少数派の誇り
吃音についての僕の考え方は、極めて少数派です。治らないもの、治りにくいものなら、その治らないものと共に、生きていくしかないと思います。音読練習をして、そのときだけ少しどもらずに読めたとしても、それが生涯にわたって生きる力となるかというと、疑問です。それより、吃音と共に豊かに生きるという覚悟を決める方が、生きる力になると思っています。少数派だけど、主流ではないけれど、僕は、この考え方が本流だと信じているのです。
吃音に対する考え方だけでなく、僕は、いろんな意味で少数派のようです。その立ち位置は、決して居心地が悪いものではなく、むしろ、爽快感を覚えます。少数派だから、しっかり考えます。少数派だから、自分のことばで語ります。そう、少数派であることに、僕は誇りを持っているのです。
「スタタリング・ナウ」2011.4.18 NO.200 より、巻頭言を紹介します。
少数派の誇り
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
「吃音を治し、改善することが、その人が人間らしく幸せに生きる条件だと考えている吃音研究者・臨床家が多い中で、『吃音を治す努力の否定』を提唱し、『吃音と共に、今を生きる』実践を続ける私の考えは、ごくごく少数派です。
日本でも世界でも、私の主張はとても珍しいんです。言語聴覚士の専門学校でも、私の講義を受けた人と、他の人から学んだ人とでは、吃音がまったく別のものだということを、他の専門学校卒業の多くの言語聴覚士から聞きました。
皆さんが、私と出会ってしまったことは、幸か不幸か分かりません。圧倒的多数の常識的な吃音とは違う、異端の少数派の意見を学ぶことになるからです。とまどいもあることでしょう。
しかし、私は、少数派の考え方をもち、長く実践してきたことを誇りに思っています。著名な先生がこう言っている、アメリカではこんな研究や実践がある、と言われても、私は自分のからだに滲みていかないものには、常に疑問をもち、自分の吃音体験と照らし合わせて、独自の思想・理論・技法を提唱してきました。そして、その実践の中で、たくさんのどもる人たち、どもる子どもたち、どもる子どもの親たちが、吃音とうまくつきあっていく場に立ち会ってきました。
だから、少数派であっても、吃音に悩んできた人の、吃音とともに生きてきた人の、たくさんの体験が私の背中を後押ししてくれていると考えています。私は40年以上、この考えを、様々な分野から学んで検討して深めてきました。だからとても、思い入れが強いです。
私は自信をもって話しますが、私の主張を押しつけるつもりはありません。『吃音を治す、改善する』理論や技法などの情報は、たくさんの書籍、論文などで得ることができるので、少し紹介する程度にし、私の実践を中心にした講義になりますが、それをどう受け取るか、選び取るかは皆さんの選択です。皆さんは、私の意見を鵜呑みにしないで、疑問を投げかけて下さい。質問や批判は大歓迎です。話し合いながらすすめていきますが、最終的には、皆さん自身の吃音についての考えを作って下さい。とりあえず、私の体験、実践、映像を通して、多くの人の体験に触れて下さい」
講義や講演で、私は常にこのような前置きを話すことにしている。10年ほど前には、私の講義を聴いた学生の中には、反発したり、反発はしないものの、あまりに自分の考えに固執しすぎるのではと疑問をなげかける人もいた。ところが、ここ数年は、反発する人は皆無で、批判や疑問を投げかける人もほとんどいなくなった。それがなぜなのか、私は判断しかねている。
「この講義を受けていなかったら、マニュアルに沿った検査をし、治らないのに治療を考えて時間を費やし、効果のないことをして過ごす言語聴覚士になっていたのかなと思う」
「言語聴覚士としての必要な知識をつけることも大事だが、一人の人間として充実しておくことも大切だと思った。自分の幅を広げ、その上で、柔軟な頭を持って、その人にベストな選択肢を提供できるようなセラピストになりたい」
「分からなければ聞くという対等の考え方で接していけばよいと知り、楽になった。誠実に対応していけばいいのだと思えるようになった。ことばの指導も、心理的な手助けも、難しいことではなく、ごく当たり前のことだと分かった」
先だって終わった、2校の専門学校の振り返りの一部だ。このような声が聞ける講義の最終日の振り返りは、私に勇気を与えてくれる。
国立特別支援教育総合研究所で、長年、吃音の講義を担当させていただいているが、同じような印象をもっている。最初の頃は多少反発があった気がする。その後、全国から来ている研修生が、私を研修会の講獅に呼んで下さることが出始めた。
11年続く「島根スタタリングフォーラム」も、研修生との出会いから始まっている。よく似た子ども観や教育観を持つ人との、講義が終わってからの懇親会での語らいは楽しい。その席にいつも、牧野泰美さんがいた。ここから、私の思想が、全国のことばの教室に広がっている気がする。
『スタタリング・ナウ』の200号に、応援の原稿を寄せて下さった牧野さんに感謝します。
少数派に誇りをもつ人は決して少なくない。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/05/03