子どもとの話し合い
今年の吃音親子サマーキャンプに関する問い合わせがいくつか入ってくるようになりました。日程と会場は決まっていますが、詳細はまだで、要項や申し込みについては、6月に入ってから、毎月のニュースレター「スタタリング・ナウ」紙上や、日本吃音臨床研究会のホームページでお知らせする予定です。
僕は、吃音親子サマーキャンプのほかに、島根、静岡、岡山、群馬、千葉、沖縄などでの吃音キャンプに参加してきました。今日は、静岡のキャンプで子どもたちとの話し合いの様子を特集した「スタタリング・ナウ」を紹介します。子どもたちとの直接的な話し合いの様子は、ライブ感覚でお楽しみいただけると思います。まず、巻頭言からです。(「スタタリング・ナウ」 2011.2.20 NO.198 より)
子どもとの話し合い
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
私は小学2年生秋から、21歳の夏まで、吃音にひとりで悩んできた。中学2年生の英語の研究授業時に、筆記テストはいいのに、そのリーディングは何だと、厳しく怒られた。その後、職員室に行き、「練習しなかったからではなく、どもるからなんです」と説明したとき、「分かった分かった、もういい」とけんもほろろに扱われた。
高校2年の時、国語の朗読ができなくて、不登校になった。このままでは卒業できないと、昼間探しておいた国語の教師の自宅に行って、「僕はどもるため、音読できません。音読が怖くて学校に行けなくなっているので、僕だけ音読を免除して下さい」と頼んだ。その時も、英語の教師と同じだった。強い屈辱感を味わう見返りに、私は音読の恐怖から解放された。
親にも、友だちにも話さなかった吃音の悩みを話したのは、この二人の教師だけだった。話したというよりは、それは抗議であり、要望であった。その反応に私は失望した。誰も私の吃音なんて分かってくれない。理解してくれない。他者は信じられない。もう誰にも話したくないと思った。
21歳の夏に出会った、同じようにどもり、吃音に悩んでいる人の中で、これまで溜まっていた思いを全てはき出した。みんなは共感をもって聞いてくれた。人に話を聞いてもらう、喜び、うれしさ、安心は何にも代えられない宝だった。
それから、45年、どもる人やどもる子ども、吃音に関心・興味をもって下さる人と、吃音について語り合うのは私にとって一番大好きな時間だ。
子どもと吃音について話し合うのが難しいと言う人がいる。それは、このようなことを言えば、かえって意識させることになるのではないか、余計なことを言って子どもを傷つけたくないという、多くはその人の優しさ、善意からきているのだろうが、もう少し、子どもを信じてほしいと私は思う。大人が感じているほど子どもは弱い存在ではないのだから。
どもる子どもと、人間として対等の立場で向き合い、吃音を決して否定せず、子どもの幸せを願ってのことであれば、基本的に何を言っても構わない。その話し合いの中で何が起こっても、それはマイナスのことにはならない。子どもの力を信じているから、私は、正直に、率直に、子どもに問いかけ、私が考えたこと、信じていること、経験したことを話す。その話を子どもがどう受け止めるかは、私にはどうすることもできない。子どもの力を信じて委ねるしかない。
昨年9回目となった静岡県親子わくわくキャンプ。始めた頃にはなかった、子どもと私との話し合いのプログラムが定着した。毎回毎回いろんな話が出て、実におもしろい。吃音親子サマーキャンプや、島根、岡山、群馬などでのキャンプの興味深い話し合いは、私の記憶の中にあっても、まとまった記録はなく、残念に思っていたが、今回、親や子どもの了解を得て、ビデオが撮られた。
ふたつのテーブルを一つにして、子ども達が、私に向かって身を乗り出して座っている。絶えず「エー」「ウソー」「そんなの」など子ども達の笑い声や歓声にあふれている。誰が吃音について話し合っていると思うだろうか。楽しそうな笑顔であふれているのだ。まるで、どこかに遊びに行くのを相談し、そこでの楽しい時間に思いを馳せているようだ。きっと、映像だけからだったらそう見えるだろう。
マイナスに考えていた吃音についての話し合い、始まるまでは乗り気でなかった子どももいただろう。しかし、自分がマイナスのものと考えていた吃音が、笑いの中で話されている。参加した18人の子どもの中に、机を囲んだ輪から少し外れた所に、一言も発言しなかった女子がふたりいた。自ら話そうとしない人に話すよう促すことを、私はまずしない。聞くだけであっても、むしろ、発言する人よりも、より深く考えている場合は少なくない。話し合いが終わり、発言しなかった二人も「ああ、楽しかった」と戻ってきたそうだ。
自分の真実に向き合うことは、辛いことでもあるが、実は喜びでもある。そういう場に立ち会えるのは私の喜びだ。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/04/25