自分や吃音と向き合うことの大切さ 2

 昨日の続き、渡邉美穂さんの実践の紹介です。今日は、言語関係図の実践を紹介します。アメリカ言語病理学の貢献は、1950年にジョンソンが提案した言語関係図と1970年のシーアンの吃音氷山説だけだと僕は思うのですが、アメリカでは全く取り上げられていません。現在は僕の仲間たちだけの取り組みですが、日本のことばの教室で実践が広がるよう、夏の吃音講習会などで提案を続けています。

  自分や吃音と向き合うことの大切さ 2
                渡邉美穂(千葉市立あやめ台小学校ことばの教室)

言語関係図ワークの実践

 「どもりカルタ」作りの他にも自分や吃音と向き合えるようないろいろなワークに取り組んできた。その一つである言語関係図ワークである。
 アメリカの言語病理学者ウェンデル・ジョンソンが「吃音は、どもる症状だけの問題ではない」と、X軸に、Y軸とZ軸を加えて言語関係図を提案した。X軸(話しことばの特徴)、Y軸(聞き手の反応)、Z軸(話し手の反応)を自分の思いや考えに置き換えて図形に表す。子どもたちにとって、平面図形でわかりにくいと思い、立方体の積み木をそれぞれの軸において、出来上がった積み木の模型を触ったり、眺めたりした。そして、通級を始めた頃と現在の言語関係図の形や大きさの変化を話し合った。

それぞれの軸に対するアプローチ
 X軸へのアプローチは、どもらずに話すようにすることではなく、日本語をしっかり話すことを心がけて声をかけてきた。息を吐くことや、一音一拍で話すなど、子どもたちとの信頼関係を築きながら、自分の声をみつけてきた。音読が苦手で困っている子には、特にからだをほぐしたり、長く「アー」の声を出したりするような活動をしてから、音読をしてきた。その後『音読ゲーム』などでいろいろな読み方を楽しむようにしてきた。
 Y軸を短縮するためには、吃音がある子たちの周りの理解が必要である。そのために、それぞれの考えや思いを大切にしながら、その子自身やその子の吃音を理解してもらえるためにはどうしたらよいかと一緒に考えてきた。自分のことを周りに働きかけていくことは、難しいことだと思うが、手助けをする人がいなくてもその子が生きやすい場作りができる力をつけてほしいと考えた。
 Z軸の短縮については、吃音に対する考え方や受け止め方を変えていくことである。どもっている自分、そしてどもった時の周りの反応をどう受け止め、考えるかによって悩みは増えたり減ったりする。吃音に対する不安や、悩みを軽減していくには正しい知識や他の人の考えを聞くことで自分の思いや悩みを整理してきた。一つ一つについて、個別学習でじっくり話し合うことで、自ら生きやすい環境は、自分で作っていくことができるとの確信を持たせたいと考えている。

①子どもたちの言語関係図について
 どの子の言語関係図も以前より小さくなっていた。それぞれの軸が短くなっているからである。なぜ、軸が短くなったのか話し合った。
〈X軸が減ってきた理由〉
○どもりの話ができる人が増えたから。(ことばの教室の担当者・家族・どもる子)
○どもってもしょうがないと思えるようになったから。
○どもることは、不便な時もあるけど嫌じゃなくなったから。
〈Y軸が減ってきた理由〉
○在籍学級の先生に、自分がどもるということを話したから。
○自分から在籍学級の友だちに「ぼくがどもること」について手紙を書いて、聞いてもらったから。それから、気が楽になった。
○自分で作った「どもりカルタ」で在籍学級の友だちと遊んだから。「気持ちが伝わってきた」と言われてうれしくなった。
○音読を順番にする時、声が出なくて困った。担任の先生は「いいよ。後でまた読んでね」と言ってくれた。本当は、読めなかったことがつらかった。けれども、周りの友だちがそのことについて何も嫌なことを言わなかった。自分のことを先生も友だちも知ってくれているんだと思ったら、気持ちが楽になった。嫌な経験ではなく、いい経験だったのかと思えるようになった。
〈Z軸が減ってきた理由〉
○X軸やY軸が減ってくると、Z軸も小さくなってきたように思う。
○吃音についての知識をたくさん知ったことで、安心できたと思う。
○世の中には、どもる人はたくさんいることや、いろいろな職業に就いていることが分かったから。
○吃音は、治らなくてもいいと思えるようになったから。

②今後の言語関係図についての話し合い
○また、大きくなると思う。クラス替えや中学、高校などいろいろな人に出会うたびにドキドキして大きくなりそう。
○軸がどんどん短くなって、全体に小さくなって、図形がなくなるかも。
○軸が長くなったり、短くなったり、大きくなったりをくり返していくのだと思う。
 それぞれの軸を短くしたいと思いながらも、また長くなることがあると言っていた。それをくり返しながら生きていくんだという覚悟もみえた。
 そして、軸が長くなっても「短くする方法は分かっているから、自分で短くしていけばいい」という結論になった。小学生で、ここまで自分の将来を見通していることに、担当者としてだけではなく、大人として驚いた。

おわりに

 私は、ことばの教室の担当者として何ができるか、何をすべきかと考え悩んできた。しかし、どもる子どもたちにできることはあまりないと思うようになった。私にできるのは、人間同士として語り合うことと、グループ学習の場の提供ぐらいである。教師だから指導しなくてはいけないと思えば思うほど苦しくなってくる。目の前の子どもたちと一緒にいることから何かが生まれてくると考えるようになって、どもる子どもたちとのかかわりが楽しくなってきた。それに、子どもから学ぶことが多いことも実感している。A君は「どもりカルタ」を通して自分の吃音を認めるようになり、毎日の学校生活を楽しく過ごしている。
 「どもりカルタ」作りは、自分の考えをカルタの読み札として表現することであり、自分の言いたかったことを一つ一つ作品として客観的に眺めることができたことがよかったと思う。自分で表現して、自分で評価して楽しんでいた。
 言語関係図のワークも同じである。思いを立体模型や図形に表すことで、客観的に眺めたり、触ったりしていた。そのことから、子どもたちがそれぞれ自分と向き合うようになっていったのだと思う。私の願いは、子どもたちが吃音と共に生きていくための環境を、今後、自分の力で、作り上げていくようになってほしいことである。
 また、一人で向き合うと共に、自分には仲間がいると実感できるように、グループ学習や、吃音親子サマーキャンプで仲間を増やしてきた。どもる人との出会いだけでなく、共感しながら語り合うことができる仲間作りは、ことばの教室の大きな役割であると実感し、これからも多くの子どもたちと語り合っていきたいと思う。

〈引用・参考文献〉
○『どもる君へ いま伝えたいこと』伊藤伸二 2008 解放出版社
○『吃音ワークブック どもる子どもの生き抜く力が育つ』伊藤伸二・吃音を生きる子どもに同行する教師の会(編著) 2010 解放出版社
○『学習・どもりカルタとその解説書』2010 日本吃音臨床研究会
○『治すことにこだわらない、吃音とのつき合い方』水町俊郎・伊藤伸二 ナカニシヤ出版
○DVD『吃音を知る~吃音と向きあい、吃音と共に生きる、吃る子どもと吃る人たち~』
○独立行政法人国立特別支援教育総合研究所(編集) 研究代表者牧野泰美 2011 高木浩明:宇都宮市立雀宮中央小学校(言語関係図・氷山のワークについて)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/06/30

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