映画のもつ力

 小学2年生の秋から21歳まで、吃音を否定し、自分を否定していた僕を唯一救ってくれたのは、読書と映画でした。このことは、あちこちで書いたり話したりしています。その映画のもつ力について、「スタタリング・ナウ」2012.3.20 NO.211 の巻頭言で書いています。
 アカデミー賞を受賞した「英国王のスピーチ」は、心に残る映画になりました。第10回静岡親子わくわくキャンプのときに話したことをもとに特集したものです。

映画のもつ力
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 2011年10月22日、23日、第10回静岡県親子わくわくキャンプが行われた。
 10年前、静岡でも、どもる子どもと親のためのキャンプを開きたいから、協力してほしいと依頼を受けたときは、まさか、10年も続くとは思ってもいなかった。広い静岡県のあちこちから、ことばの教室の教師を中心にスタッフが集まる。仕事の延長の義務感でなく、どもる子どものためのキャンプをしたいからと集まってくる人たちだ。継続していくことに、頭が下がる。
 キャンプは午後から始まるが、午前中に、ことばの教室の教師、言語聴覚士などのスタッフの学習会を開くことが定例化している。キャンプ中、私は保護者への講演や懇談会が担当で、保護者と話す機会はあるが、スタッフである教師や言語聴覚士と話す機会がない。そこで、ことばの教室の教師、こども病院などの言語聴覚士のスタッフに吃音を正しく理解し、臨床の具体的方法も知ってもらいたいと思い、午前9時からの研修をお願いした。今年は40名ほどのスタッフが参加した。この講演会だけ聞いて下さる人もいる。
 昨年はことばのレッスンに絞り、からだをほぐし、日本語の発音発声の基本を説明し、童謡、唱歌を歌うなど、竹内敏晴さんから長年学んできたことを一緒に体験した。
 今年は映画「英国王のスピーチ」に学んで、吃音をどう理解し、吃音臨床や生き方にどう生かすかがテーマだった。「英国王のスピーチ」には、吃音臨床で大切なことがたくさん含まれていると、スタッフのひとりに話していたからだ。
 準備のために久しぶりにDVDを観て、改めて脚本家サイドラーの、吃音の当事者ならではの視点に敬服した。たくさんの資料を読み、調査した努力の跡がよくわかる。
 最初、英国王のスピーチだけをテーマに、2時間以上も、吃音の臨床に結びつけて話せるだろうか、無理かもしれないと思っていたのだが、話し始めると、どんどん広がっていき、時間が足りないくらいだった。話は、ジョージ6世の吃音当事者研究になった。
 当事者研究の基礎になる、ナラティヴ・アプローチの視点で話すと、あのジョージ6世の体験が読み解ける。認知行動療法をからめて話すと、今後の吃音臨床のあるべき姿が浮かびあがってきた。吃音臨床の記録映画だといえるくらいだ。
 ライオネル・ローグのジョージ6世への吃音セラピーは、もちろん、本人にはそのつもりはないが、いわゆる言語治療がほとんど役に立たなかった結果として、ナラティヴ・アプローチ、認知行動療法になっている。今回話をする中で、私の中で、確信がもてたのはおもしろかった。
 準備したのは、もう一度DVDを観て、気になった場面のセリフを少し書き留めることだけだった。話がどう展開していくか、予想がまったくつかない。すばらしい映画の力に身を委ねようと思った。事前にお願いしておいたので、ほとんどの人が、映画館かレンタルのビデオで観てくれている。だから、感想を聞いたり、質問したりしながら話をすすめていった。まさに、参加者みんなで事例研究をしているようで楽しかった。
 私は自分の講演や講義で、今日は良かったと満足できずに、あれを言い残した、これも言えなかったなどと反省することが多い。しかし、今回は話していて、気持ちよく、質疑応答のように話をすすめたせいか反応もよく、講演の後の感想もありがたいものだった。映画「英国王のスピーチ」がそうさせてくれたのだろう。
 仲間のテープ起こしでは、参加者の発言も多かったが、紙面の都合でカットした。映画「英国王のスピーチ」はレンタルショップでも好評だという。まだ観ていない人は是非観て欲しい。一度観た人も、この講演記録を読んで、こんな視点もあるのかと興味がもてたら、もう一度観ていただきたい。映画好きの私には、吃音に悩んだ思春期に私を救ってくれた、ジェームス・ディーンの「エデンの東」と同じくらい、大切な映画となった。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/07/05

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