どもりと私~『吃音者宣言 言友会運動十年』(たいまつ社 1976年)~
昨日の続きです。最後のひとりは、守部義男さんの体験です。話すことの多い教師という仕事をしてきた守部さんの、「人生において、どもりという適度などもりという抵抗を持ったため、自分を磨くことができた」という洞察に、僕は共感します。人はそれぞれテーマを持って生きているという言い方を、僕はよくします。吃音は、本当にいいテーマだと思っているのです。(「スタタリング・ナウ」2011.8.23 NO.204)
どもりと私
守部義男(1927年生)
福岡市教育委員会学校教育部指導課特殊教育係長(当時)
はじめに
現在、私は教育委員会で指導主事をしています。この仕事の前には、通算約25年ほどの教職経験があります。このように人の前で話をすることが多い仕事をしてきましたが、実は私は小学校の頃からどもりに悩まされていたのです。私の場合は、一人で、もたもたとどもりを克服するためにいろいろと試みてきたのですが、言友会のみなさんが、力を合わせてがんばっていることに非常に感動を覚えています。今日は、3つの内容に分けてお話してみたいと思います。
・私のどもり観
・私のおいたち
・自己実現とどもり、自己実現と障害
どもりはすばらしい人格の証しである
私は、どもりを経験した人、どもりだという人は、どちらかというとどもりはいけない事とか、あるいは重荷であるものとか、そんな受けとめ方をしている方が多いように思います。
しかし、私のどもり観は「どもりはすばらしい人格の証しである」というものなのです。それは、わざわざ他人のことを調べずとも各自、自分のことをじっくり調べればこと足りましょう。私の分析を要約しますと、まじめで、正直で、純情ということになりましょうか。どもりであることをすばらしいことであると48歳になった今、そう思えるのですが、10代、20代の頃には全くそういうふうには思えず、どもりで一人悩んでいたのは事実です。
もう一つ重要なことは、人生においてどもりのような適度な抵抗を持ったために、それを克服する努力がそのまま自分を磨くことになったということです。もともとすばらしい人格がもっと磨かれるという意味で、私はどもりであることを喜んでいるのです。また、「どもりは個性だ」、「だからどもりを持ちながらありのままにふるまえばいいのだ」と私は思っています。世間がそれをどういうふうに見るかということは、また別の要素だと私は思っているのです。
どもりそのものが問題なのではなくて、どもりを克服できないでいること、それが問題なのだと私は思います。今の私には、どもりを克服できたという実感と、どもりと徹底的に仲良くなれたという気持ちがあります。どもりが、私を育ててくれたという実感です。
人前で話す場に立って克服していく
最初、どうしてもどもりと仲良くなれなかった私が、どうしてそのような気持ちになったのか、いきさつを体験を通してお話してみましょう。
幼い頃、私は近所に同じ年代の子がいなかったため、兄弟以外の子どもと遊んだことがありませんでした。それに、小学校にあがる前、百日ぜきと肺炎にかかり1年間ほど闘病生活を送っていました。
家族から、はれものにさわるような育て方をされ、小学校にあがったのは10月の運動会の頃でした。級友どうし、ますます仲良くなっている時期に、小さくて、青白くて、病気がちな私が入っていきますと、子どもどうし、相手をけん制いたします。クラスメートに対して、みんなこわい友だちだなあ、という感じを持ち、とうとう学校嫌いになってしまいました。
本を読まされた時は、家ではそらんじるくらいに読んでいても、とたんにどもってみんなからどもりの烙印を押されました。烙印を押されると、どもりはますます私の上にのしかかってきました。
その後、旧制中学校を卒業して軍需工場に動員で働いていた時に代用教員をしないかと誘われましたが、私には、どもりであるという劣等感があって、人前でしゃべるなんて自分にはできないと信じ一度は断わりました。
しかし、結局はいろいろな理由で代用教員を引き受けることにしました。そして、自信がなかった教師という仕事をどもりながらもなんとかやりとげることができました。このことが、私に大きな転機をもたらしました。その後、師範学校に入り学校の先生になろうと人生のさいころを振ったのですから。
師範学校では、このどもりをもう少しなんとかしなければと思い、弁論部に入り、人の前で話をするけいこをしました。その後、弁論の練習から発展して児童文化部に入って活動を続けました。さらに、先輩の誘いもあってNHKの福岡放送局の声優の経験もしました。もともとどもりをなんとかしたいという気持ちで活動に入ったのですが、いつのまにかそのような活動を通して、どもるどもらないはたいした問題ではなくなっていきました。
私は、人前で話をする時は、前もってよく練習し、いろいろな間のとり方など研究して努力してきました。しかし、話が終わった時点でいつも不全感―自分の思う通りに話せなかった心残り―に苦しめられるのです。ところが、私がそれだけ努力しているのに、意外と自分が気にしているほど他人は自分のことを思っていないということを発見しました。それを知って、私は気が楽になってきたような気がしました。
私は、自分がどもりだという話をよくするのですが、そんなある日、ある教師の仲間のサークルで1人のどもりの友だちを知りました。その友人は歌はうまいし、人前でしゃべるのは上手で、子どもたちに対する考え方もしっかりしている人ですが、「実は私もどもりなんだよ」と話してくれました。どもりながら人前で話す仕事につき、これを克服して立派に仕事をしている人が自分の周囲にもいることがとても心強く感じられました。
成就体験を通して人間の価値観を探る
人間の価値観なんですが、人には、大多数の人と同じようにやりたいという気持ちと、自分が独自性を発揮したいという両面の気持ちがあるように思います。
私が友だちにけん制されて学校に行けなくなったように、大部分の人の場合、周囲の人の価値観に本人も引きこまれてしまいます。みんながなめらかに話すから、自分もなめらかに話さなければいけないのかなあと思いこまされてしまいます。人間の価値観というレベルで見ると、スラスラしゃべれることだけに価値があると思うこと自体、薄っぺらな人生しか歩めないことになるのではないでしょうか。
ですから人間関係の問題においては、自己理解と新しい自己発見、今までと違ったすばらしい自分を発見して、どもりながらでも意外といろいろなことがやれるという経験と、人間関係における成就経験を積み重ねていくことが大切になってきます。それも観念でなく体験を通して、積み重ねていくことが大事だと思います。その体験の積み重ねから、私は「どもりはすばらしい人格の証しである」と思えるようになったのです。
障害個性論と自己実現
私は最近、「障害は個性だ」ということを体感し、障害個性論として整理しているところですが、どもりを含めて、いろいろな障害について、これをどう捉え、自己の内部にどう位置づけるかという問題をはっきりさせる必要があると考えています。人間を外側から理解しようとすれば、障害は、異常な状態でありましょう。また医学や心理学から見れば、正常に機能しているかいないかが問題となりましょう。しかしこれも、標準から見るという外側からの理解でしかありません。
これらは、障害を背負った者自身にとっては、二義的な参考でしかないと思います。自分自身の人生にとって、それは背が低いとか高いとか、色が黒いとか白いとか……といった個性以外のなにものでもないはずです。
私は、自己理解の次元で、これをはっきり意識することが、かけがえのない自己の人生を充足することになると思うのです。障害個性論は、こうした自己が背負っている障害をどう見るかという考え方です。
障害を背負っている人は、外側から見る見方を参考にしながらも、自己の内部における障害のとらえ方を、障害個性論の考え方によって理解しなければ、いつまでたっても障害にふりまわされ、一度しかない人生を貧しくすることになると思います。
はじめにも述べましたように、障害そのものが問題ではなく、障害にふりまわされたり、障害におしつぶされたりして、自分の人生を切り開いていけないでいることが問題だということです。
障害に悩む人は、同じ悩みを持つ友と語り合ったり、本当に心を打ち明けられる人を尋ねてよく聞いてもらったりする中で、真の自己を見つめ、真の自己のすばらしさに気づくことが必要です。これが自己実現の入り口です。
すばらしい自己が、障害をむしろ一つの踏み台にして実現されていくこと、これがそうしたことから始まるのです。(了)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/05/20
