思います。からだとことばのレッスンの竹内敏晴さんが、最初にレッスンに来て下さったとき「これくらいしゃべれれば十分じゃないか」と言われました。あまりどもりが目立たない人が多いのに驚いたのです。
学校で音読や発表が苦手な子に、音読や発表の練習をして、学校でうまくどもらずに音読や発表ができたとしても、そのときはいいのでしょうが、それが生きる力になり、将来的にも大丈夫ということにはなりません。小学校6年間、ことばの教室に通い、あまりどもらないままに卒業した子どもが、中学生、高校生、大学生、社会人になって、あるきっかけで悩み始め、学校へ行けない、仕事を辞めたいなど相談に来る例はたくさんあります。
ことばの教室で改善できなくても大丈夫
2002年の全国難聴・言語障害教育研究協議会・千歳大会で、千葉市のことばの教室の渡邉美穂さんが6年生の男子K君の実践を報告しました。吃音を肯定し、どもりながら堂々と発表する姿をビデオで紹介したのですが、「ことばの教室で6年間指導したのに、こんなにどもらせて、成果があったと言えるのか」と吃音分科会の助言者から厳しく批判され、会場も批判的な空気に包まれ、渡邉さんは悔しい思いをしました。その後、僕は大学生になったK君と会ったのですが、ビデオでみた彼とは違い、あまりどもらなくなっていました。「ビデオの撮影のとき、すごくどもりながら最後までできたのは気持ちがよかった。ことばの教室で、吃音について話して、勉強したことがよかった」と彼は話してくれました。吃音は無理をして治さなくても、自然に変化していくのです。今、彼は千葉県のある市役所で楽しく働いています。どもったまま卒業させても、吃音を学べた、ことばの教室の取り組みは、彼を大きく成長させたのです。
渡邉美穂さんは、2011年の全難言・札幌大会では「どもりカルタ」の実践を発表しましたが、北海道の人たちから好意的に受け入れられたと喜んでいました。
吃音の改善を目的とした言語訓練の副作用
「吃音は悪いものと否定しているわけではない。吃音を肯定しながらも、改善に向けての努力はすべきだ」
この意見は根強くあります。しかし、どもる僕たちの間で長年論議した結果、両立は難しいと、「吃音を治す努力の否定」を40年以上も前に提起し、一切の吃音を改善する努力をやめました。吃音を認めながら、治す・改善する努力ができ、それで楽しい人生が送れるようになる人は、そうすればいいと思います。治したいと思っても、なかなか努力ができないし、成果があがらなかった僕たち凡人には吃音を認めるしかありまん。
リッカムプログラムの、どもったら言い直しをさせて、それでどもらなかったら褒めるというアプローチは、子どもが吃音を否定する可能性があります。また、ことばの教室の先生が、治すために「ゆっくり、そっと、やわらかく」などの言語訓練を一所懸命してくれればくれるほど、「どもることは、いけないことだ」との、吃音へのネガティヴな感情や考えを子どもに持たせてしまいます。吃音を少しでも軽くしてあげようは、教師の善意には違いありませんが、改善を目的とした言語訓練は、「吃音否定」の物語を作りかねないのです。
吃音否定から、逃げの人生を歩む結果となりやすいのが、吃音の治療から受ける副作用です。吃音を強く否定した人が、「どもっても、まあ、いいか」の吃音肯定の道筋に立つのは並大抵のことではありません。僕は21歳でしたが、チャールズ・ヴァン・ライパーは30歳、僕と仲の良かった世界的ミュージシャンのスキャットマン・ジョンは52歳までかかりました。吃音の改善を目的にした言語訓練をする人たちは、「あなたたちは、ただ遊んでいるだけ、話しているだけではないか」と、みなさんを批判するかもしれません。その批判に耳を貸す必要はありません。「遊び、語り合う」に大きな意味があるのです。これらのことは、子どもが成長し、変化する妨げにはなりませんが、吃音を改善しようとする言語訓練には副作用の危険がはらんでいるのです。
人や吃音が変わること
吃音は自然に変化する
吃音は言語指導を受けずとも、言語訓練をしなくとも、日常生活の中で話していくうちに自然に変わっていきます。幼児期の吃音の45%は自然消失しますし、場面で吃音は変化します。吃音が自然に変わるのは、明らかです。僕を含めて、吃音症状が軽減したかのように変化する人はたくさんいます。これは、自然に変わったものですが、変化した結果だけを見て、言語訓練でも「吃音は改善できる」と錯覚します。
音読がうまくできるようになったことが自信になり、その後の生活が充実してきた子どももいるかもしれません。しかし、どもる覚悟、吃音と共に生きる覚悟ができていないと、何かのきっかけで、再びどもり始め、悩むことはよくあります。大学生が就職を控えて、あるいは社会人になって3年目に昇進したことがきっかけで、最近よくどもるようになったと、相談の電話をかけたり、セルフヘルプグループに来る人は、とても多いのです。
吃音が自然に変わるは、どもるようになることにもあらわれます。吃音親子サマーキャンプに小学4年生から参加し続けた斎藤由貴さんは、キャンプ卒業時ほとんどどもらなくなっていたのに、大学の薬学部の2年生から3年間かなりひどくどもるようになりました。母親や周りは慌てましたが、本人はなんとか乗り切り、今は薬剤師として働いています。吃音症状の改善よりも、吃音と共に生きるという、自己概念の方が大きな力になりました。
日常の学校生活の中でこそ、吃音は変化する
近藤邦夫・東京大学教授が、小学校の4年生の授業を見学したときのことを書いています。
―ひどくどもりながら堂々と発言する男の子、「それが当然」と彼の発言に耳を澄ますクラスのみんな。二年後訪れた時、彼は他の子どもと見分けがつかなくなっていた。この変化を、「たどたどしい彼の言語表現をごく自然に聞いていた級友たち。このような教室の中で、ごく自然に吃音は変わっていったらしい。「自分づくり」と「仲間つくり」の過程が、彼の吃音の変化を促したのだろう。それが学校の「臨床」だ―
みなさんのことばの教室で、楽しく遊び、歌い、絵本や詩を読んで培ってきた表現力と、ほっとできる場で、どもりながら一所懸命話したことを教師に聞いてもらえた喜びは、通常学級の生活の中で話し、発表し、友だちと遊ぶことにつながり、そして、吃音は自然に変化していくのです。
基本設定されている吃音
どもる人は、誰もが吃音と共に生きていけるよう基本設定されていると僕は最近考えるようになりました。関節リウマチの人と知り合い、その生活の苦悩を聞きました。24時間激痛で眠れない。薬で多少痛みが和らいだとき、少し眠れる程度だとの話を聞いて、驚きました。この人たちに関節リウマチが基本設定されているなんて、とても思えません。しかし、吃音は痛みなどの身体的苦痛は一切ありません。民族の違いを超えて発生率は人口の1%と言われ、紀元前300年のデモステネスの時代から、人間は悩みながらも吃音と共に生きてきました。どんなに吃音を否定しても、吃音と共に生きてきた長い歴史があるのです。
言語病理学ができ、「治すべきもの」と吃音が治療の対象となって、吃音の新たな問題が生まれたように思います。吃音を、自分の話しことばの特徴だと考え、あまり悩まず生きている人はたくさんいます。吃音を肯定すれば、吃音と共に生きる力が働きます。そうすると、日常生活で起こってくる不都合や不便さは、どもる本人が主体となって、当事者研究でサバイバルしていけるのです。
「どもりながら、治したいとの思いを持ち続けて、不本意に生きる」
「治らない現実を認め、どもる覚悟を決めて、納得して生きる」
どんなに治したいと願っても、吃音を否定しても、すべての人が吃音と共に生きているのが事実です。不本意に生きるか、納得して生きるかの違いがあるだけです。どもる事実を認め、納得して覚悟を決めて生きる子どもに育てたいと思います。
子どもと取り組むこと
子どもは、脆弱性がある弱い存在ではない
どもる人の40%に対人恐怖症(社会不安障害)があるとの調査報告を紹介する人や、どもる子どもの脆弱性や運動機能、脳に問題があると指摘する人がいます。
僕の25年間の吃音親子サマーキャンプ、島根、岡山、静岡、山口、群馬などの吃音キャンプ、僕の仲間のことばの教室に通ってくる子どもたちは、笑われたり、からかいを受けたりしながらも、しなやかに生きています。どもる子どもは、基本的には「こころは健康」です。
弱い存在だからと、過剰に配慮することは、その子どもの生きる力を奪っていきます。周りが吃音をどう理解するかは課題のひとつですが、親や教師が子どもと相談せずに勝手にすることではなく、どもる子ども本人が、他の子どもにどう理解されたいかを考えます。自分のことばで説明するか、親や教師がするかは、子どもと相談します。仮に、親がクラスの子どもに手紙を書いたとしても、子どもの選択です。自分の力で自分が生きやすい環境に変えていくことになります。
「怖かった、どもりの勉強するまでは」
栃木県宇都宮市のことばの教室に通う、小学2年生の子どもが、どもりカルタの読み札として作ったものです。僕たちが苦しんだのは、吃音の正しい知識や情報がなかったからです。どもりは必ず治るとの情報しかなかったため、僕は吃音の治療法があり、治ると思っていました。「ゆっくり言う」ことしか治療法がない現実を、子どもたちに伝え、子どもが吃音と共に生きていくのに役立つ知識を学びます。ことばの教室では、あたかも理科などの教科を学ぶように、吃音学、吃音哲学を学びます。子どもも、ことばの教室の担当者も、どもりについて正しい知識をもてば、将来を、いたずらに悲観することはなくなるでしょう。
当事者研究とナラティヴ・アプローチのすすめ
べてるの家
北海道が世界に誇れることのひとつが、精神医学、臨床心理学、福祉の分野で注目されている、北海道・浦河町の「べてるの家」の「当事者研究」の実践です。統合失調症の人たちが、生活の中での苦労をなくすために、薬物でコントロールされてきたのが、これまでの精神疾患の医療でした。日常生活の中で困難が少なくなっても、自分の力で身につけたものではなく、薬によって管理されたものです。べてるの家では、薬をどんどん減らしていきます。当然、日常生活の中で困難がいっぱい起こってきます。これを、べてるの人たちは「苦労を取り戻す」として、生活の中での苦労、困難を、自分が主人公になって、仲間や専門家の協力を得て、生きづらさから自分を助けるための「当事者研究」をします。
障害があっても幸せに生きる「リカバリー」の考え方が、精神障害、発達障害などの枠を超え、様々な分野に広がりを見せています。
吃音の問題を吃音症状の問題だととらえると、「吃音症状の治療・軽減」をめざすことになり、問題を専門家の治療に委ねることになります。しかし、吃音の問題を、吃音を否定することから起こる、どもることへ不安や、恐怖、どもった後の惨めな気持ちにあると考えると、これは当事者が自らしていることなので、自分で取り組むことができます。ここに、「吃音の当事者研究」の可能性があります。子どもが主体的に、学校生活の中で苦戦していること、困っていることを研究する立場で取り組みます。
吃音が問題なのではなく、吃音を否定することで起こる問題が問題なのだと考えるのが、ナラティヴ・アプローチです。どもっていても、吃音を否定せず、困っていなければ、何も問題はないのです。
自分の気持ちや生活での困難を知っているのは、子ども自身です。子どもが、吃音と向き合い、自分の吃音の課題に取り組む研究者としての当事者研究が、「吃音を治す、改善する」言語訓練に代わる、ことばの教室の取り組みになってほしいと願っています。その共同研究者になるのが、ことばの教室の教師の役割だと僕は考えています。
どもる子どもの当事者研究
子どもは常に守られ、配慮されなければならない、弱い存在ではありません。弱い部分があるとしたら、それは、知識がなく、勇気をくじかれているからです。吃音を治す、軽減するは、医療の発想です。私たちは、学校生活の中で苦戦をする子どもたちと、苦戦をしている課題に「当事者研究」の考え方を使って研究を進めます。子どもたちは「当事者研究」と言うと「研究? 研究するの?」と目を輝かせて自分の困っていること、困難に思っていることを研究しようとします。自分の課題のすべてを専門家に丸投げするのではなく、自分自身が主人公になって、自分の課題に取り組むのです。
子どもの頃、失敗をしない前に、傷つく前に、周りの人間が手をさしのべ過ぎると、困難な場面に直面したとき、サバイバルしていく、生きる力が育ちません。吃音の場合も、それと同じようなことがあると思います。
どもらないように、吃音をコントロールすることを教えて、仮に100%できるようになったとしても、それはごまかし方を覚え、どもりたくないという思いを強化することにつながります。それよりは失敗して、傷ついたら、その中でどう立ち直っていくのかを学ぶことの方が将来役に立ちます。失敗しないようにさせることは、却ってその子の生きる力を奪っていくだろうと思います。
どもることを笑われる
ひとつの例として、クラスでどもることを笑われた時のことを考えます。まず、人はどんな時に笑うのか、ここから研究が始まります。ちょっとした違いからくる自然な笑いを攻撃的だととらえると苦しいのですが、さげすみや攻撃の笑いでないことに気づけば、「笑われた」の意味が変わります。からかいの笑いにどう対処するかは、たくさんの選択肢があります。岡山のキャンプで子どもたちがこんな意見を出しました。
◇無視して、その場から逃げる。
◇先生に相談して、やめてもらうようにお願いする。
◇仲のいい友だちがいたら、友だちに相談する。
◇真似されるのは嫌だから、止めてとアサーティヴに言う。
◇それでもだめなら、殴ったり、あるいは大泣きをする。
◇親がクラスの子どもたちに、やめてほしいと言いに行くか手紙を書く。
子どもたちと、それはいい、それは無理やなど、わいわい言いながら話し合いました。子どもたちは、時に大人や友だちの力を借りながら、自分の力で対処しています。僕はこれからの子どもにとって、何かに耐えることは大切ですが、弱音を吐けること、人に助けを求めることができることが大切だと考えています。最近、いじめや体罰による自殺が報じられる度に、常に、逃げるという選択肢をもつことの大切さを思います。
こうして自分の力で問題を解決した力は、その後の生きる力になります。
モノローグ(独語)から、ダイアローグ(対話)へ
僕は、自分の苦しみや悩みを自分のことばで語ることばをもたず、他者に語ることをせず、いつも独り言(モノローグ)で、「オレはだめな人間だ、どもっていたら社会には通用しない」と自らに語り、どもって失敗したり、うまくできない体験をするたびに自分のネガティヴなストーリーを強化して苦しんできました。
中学時代に読んだ、『どもりは必ず3週間で全治する』(浜本正之・文芸社)」の冒頭の「吃音の悲劇」の章には、どもりが原因で自殺した人、国宝・金閣寺の放火事件などが紹介され、吃音を治さないと将来大変だと書かれていて、治療を薦めます。
「吃音悲劇」の物語の影響で、僕は「吃音が治らないと僕の人生はない」と思いつめました。吃音否定の物語は、自分の体験や思いだけでなく、このような一般社会的からの「流暢にしゃべることに価値がある」、「どもっていたら有意義な人生は送れない」「どもりは努力次第で改善できる」などの支配的な言説(ドミナント・ストーリー)に影響を受けます。
21歳の夏、同じように悩む人たちと出会って、どもってもいいとの安心、安全な場で、僕は自分のことばで悩みを語り、対話(ダイアローグ)を通して、自分の課題を客観的に見つめられるようになりました。また、他の人の語る物語を初めて聞き、「将来就職できない」と考えていたのが、「どもっていても仕事に就ける」物語を知りました。吃音に悩むから吃音治療所に来たのですが、みんな地元に帰れば、教師や営業職の人もいて、悩みながらも、仕事をしていたのでした。
1965年、僕はどもる人のセルフヘルプグループ言友会をつくり、吃音が自分の人生にどう影響してきたかを語り始めました。吃音を治そうと考え、治す努力をすることが、いつまでも、吃音の改善を求め、自分の人生を生きられないと、「吃音を治す努力を否定」し、よりよく生きるために努力をしようと、「吃音者宣言」を書きました。吃音否定の物語からの大きな転換点でした。
吃音の問題は、どもるかどもらないかではなく、どもるために自分のしたいことも簡単にあきらめ、また当然しなければならないことでもしないで、どもるからと自分に甘え、逃げの人生が身についてしまったと理解したのです。
ナラティヴ・アプローチとは
「ナラティヴ」は、「物語」「物語る」の意味で、「ナラテイヴ・アプローチ」とは、 「困難や、問題を抱える人が物語るストーリーこそが、その人の人生を形作っていると考え、困難なストーリーの改訂のために、より好ましい素材を一緒に探し、新しいストーリーを共同で練り上げていくアプローチ」。
僕は、同じように悩む仲間と出会い、語り合い、他の人が語る人生を知り、吃音の否定的な物語から、「どもっていても、豊かな人生は送れる」の物語に変えることができ、生きやすくなりました。セルフヘルプグループで僕たちは、「吃音否定」の物語を「吃音肯定」の物語に変えていったのです。
「その人が問題なのではなく、問題が問題なのだ」
「人には、その人の人生を生きる能力がある」
このナラティヴ・アプローチの哲学は、ジョゼフ・G・シーアンの氷山説そのものです。
ナラティヴ・アプローチでは、人と問題とを切り離すために、「外在化」の質問をする対話をしていきます。「外在化」とは自分と吃音を切り離して、「どもり君」などと名前をつけて、自分の中のどもりが影響を与えるのではなく、外在化した「どもり君」が、話すことから逃げたり、消極的にさせるなどと考えます。「どもり君」の影響をあまり受けない経験を見つけるための対話を繰り返し、「どもるから何々ができない」ではなく、「どもりながらも何々ができる」のオルタナティヴ・ストーリー(別のストーリー)に変えていきます。吃音に影響を受けない物語をつくっていきます。
1 吃音と吃音の問題を切り離し、吃音の問題を子どもから切り離して考える。
2 どもる子どもや家族に対する吃音の影響を描き出す。
3 子ども自身が語る、吃音の物語の中に、どもりながらできたことなどに着目する。
4 どもる子どもの本来もっている生きる力、回復する力、レジリエンスを取り戻す。
5 新しい物語を語り、祝福する。
ナラティヴ・アプローチの会話術
ナラティヴ・アプローチの基本的な技法は「外在化」の質問です。吃音は学童期に内面化し、劣等感を強めます。自分の内面にある吃音を自分の外に出し、客観的に見るのが外在化です。私たちの仲間は、子どもたちと言語関係図を一緒に作ります。低学年の子どもにはブロックを使って、吃音の問題を外に出します。どもりカルタや絵本を作って、自分の吃音、吃音から受ける影響について、対話を続けます。最近は、「どもりキャラクター」と対話をする実践を、僕たちのことばの教室の仲間は取り組んでいます。その中で、どもりは敵で悪者のキャラクターだったのが、対話を重ねる内に、怖くなくなり、どもりが友だちになる物語に変わっていきます。その対話から、これまでの吃音の否定的なナラティヴが、吃音とつきあえるというナラティヴに変わっていくのです。
「吃音否定」の物語を「吃音肯定」の物語に変えていくことが、吃音症状を軽減するための言語訓練に代わる、今後の吃音の取り組みだといえるでしょう。
今回掲載した講演記録は、全道協の研究紀要に掲載されたものですが、この2倍以上の分量があり、誌面の都合でレジリエンスの部分など大幅にカットしました。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/04/01


